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◆拾貳
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過日。極国、天蓋城――
蝉の音が鳴り止まぬ昼、季節柄、熱気漂うはずであるのに総焚はこの国の国主としてありえない屈辱的な姿で不気味なほど暗く冷えを感じていた。
「父上におかれましては益々のご壮健、ご活躍に恐れ入ります。片田舎に滞在させて頂いております身の程にて、忘れ去られているものと思っておりましたが……此度は盆の集いにお招き頂き、恐悦至極にございます。……私は先日、予てから申し上げておりました通り元服致しまして、名を平朝臣野神総満永天と改めさせて頂きました。どうぞ、総満とお呼びください。…………父上とは幾度かお目見えの機会あれど、こうして直に顔を合わせたのは本日が初めてでございましたな?」
底冷えするような笑みを浮かべ、そう口上をつらつら述べながら父である己を見下ろし、己の予想を上回る力で腹を踏みつけ続ける我が子、十六太改め総満のその態度に総焚は腸が煮えくり返る思いであったが、先程からその思いとは裏腹に冷や汗が止まらず声さえ出せずにいた。
「ふぐっ」
「父上は数多くの側室を抱えた器の大きい誇り高き武将……そう思っていたのですが――」
総満は底冷えのする視線をそのままに、笑みを侮蔑に変えて言った。
「私の思い違いだったようでございます。無防備に頭を垂れる者に不意打ちで斬りかかるなど、なんと胆の小さい所業か……夢砕けばこんな醜く、卑しく太った豚が権力、財力に物言わせて欲望のままいろんな女に手を出し、十六人も孕ましていたとは世も末――――……あぁなるほど、哀れにも母上は父上に凌辱され、それを苦に出産後、命を絶たれたのですね」
総満は冷えた声音で淡々とそう言うと、先程やむなく手にした総焚の刀を総焚の腹に深々と差し込んだ。
「うぐうぅぅっ!」
焼けるような激痛に呻く総焚に、総満は光を灯さない暗い瞳を向けて口を開いた。
「父上、腹をお切りなさいませ。武士の情けでございます。お手伝い致します故……」
「ぬぐぐぐぐ――」
「やや硬さが足りませぬが……斬りがいのある量ではございませぬか?」
総満はほんの少し刀に体重をかけた。
「ぐふぅっっ!」
「父上は……以前襖越しの私に、母上の腹を食い破って産まれてきた化物めとそうおっしゃいましたね。ならば化物の子らしゅう父上の愛刀にて母上と同様に父上の腹もかっさばいて差し上げましょうぞ」
「じゅろっったぁぁぁぁぁぁ!」
「……総満にございます、父上」
総満はまるで食肉でもさばくかのように総焚の腹に刺さった刀を傾け、滑らせる。
耳に響く総焚の断末魔が煩わしくなった総満が、刀に体重をかけてそのまま背骨を断つと、総焚はくぐもった呻き声を上げ、口から赤い泡を吐きそのまま動かなくなった。
「獣にも劣るおぞましさよ」
総満は刀を引き抜くと、すぐさま刀をへし折って鼻で嗤った。
「何が名刀だ。紛い物め」
刀は力任せに骨を断ったため、刃こぼれしていた。
「村尾」
「はっ、ここに」
総満が声を掛けると侍の格好をした草が姿を現した。
「この豚、俺が頭を垂れてる間に愛刀自慢して斬りかかってきたぞ」
「御無事で何よりでございます、総満様」
「ふん、この程度に不意を突かれたところでかすりもしないわ」
「余程、総満様が恐ろしかったのでございましょう。……おや、もしやあちらの刀は……?」
「装飾が派手であったから、愛着でもあったのだろう。何やら名刀のようなことを口走っていたが紛い物でも掴まされたようじゃ。すぐ折れる鈍らじゃった」
