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◆拾參
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「巳の刻~、一の部~」
「眞奈賀領~、茉姫様~」
「平鹿領~、貴姫様~」
「佐倉賀領~、楊姫様~」
「豊稔領~、早菜姫様~」
「累羽良領~、深津姫様~」
上座に向かい合うように並列する姫達は、厳かな雰囲気の中、己の名を呼ばれると下げた視線はそのままに頭を上げる。
すると上座にて畳を何かで突く様な、この場にそぐわない軽い音がトッと一つ鳴った。
「茉姫様、おさがりください」
最初に名を呼ばれた茉姫が頭を垂れたままその場を下がり、世話役の後ろへと控えると、間をおかずトットッと、音が二つ鳴った。
「貴姫様、おさがりください」
どうやらその突く音が名を呼ばれた順の数だけ鳴ると、世話役の者の声掛けとともに、姫は下がることが出来るようだ。
トットットッ、音が三つ鳴る。
「楊姫様、おさがりください」
次は自分の番、畳を突く様な音が四つ鳴れば美慶はめでたく解放され、豊稔に……宗近の許に帰れる。
トットットッ――
あと一つ、美慶は心をときめかした。
トッ…………四つ目の音が鳴り美慶は歓喜した。
(これで帰れます! 宗近様の許へ――)
そう美慶が宗近に想いを馳せた瞬間、美慶の左側に一瞬黒い影が走った。
それは不意打ちだった。
いつもの美慶ならば捨て置いたかもしれない。目立ってはいけないこの場ではそれが正しい。だが、この時彼は浮かれていて、急に中てられた殺気に体が無条件で反応してしまう。
気づいた時には時すでに遅し、宗近に襲いかかる間者らに対処するかのように一部の無駄もなく、瞬間的に対象を畳にねじ伏せてしまっていた。
――――!!――――
ドスンという重たい音と共に静寂が訪れる。
「あっ…………」
ついねじ伏せてしまった男は頭を畳に打ち付けられて目を回してしまっているようだ。
美慶は嫌な汗が背中を伝うのを感じた。
(しまった! やってしまったか?!)
皆が皆、大の男を取り押さえる小柄な姫を凝視している。
さらに悪い事に男を片膝で畳に押さえつけている美慶は、着物の裾が乱れて日に焼けぬ生っ白い太股をチラリとさらし続けている始末――。これでは悪目立ちしてしまい、とてもお淑やかな姫には見えない。
しかし、突っ伏した男をよく見ると抜き身の刃物を持っている。
(これは見逃してもらえるやもしれんぞ!)
美慶は、この男を危険人物だったのだろうと判断した。実際美慶が感じたのは紛れもない殺気だったからだ。
「お騒がせ致しました。狼藉者と思われたため、対処させて頂きました」
「放せ! 某はこの化物を成敗――」
「後のお沙汰はお任せ致します」
どうやら跡目争いの傷跡がまだ少し残っていたようだ。
美慶は、意識を取り戻して足下でもがく男にさらに一撃を加え気を失わせると、乱れた着物を直し、何事もなかったかのように姿勢を正し、視線を下げ、綺麗に弧を描くように微笑んで言った。
「それでは失礼させて頂きたく存じます」
美慶が、退却を命じるであろう宇木の方を見ると、己の役目を思い出したのか宇木は慌てて口を開く。
(音は四つ鳴ったのだ、ささ、早う――!)
美慶は宇木を急かしつつ、心の中で狂喜乱舞していた。
「早菜姫様、お――」
ドスッ――――!!!
今までになく鈍く重たい音が響いた。
皆の視線がいっせいにその音の方へと向けられる。
その視線の先には一筋の槍が、不自然に穂を上にして畳に突き刺さっていた。
鈍く重たい音は石突の方から強引に槍を畳に突き立てた時のものだったのだ。
「五つだ」
上座から発せられた声に、驚きの表情で口を閉ざしてしまった宇木を美慶が訝しんで見やると、宇木の隣に居た男が瞬時に声を裏返しながら飛び跳ねるように叫び上げる。
「――っは! 仰せのままに! 深津姫様、おさがりくださいっ」
「!!」
その成り行きに美慶は絶句し、困惑した。
(何故だ! 何故飛ばされた? ――いや、勘違いか? もう既に呼ばれているとか? 邪魔が入った故の行き違いか?)
