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◆貳拾
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「美慶! 出て参れ!」
薄暮、朝方城を発ったはずの総満の声が奥内に響き渡る。
「御前様?」
美慶が怪訝そうに障子を開けると、そこには総満が口端を上げ、何やら包みを高く持ち上げていた。
包みは真っ赤に染まり血が滴り落ちている。
「桶を忘れた故、適当に包んで戻って参った。土産の品じゃ!」
総満はそう言い放ち、包みを美慶の足下へと投げつけた。
美慶は目前にごろんと転がる包みに手を添え、結びを解き、息を呑む。
「望みの品であろう?」
「……――」
それは紛れもなく宗宜の首であった。
この短時間で豊稔までゆき首まで取ってきたとは舌を巻く早業である。
(とんぼ返りをしたとしても早すぎる)
「早菜姫様、何事で――――御前様!?」
騒ぎに駆けつけた宇木を総満は手で遮り控えさせる。
そして静かに美慶を見つめると強かな声音で言った。
「……美慶、覚悟は決まっておろうな」
美慶は震える手を握り締め、宗宜の首を見下ろした。確かに血には塗れているがその顔は首を落とされたことに気が付いていないのではないかと思わせるほど涼しい顔をしていた。
(恐らく宗宜は自身の死すら気付いておらぬのだろう。……状況が状況なら、この首は宗近様だったのやもしれぬ……)
美慶はぞっとしながら、この男の得体の知れない強さに慄いた。しかし宗近はとうに帰らぬ人だ、今更考えても栓無きこと、美慶は手をつき、総満に頭を垂れた。
「…………御前様、確かに受け取りました。此度は我が義父の無念を晴らして頂き、誠にありがたく存じまする――」
「何、造作もない。願いを叶えてこそ、其方の愛を乞うことが出来ようぞ」
「心にもないことを――」
「余は本気だ」
「……」
美慶が顔を上げ笑って応えると総満も笑って応えた。だがその声音は至って真面目なもので、総満の言葉に嘘偽りが無いことを表していた。
「これで其方は余のものに相違ないな」
美慶は再び手をついて頭を下げる。
「不束者なれどよしなに」
「……さすがにちとくたびれた」
「……こちらでお休みになられますか?」
「そうしよう。まずは汗を流したい、付き合え」
「畏まりました。それでは湯殿の支度が調うまでお茶でも如何でございましょう?」
「頂こう。……して、宗宜の首は如何する?」
「用済みでございますれば、私はいりませぬ」
「……ふむ。宇木、其の方はこれを晒し首の横に並べてこい。その際、適当に小姓を捕まえて湯殿を用意させろ」
「はは! 仰せのままに――」
総満はそう言って宗宜の首を包み直すと宇木の方へ投げてよこした。
総満は固まった躰を伸ばすように腕を伸ばしながら美慶の部屋へと上がってゆく。
障子が閉められると、宇木は宗宜の首を抱いてその場を後にした。
獄門に向かう途中で宇木が小姓に湯殿の支度を命じると、小姓は宇木が腕に抱く血濡れた包みを見て顔を引きつらせながらも気丈に返事をして踵を返して行った。
獄門に着いた宇木は、ふと、総満と対面していた美慶の髪が短く、鬘を被っていなかったこと等を思い出して激しく動揺し、背中に大量の冷や汗を流した。
(御前様はどこまでご存知なのか……先程早菜姫様を美慶と呼ばれた。内情を知った上でこの処置ということか? ――美慶殿の性別はもうご存知なのだろうか……私の首はどうなるのだ――)
震える手で血濡れの包みを開き、獄門台に置いた生首は穏やかな顔をしている。
(一刀両断、いつもながら迷いのない剣筋。おそらく一瞬のことで周りも驚いたであろう)
総満はその若さからは信じられないほどの剣の才と豪腕の持ち主であった。故に人間の首くらいならば突っかかることもなく藁を斬るように容易くはねることが出来た。
(己の首もここに並ぶのだろうか…………)
獄門台から中々離れられなかった宇木は、血の気の引いた顔をして、半ば諦めの境地で美慶の部屋の前まで足を運んだ。すると障子の向こうから美慶の苦痛と快楽の折混ざった艶っぽい声が絶え間なく漏れ聞こえてくるではないか。いつから睦み合っているのか、廊下に控える総満付きの小姓は、平気そうな顔をしつつも顔色を真っ赤に染めていた。