「……さようでございますか」
村尾は無残に折られた刀を少し不憫そうに見て言った。
野神家当主、総焚が亡くなった知らせは盆の召集に登城していた一族に瞬く間に伝達され、その日のうちに血で血を洗う跡目争いが開幕される。
国は荒れ、暫くは常闇の時代が続くだろうと家臣達は恐怖したが、事は呆気なく幕を引くこととなる。
勝敗が一瞬でついてしまったのだ。なぜなら、兄弟らが結託し、総満ただ一人に狙いを定めて奇襲をかけてきたからである。
結果、戦場は鬼子総満の独擅場となった。たった一人に十五人揃って襲い掛かり、全員漏れなく返り討ちにあってしまったのだ。
「口程にもない、落胆も甚だしいわ」
血に濡れた刀を下げ、こと切れた兄弟達を乱雑に並べると、総満は集まった家臣達の前でそう言って血振るいをした。
揺らめくも乱れぬ雪白の結び髪に、総満の紅い瞳と舞う鮮血が映え、家臣一同は総満のその姿に、人ならざる者と遭遇したかのような畏怖の念を抱いた。
その場にいた家臣達は一日と待たずして事を片付けた総満のその異端児さに魅せられ、呆けた口を閉ざして皆一同に総満にひれ伏す。
実情、総満の後継が決まった瞬間であった。
継承からおおよそ一年の月日が経ち、政が整うと、総満に魅せられた家臣達が直ぐさまとりかかったのは血筋の拡大だった。なんせ兄弟全てを血祭りに上げてしまったのだ。もし、総満に何かあれば御家は途絶えてしまう。家臣達は総満の気持ちはさておき、お家存続のため嫁取りと人質取りに奔走することにした。
しかし、鬼子総満はなかなかの曲者で、同世代にはなびかず、身持ちが固い事は前提の上で、初心な者より妖艶で豊満な肉付きの女性を……特に出産経験のある後家を指名したため、家臣達は頭を悩ませた。
中性的な者を選ばないと言った宇木の言葉は的を射ていたのだ。
そして今、美慶もまた、その為のお目通りを……まさに一対多数の集団お見合いが始まろうとしていた。
蝉の音が鳴り止まぬ昼、季節柄、熱気漂うはずであるのに総焚はこの国の国主としてありえない屈辱的な姿で不気味なほど暗く冷えを感じていた。
「父上におかれましては益々のご壮健、ご活躍に恐れ入ります。片田舎に滞在させて頂いております身の程にて、忘れ去られているものと思っておりましたが……此度は盆の集いにお招き頂き、恐悦至極にございます。……私は先日、予てから申し上げておりました通り元服致しまして、名を平朝臣野神総満永天と改めさせて頂きました。どうぞ、総満とお呼びください。…………父上とは幾度かお目見えの機会あれど、こうして直に顔を合わせたのは本日が初めてでございましたな?」
底冷えするような笑みを浮かべ、そう口上をつらつら述べながら父である己を見下ろし、己の予想を上回る力で腹を踏みつけ続ける我が子、十六太改め総満のその態度に総焚は腸が煮えくり返る思いであったが、先程からその思いとは裏腹に冷や汗が止まらず声さえ出せずにいた。
「ふぐっ」
「父上は数多くの側室を抱えた器の大きい誇り高き武将……そう思っていたのですが――」
総満は底冷えのする視線をそのままに、笑みを侮蔑に変えて言った。
「私の思い違いだったようでございます。無防備に頭を垂れる者に不意打ちで斬りかかるなど、なんと胆の小さい所業か……夢砕けばこんな醜く、卑しく太った豚が権力、財力に物言わせて欲望のままいろんな女に手を出し、十六人も孕ましていたとは世も末――――……あぁなるほど、哀れにも母上は父上に凌辱され、それを苦に出産後、命を絶たれたのですね」
