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◆拾漆
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美慶は宗近の待つ間の前で総満に、一対一での顔合わせを願い出た。
すると総満は人払いをし、己は襖に背を向け、胡坐をかいて待つ姿勢を見せた。
美慶は一つ溜め息を吐くと、呼吸を整えて宗近の居る間へと入っていった。
「お待たせ致しました、父上様……」
美慶は正座して宗近と向かい合った。嘆く程にもう一度会いたいと思い焦がれていた宗近との再会ではあるが、自ら別れを告げねばならぬ身となっては、ただ心苦しいばかりである。
「おお、無事であったか。心配したぞ」
「私は無事でございます。御安心召されませ」
「ならば、早速豊稔へ――」
「私のことは御心配なさらずに、道中お気をつけて……豊稔にお戻りください」
美慶は気丈に淡々と言葉を紡ぐ。
「何を言って――」
「今まで大変お世話になりました。……何不自由なく育てて頂き、誠にありがたきことであったと、心より御礼申し上げまする」
「みよ――」
「早菜姫はっ――!」
「!?」
美慶は急に声を張り上げて宗近の言葉を遮った。
この部屋には自分と宗近しか居ない。だが、襖の向こうには総満が控えているのだ。人払いしたとはいえ、総満の手の者が何処かに潜んでいる可能性だってないとはいえない。まだ、自分が早菜姫でないことを総満に知られる訳にはいかないのだ。
「早菜姫は……幸せにございました」
「……何を――」
「豊稔にお戻りくださいませ、父上様。私が貴方様を――――。いえ、今までのご恩をお返し致します」
「そんな……、馬鹿な――」
「どうかご自愛くださいませ」
「其方を失ってしまったら儂は――」
「これは嫁入りでございます故っ――」
「!」
「私を……失う訳ではございませぬ。……私は消えてしまう訳ではございませぬ故」
「――っ」
そう言って微笑む美慶に宗近は言葉を紡ぐことが出来なかった。
美慶のその瞳は赤く、泣きはらした後がありありとしていたが、美慶の虚勢に宗近は手を差し伸べることすら出来ない。
「…………しあわせに」
震える声でそう言った宗近に、美慶は目を見開いてその意味を悟る。
そして口端をあげて返した。
「しあわせに……」
周りから見たら相手の幸せを願って見えるが、実際は違った。
――死会わせに――
二人は死後の世界で再び巡り逢うことを約束したのだ。
そして残された束の間の間、二人は音のない声で会話し、逢瀬を締めくくる。
『長生きしてくださいませ、宗近様』
『無茶を言うな、儂ももう歳じゃ』
『宗近様――』
『愛しき我が子よ、いずれ先にゆく地にてまた会おう』
『お待たせ致しますこと、心苦しゅうございますが、必ずや宗近様の許に辿り着いてみせます故、暫しお待ちくださいませ――』
『うむ、約束じゃ』
こうして宗近は美慶に後ろ髪引かれつつも極国を後にした。
しかし宗近は、美慶が早菜姫として野神家に籍を入れることが決まってから間もなくして、呆気なくこの世を去ることとなる。
すると総満は人払いをし、己は襖に背を向け、胡坐をかいて待つ姿勢を見せた。
美慶は一つ溜め息を吐くと、呼吸を整えて宗近の居る間へと入っていった。
「お待たせ致しました、父上様……」
美慶は正座して宗近と向かい合った。嘆く程にもう一度会いたいと思い焦がれていた宗近との再会ではあるが、自ら別れを告げねばならぬ身となっては、ただ心苦しいばかりである。
「おお、無事であったか。心配したぞ」
「私は無事でございます。御安心召されませ」
「ならば、早速豊稔へ――」
「私のことは御心配なさらずに、道中お気をつけて……豊稔にお戻りください」
美慶は気丈に淡々と言葉を紡ぐ。
「何を言って――」
「今まで大変お世話になりました。……何不自由なく育てて頂き、誠にありがたきことであったと、心より御礼申し上げまする」
「みよ――」
「早菜姫はっ――!」
「!?」
美慶は急に声を張り上げて宗近の言葉を遮った。
この部屋には自分と宗近しか居ない。だが、襖の向こうには総満が控えているのだ。人払いしたとはいえ、総満の手の者が何処かに潜んでいる可能性だってないとはいえない。まだ、自分が早菜姫でないことを総満に知られる訳にはいかないのだ。
「早菜姫は……幸せにございました」
「……何を――」
「豊稔にお戻りくださいませ、父上様。私が貴方様を――――。いえ、今までのご恩をお返し致します」
「そんな……、馬鹿な――」
「どうかご自愛くださいませ」
「其方を失ってしまったら儂は――」
「これは嫁入りでございます故っ――」
「!」
「私を……失う訳ではございませぬ。……私は消えてしまう訳ではございませぬ故」
「――っ」
そう言って微笑む美慶に宗近は言葉を紡ぐことが出来なかった。
美慶のその瞳は赤く、泣きはらした後がありありとしていたが、美慶の虚勢に宗近は手を差し伸べることすら出来ない。
「…………しあわせに」
震える声でそう言った宗近に、美慶は目を見開いてその意味を悟る。
そして口端をあげて返した。
「しあわせに……」
周りから見たら相手の幸せを願って見えるが、実際は違った。
――死会わせに――
二人は死後の世界で再び巡り逢うことを約束したのだ。
そして残された束の間の間、二人は音のない声で会話し、逢瀬を締めくくる。
『長生きしてくださいませ、宗近様』
『無茶を言うな、儂ももう歳じゃ』
『宗近様――』
『愛しき我が子よ、いずれ先にゆく地にてまた会おう』
『お待たせ致しますこと、心苦しゅうございますが、必ずや宗近様の許に辿り着いてみせます故、暫しお待ちくださいませ――』
『うむ、約束じゃ』
こうして宗近は美慶に後ろ髪引かれつつも極国を後にした。
しかし宗近は、美慶が早菜姫として野神家に籍を入れることが決まってから間もなくして、呆気なくこの世を去ることとなる。
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