事を察した宇木は思わず美慶に手を合わせた。
薄暮、朝方城を発ったはずの総満の声が奥内に響き渡る。
「御前様?」
美慶が怪訝そうに障子を開けると、そこには総満が口端を上げ、何やら包みを高く持ち上げていた。
包みは真っ赤に染まり血が滴り落ちている。
「桶を忘れた故、適当に包んで戻って参った。土産の品じゃ!」
総満はそう言い放ち、包みを美慶の足下へと投げつけた。
美慶は目前にごろんと転がる包みに手を添え、結びを解き、息を呑む。
「望みの品であろう?」
「……――」
それは紛れもなく宗宜の首であった。
この短時間で豊稔までゆき首まで取ってきたとは舌を巻く早業である。
(とんぼ返りをしたとしても早すぎる)
「早菜姫様、何事で――――御前様!?」
騒ぎに駆けつけた宇木を総満は手で遮り控えさせる。
そして静かに美慶を見つめると強かな声音で言った。
「……美慶、覚悟は決まっておろうな」
美慶は震える手を握り締め、宗宜の首を見下ろした。確かに血には塗れているがその顔は首を落とされたことに気が付いていないのではないかと思わせるほど涼しい顔をしていた。
(恐らく宗宜は自身の死すら気付いておらぬのだろう。……状況が状況なら、この首は宗近様だったのやもしれぬ……)
美慶はぞっとしながら、この男の得体の知れない強さに慄いた。しかし宗近はとうに帰らぬ人だ、今更考えても栓無きこと、美慶は手をつき、総満に頭を垂れた。
「…………御前様、確かに受け取りました。此度は我が義父の無念を晴らして頂き、誠にありがたく存じまする――」
「何、造作もない。願いを叶えてこそ、其方の愛を乞うことが出来ようぞ」
「心にもないことを――」
「余は本気だ」
「……」
美慶が顔を上げ笑って応えると総満も笑って応えた。だがその声音は至って真面目なもので、総満の言葉に嘘偽りが無いことを表していた。
「これで其方は余のものに相違ないな」
美慶は再び手をついて頭を下げる。
「不束者なれどよしなに」
「……さすがにちとくたびれた」
「……こちらでお休みになられますか?」
「そうしよう。まずは汗を流したい、付き合え」
「畏まりました。それでは湯殿の支度が調うまでお茶でも如何でございましょう?」
「頂こう。……して、宗宜の首は如何する?」
「用済みでございますれば、私はいりませぬ」
「……ふむ。宇木、其の方はこれを晒し首の横に並べてこい。その際、適当に小姓を捕まえて湯殿を用意させろ」
「はは! 仰せのままに――」
総満はそう言って宗宜の首を包み直すと宇木の方へ投げてよこした。
総満は固まった躰を伸ばすように腕を伸ばしながら美慶の部屋へと上がってゆく。
障子が閉められると、宇木は宗宜の首を抱いてその場を後にした。
獄門に向かう途中で宇木が小姓に湯殿の支度を命じると、小姓は宇木が腕に抱く血濡れた包みを見て顔を引きつらせながらも気丈に返事をして踵を返して行った。
獄門に着いた宇木は、ふと、総満と対面していた美慶の髪が短く、鬘を被っていなかったこと等を思い出して激しく動揺し、背中に大量の冷や汗を流した。
(御前様はどこまでご存知なのか……先程早菜姫様を美慶と呼ばれた。内情を知った上でこの処置ということか? ――美慶殿の性別はもうご存知なのだろうか……私の首はどうなるのだ――)
震える手で血濡れの包みを開き、獄門台に置いた生首は穏やかな顔をしている。
(一刀両断、いつもながら迷いのない剣筋。おそらく一瞬のことで周りも驚いたであろう)
総満はその若さからは信じられないほどの剣の才と豪腕の持ち主であった。故に人間の首くらいならば突っかかることもなく藁を斬るように容易くはねることが出来た。
(己の首もここに並ぶのだろうか…………)
獄門台から中々離れられなかった宇木は、血の気の引いた顔をして、半ば諦めの境地で美慶の部屋の前まで足を運んだ。すると障子の向こうから美慶の苦痛と快楽の折混ざった艶っぽい声が絶え間なく漏れ聞こえてくるではないか。いつから睦み合っているのか、廊下に控える総満付きの小姓は、平気そうな顔をしつつも顔色を真っ赤に染めていた。
事を察した宇木は思わず美慶に手を合わせた。
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