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02 物騒な大神官
しおりを挟むあなたこそ誰ですか、なんて聞き返せる雰囲気ではない。
だいたい私は気が弱い。見ず知らずの男性、しかも冷たそうな美形相手にそんなに強気に出られるはずもない。
「お名前をお伺いしても?」
相変わらず冷たい笑みを浮かべて彼が言う。
誘拐でもされたのかと思ったけど、どうも違うみたい。
見知らぬ相手に自分の情報を与えるのは怖いけど、状況を把握するためにも仕方がない。
「私の名前は、桜井 織江……です」
「サクライ・オリエ……」
「織江が名で桜井が姓、です」
「……やはり、オリヴィアではないのか……」
彼が前髪をかき上げ、深くため息をつく。
「あの、状況を説明していただけませんか? ここはどこで、何が起きているのか、オリヴィアとは誰なのか……」
「……」
彼は鏡台の前に歩いて行って何かを手に取り、戻ってきた。
私に差し出したのは、手鏡。
私はおそるおそるそれを覗き込んで――愕然とした。
「だ、れ……?」
思わず声が漏れる。
鏡に映っているのは、自分じゃない。日本人ですらない。
ゆるく波打つ淡い金髪に、深い青色の瞳。日焼けとは無縁そうな白い肌に、ふんわりとした唇。
平凡だった顔は、かなりの美人になっていた。
この部屋に来るまでの間も、自分の体に大いに違和感を感じてはいた。
長い金髪に、いつもより高い視線。ガリガリだった腕は細いながらもほどよく女性的に肉がつき、揺れとは一切無縁だった胸もずっしりと重い。
何より、歩いても息切れしない。
だけど、信じられなかった。
自分が別人になっているなんて。
でもこうして鏡を見て、これ以上否定することなんてできない。
「あ、あの……私の姿、どうしてこうなっているのかご存じですか? どう見ても私じゃないんですけど」
「こちらが聞きたいところです。さて、あなたをどうしたものか」
白い手袋をはめた手で、口元を覆う。
そうすると、整った目元がさらに際立った。
私を見下ろすアイスブルーの瞳は、その色の名が表すとおり氷のように冷たい。そしてものすごく物騒な気配を感じる。
えっ、まさか私……殺される!?
「あなたの処遇を決めかねています。私に従うというのなら、状況を説明しましょう。その後も悪いようにはしません」
「わ、私がその提案を断ったら、こっ、ころっ、ころころ殺すんですか?」
「はぁ……あなたはオリヴィアとは真逆ですね。これでは選択肢を与えるだけ無駄かもしれません」
「ころころころ殺さないでください! なななんでも、なんでもしますぅ!」
「……ころころうるさいお嬢さん。少し黙っていただけますか」
彼の笑みが引きつって、さすがに黙る。
静寂の中、自分の心臓の音が聞こえるようだった。
「私も女神にお仕えする身。女性に酷いことをしたくはありません。ただ、あなたの身に起こっていることは、非常に重大なことなのです」
そう言って彼は私のすぐ横の背もたれに手を置く。
背筋が寒くなるような威圧感。
こんなに物騒な「女神にお仕えする人」がいていいものなの?
「私に、従いますか?」
見知らぬ場所。なぜか別人になっている自分。
理解できないこの状況下で、いかにも危なそうな人に無意味に逆らうことなんてできない。
私はこくこくとうなずいた。
「ありがとうございます。あなたが素直な方で助かりました」
彼がにっこりと笑う。
死ななくて済んだと思っていいのかな。
あーーもう、怖すぎるー!
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