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◆拾肆
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美慶は自分、もとい早菜姫のために用意された部屋に宇木を連れて呆然と再び足を踏み入れた。そこには今朝の一悶着の様子は全くなく整然としていて、宗近が城下町で自分を待っていてくれるということがまるで夢幻のように感じられた。
「私は夢を見ていたのでしょうか」
「……」
「それとも私は狐につままれたのでしょうか」
「……美慶殿、何故貴殿はあの時狼藉者を取り押さえになられたのですか?」
「は?」
「何故あんなことをなさったのです!」
「私は普段、宗近様の心身の安寧を生業としております。故に御前様に対するあの男の殺気に……体が反応してしまったのです。それが何か問題でも?」
「大問題でござる! 普通の姫君は、恐怖におののき、逃げることすら儘ならないのです」
「し、しかしあの時は――」
「さらに貴殿は御前様と視線を交わしながら目を逸らさなかった」
「それは――」
「御前様はあの御容貌故……大概の者は初見の場合、恐れをなし平伏するのです」
「そんな――」
「此度の件で御前様は貴殿に興味を抱かれましたぞ」
「ほ……豊満な女性を……肉付きの良い女性を好まれると――」
「御前様は気の強い者を屈服させるのが好きなのです」
「そんな、……それでは私は里に――」
「自業自得でござる」
「なっ!」
「貴殿は蒔かなくていい種を己が手で蒔いてしまわれたのですよ! どうなさるのですか?!」
「――っ!」
美慶は急激に襲ってきた不安に耐え切れず、引き止める宇木の声も聞かずに総満の居る部屋へと駆けだした。
総満の真意を確かめたかったのだ。
「御前様!」
「如何なされた、早菜姫」
書状を整理していた総満は自室にて機嫌良さそうに早菜姫こと、美慶を迎えた。それ故に焦っていた美慶は再び過ちを犯してしまう。
「御前様は一度私を見限られた。私は気付いておりました。畳を突かれた回数と、さがられる姫君の順が同じであると――。あの時御前様は畳を四回突かれた。四回でお止めになられた。私はお里に帰りとうございます。是非ともお許し頂きたく――」
美慶は言葉を続けられなかった。総満が続きを遮るかのように手を上げたからである。
「其方は何か勘違いしているようじゃな。余は一度も其方に対してさがれとは言っていない」
「それは――」
「畳の突きを察したのであるならば解るであろう、余が続けて五つめを突いた訳を――」
「しかし――」
「其方は里を失いたいのか?」
美慶は絶句した。総満は笑顔を崩さずに飄々と言ってのけた。話が通じない、いや、聞こうとしていない。当主であると言っても所詮まだ元服して間もない子供なのだ。
逆らう者は滅するのみ――
総満は美慶を威圧しながら笑顔を作って言った。
「部屋に戻って休まられよ。疲れておるのだろう。ああ、それと――」
まるで地を這うかのような声音で総満は美慶に警告した。
「二度と余の前で里の話をするな」
美慶は無表情のまま、無礼と解っていながらも振りかえることなくその場を後にした。
美慶もまた、元服して間もない子供なのだ。
美慶は与えられた部屋の障子を閉じるとその場に頽れた。
「宗近様――」
小さくか細く消え入りそうな声でその名を呼ぶ。
(私はその浅慮さから失態を犯してしまったようでございます。今生では……もう、生きてお会いできそうにありませぬ)
美慶はぽろぽろと恥ずかしげも無く、惜しげも無く大粒の涙を流した。
「無念でございます。……無念でございます、宗近様ぁ――」
そう呟き続ける美慶を、宇木はただただ憐れとその肩に手を添えることすら出来ずに、閉ざされた障子の向こうから見守ることしか出来なかった。
「私は夢を見ていたのでしょうか」
「……」
「それとも私は狐につままれたのでしょうか」
「……美慶殿、何故貴殿はあの時狼藉者を取り押さえになられたのですか?」
「は?」
「何故あんなことをなさったのです!」
「私は普段、宗近様の心身の安寧を生業としております。故に御前様に対するあの男の殺気に……体が反応してしまったのです。それが何か問題でも?」
「大問題でござる! 普通の姫君は、恐怖におののき、逃げることすら儘ならないのです」
「し、しかしあの時は――」
「さらに貴殿は御前様と視線を交わしながら目を逸らさなかった」
「それは――」
「御前様はあの御容貌故……大概の者は初見の場合、恐れをなし平伏するのです」
「そんな――」
「此度の件で御前様は貴殿に興味を抱かれましたぞ」
「ほ……豊満な女性を……肉付きの良い女性を好まれると――」
「御前様は気の強い者を屈服させるのが好きなのです」
「そんな、……それでは私は里に――」
「自業自得でござる」
「なっ!」
「貴殿は蒔かなくていい種を己が手で蒔いてしまわれたのですよ! どうなさるのですか?!」
「――っ!」
美慶は急激に襲ってきた不安に耐え切れず、引き止める宇木の声も聞かずに総満の居る部屋へと駆けだした。
総満の真意を確かめたかったのだ。
「御前様!」
「如何なされた、早菜姫」
書状を整理していた総満は自室にて機嫌良さそうに早菜姫こと、美慶を迎えた。それ故に焦っていた美慶は再び過ちを犯してしまう。
「御前様は一度私を見限られた。私は気付いておりました。畳を突かれた回数と、さがられる姫君の順が同じであると――。あの時御前様は畳を四回突かれた。四回でお止めになられた。私はお里に帰りとうございます。是非ともお許し頂きたく――」
美慶は言葉を続けられなかった。総満が続きを遮るかのように手を上げたからである。
「其方は何か勘違いしているようじゃな。余は一度も其方に対してさがれとは言っていない」
「それは――」
「畳の突きを察したのであるならば解るであろう、余が続けて五つめを突いた訳を――」
「しかし――」
「其方は里を失いたいのか?」
美慶は絶句した。総満は笑顔を崩さずに飄々と言ってのけた。話が通じない、いや、聞こうとしていない。当主であると言っても所詮まだ元服して間もない子供なのだ。
逆らう者は滅するのみ――
総満は美慶を威圧しながら笑顔を作って言った。
「部屋に戻って休まられよ。疲れておるのだろう。ああ、それと――」
まるで地を這うかのような声音で総満は美慶に警告した。
「二度と余の前で里の話をするな」
美慶は無表情のまま、無礼と解っていながらも振りかえることなくその場を後にした。
美慶もまた、元服して間もない子供なのだ。
美慶は与えられた部屋の障子を閉じるとその場に頽れた。
「宗近様――」
小さくか細く消え入りそうな声でその名を呼ぶ。
(私はその浅慮さから失態を犯してしまったようでございます。今生では……もう、生きてお会いできそうにありませぬ)
美慶はぽろぽろと恥ずかしげも無く、惜しげも無く大粒の涙を流した。
「無念でございます。……無念でございます、宗近様ぁ――」
そう呟き続ける美慶を、宇木はただただ憐れとその肩に手を添えることすら出来ずに、閉ざされた障子の向こうから見守ることしか出来なかった。
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