深津姫に続いて頭を垂れ、その場を下がろうとした美慶の腕を宇木が掴む。
煩わしげに宇木を見る美慶に、宇木は蒼白な顔色で目を泳がせて呟いた。
「早菜姫様、お留まりくださいっ」
そしてさらに宇木は冷や汗を流しながら、事切れそうな声音で……恨みがましく美慶に焦点を合わせて、彼にだけ聞こえるように囁いた。
「……御覚悟なされませっ」
「何を――っ?!」
美慶が目を見開いてそう囁き返すと、上座から押し殺したような笑い声が聞こえてきた。思わず顔を上げると、上座に鎮座するその笑い声の主と美慶の視線が絡む。面妖と噂には聞いていたが、実際にその容貌を初めて目にした美慶が視線をそのままに息を呑むと、その者がさらに笑みを濃くしたため、美慶は顔色をなくすしかなかった。
「早菜姫よ、そう急くな。其方に奥を用意する故、宛がわれた部屋にてごゆるりと寛がれるが良い」
一連の出来事に誰もが言葉をなくす中、ただひとり愉快そうな顔をして笑うその者は、命を狙われた当人、極国現国主、野神総満その人であった。
「眞奈賀領~、茉姫様~」
「平鹿領~、貴姫様~」
「佐倉賀領~、楊姫様~」
「豊稔領~、早菜姫様~」
「累羽良領~、深津姫様~」
上座に向かい合うように並列する姫達は、厳かな雰囲気の中、己の名を呼ばれると下げた視線はそのままに頭を上げる。
すると上座にて畳を何かで突く様な、この場にそぐわない軽い音がトッと一つ鳴った。
「茉姫様、おさがりください」
最初に名を呼ばれた茉姫が頭を垂れたままその場を下がり、世話役の後ろへと控えると、間をおかずトットッと、音が二つ鳴った。
「貴姫様、おさがりください」
どうやらその突く音が名を呼ばれた順の数だけ鳴ると、世話役の者の声掛けとともに、姫は下がることが出来るようだ。
トットットッ、音が三つ鳴る。
「楊姫様、おさがりください」
次は自分の番、畳を突く様な音が四つ鳴れば美慶はめでたく解放され、豊稔に……宗近の許に帰れる。
トットットッ――
あと一つ、美慶は心をときめかした。
トッ…………四つ目の音が鳴り美慶は歓喜した。
(これで帰れます! 宗近様の許へ――)
そう美慶が宗近に想いを馳せた瞬間、美慶の左側に一瞬黒い影が走った。
それは不意打ちだった。
いつもの美慶ならば捨て置いたかもしれない。目立ってはいけないこの場ではそれが正しい。だが、この時彼は浮かれていて、急に中てられた殺気に体が無条件で反応してしまう。
気づいた時には時すでに遅し、宗近に襲いかかる間者らに対処するかのように一部の無駄もなく、瞬間的に対象を畳にねじ伏せてしまっていた。
――――!!――――
ドスンという重たい音と共に静寂が訪れる。
「あっ…………」
ついねじ伏せてしまった男は頭を畳に打ち付けられて目を回してしまっているようだ。
美慶は嫌な汗が背中を伝うのを感じた。
(しまった! やってしまったか?!)
皆が皆、大の男を取り押さえる小柄な姫を凝視している。
さらに悪い事に男を片膝で畳に押さえつけている美慶は、着物の裾が乱れて日に焼けぬ生っ白い太股をチラリとさらし続けている始末――。これでは悪目立ちしてしまい、とてもお淑やかな姫には見えない。
しかし、突っ伏した男をよく見ると抜き身の刃物を持っている。
(これは見逃してもらえるやもしれんぞ!)
美慶は、この男を危険人物だったのだろうと判断した。実際美慶が感じたのは紛れもない殺気だったからだ。
「お騒がせ致しました。狼藉者と思われたため、対処させて頂きました」
「放せ! 某はこの化物を成敗――」
「後のお沙汰はお任せ致します」
どうやら跡目争いの傷跡がまだ少し残っていたようだ。
美慶は、意識を取り戻して足下でもがく男にさらに一撃を加え気を失わせると、乱れた着物を直し、何事もなかったかのように姿勢を正し、視線を下げ、綺麗に弧を描くように微笑んで言った。
「それでは失礼させて頂きたく存じます」
美慶が、退却を命じるであろう宇木の方を見ると、己の役目を思い出したのか宇木は慌てて口を開く。
(音は四つ鳴ったのだ、ささ、早う――!)
美慶は宇木を急かしつつ、心の中で狂喜乱舞していた。
「早菜姫様、お――」
ドスッ――――!!!
今までになく鈍く重たい音が響いた。
皆の視線がいっせいにその音の方へと向けられる。
その視線の先には一筋の槍が、不自然に穂を上にして畳に突き刺さっていた。
鈍く重たい音は石突の方から強引に槍を畳に突き立てた時のものだったのだ。
「五つだ」
上座から発せられた声に、驚きの表情で口を閉ざしてしまった宇木を美慶が訝しんで見やると、宇木の隣に居た男が瞬時に声を裏返しながら飛び跳ねるように叫び上げる。
「――っは! 仰せのままに! 深津姫様、おさがりくださいっ」
「!!」
その成り行きに美慶は絶句し、困惑した。
(何故だ! 何故飛ばされた? ――いや、勘違いか? もう既に呼ばれているとか? 邪魔が入った故の行き違いか?)
深津姫に続いて頭を垂れ、その場を下がろうとした美慶の腕を宇木が掴む。
煩わしげに宇木を見る美慶に、宇木は蒼白な顔色で目を泳がせて呟いた。
「早菜姫様、お留まりくださいっ」
そしてさらに宇木は冷や汗を流しながら、事切れそうな声音で……恨みがましく美慶に焦点を合わせて、彼にだけ聞こえるように囁いた。
「……御覚悟なされませっ」
「何を――っ?!」
美慶が目を見開いてそう囁き返すと、上座から押し殺したような笑い声が聞こえてきた。思わず顔を上げると、上座に鎮座するその笑い声の主と美慶の視線が絡む。面妖と噂には聞いていたが、実際にその容貌を初めて目にした美慶が視線をそのままに息を呑むと、その者がさらに笑みを濃くしたため、美慶は顔色をなくすしかなかった。
「早菜姫よ、そう急くな。其方に奥を用意する故、宛がわれた部屋にてごゆるりと寛がれるが良い」
一連の出来事に誰もが言葉をなくす中、ただひとり愉快そうな顔をして笑うその者は、命を狙われた当人、極国現国主、野神総満その人であった。
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