総満は冷えた声音で淡々とそう言うと、先程やむなく手にした総焚の刀を総焚の腹に深々と差し込んだ。
「うぐうぅぅっ!」
焼けるような激痛に呻く総焚に、総満は光を灯さない暗い瞳を向けて口を開いた。
「父上、腹をお切りなさいませ。武士の情けでございます。お手伝い致します故……」
「ぬぐぐぐぐ――」
「やや硬さが足りませぬが……斬りがいのある量ではございませぬか?」
総満はほんの少し刀に体重をかけた。
「ぐふぅっっ!」
「父上は……以前襖越しの私に、母上の腹を食い破って産まれてきた化物めとそうおっしゃいましたね。ならば化物の子らしゅう父上の愛刀にて母上と同様に父上の腹もかっさばいて差し上げましょうぞ」
「じゅろっったぁぁぁぁぁぁ!」
「……総満にございます、父上」
総満はまるで食肉でもさばくかのように総焚の腹に刺さった刀を傾け、滑らせる。
耳に響く総焚の断末魔が煩わしくなった総満が、刀に体重をかけてそのまま背骨を断つと、総焚はくぐもった呻き声を上げ、口から赤い泡を吐きそのまま動かなくなった。
「獣にも劣るおぞましさよ」
総満は刀を引き抜くと、すぐさま刀をへし折って鼻で嗤った。
「何が名刀だ。紛い物め」
刀は力任せに骨を断ったため、刃こぼれしていた。
「村尾」
「はっ、ここに」
総満が声を掛けると侍の格好をした草が姿を現した。
「この豚、俺が頭を垂れてる間に愛刀自慢して斬りかかってきたぞ」
「御無事で何よりでございます、総満様」
「ふん、この程度に不意を突かれたところでかすりもしないわ」
「余程、総満様が恐ろしかったのでございましょう。……おや、もしやあちらの刀は……?」
「装飾が派手であったから、愛着でもあったのだろう。何やら名刀のようなことを口走っていたが紛い物でも掴まされたようじゃ。すぐ折れる鈍らじゃった」
「……さようでございますか」
村尾は無残に折られた刀を少し不憫そうに見て言った。
野神家当主、総焚が亡くなった知らせは盆の召集に登城していた一族に瞬く間に伝達され、その日のうちに血で血を洗う跡目争いが開幕される。
国は荒れ、暫くは常闇の時代が続くだろうと家臣達は恐怖したが、事は呆気なく幕を引くこととなる。
勝敗が一瞬でついてしまったのだ。なぜなら、兄弟らが結託し、総満ただ一人に狙いを定めて奇襲をかけてきたからである。
結果、戦場は鬼子総満の独擅場となった。たった一人に十五人揃って襲い掛かり、全員漏れなく返り討ちにあってしまったのだ。
「口程にもない、落胆も甚だしいわ」
血に濡れた刀を下げ、こと切れた兄弟達を乱雑に並べると、総満は集まった家臣達の前でそう言って血振るいをした。
揺らめくも乱れぬ雪白の結び髪に、総満の紅い瞳と舞う鮮血が映え、家臣一同は総満のその姿に、人ならざる者と遭遇したかのような畏怖の念を抱いた。
その場にいた家臣達は一日と待たずして事を片付けた総満のその異端児さに魅せられ、呆けた口を閉ざして皆一同に総満にひれ伏す。
実情、総満の後継が決まった瞬間であった。
継承からおおよそ一年の月日が経ち、政が整うと、総満に魅せられた家臣達が直ぐさまとりかかったのは血筋の拡大だった。なんせ兄弟全てを血祭りに上げてしまったのだ。もし、総満に何かあれば御家は途絶えてしまう。家臣達は総満の気持ちはさておき、お家存続のため嫁取りと人質取りに奔走することにした。
しかし、鬼子総満はなかなかの曲者で、同世代にはなびかず、身持ちが固い事は前提の上で、初心な者より妖艶で豊満な肉付きの女性を……特に出産経験のある後家を指名したため、家臣達は頭を悩ませた。
中性的な者を選ばないと言った宇木の言葉は的を射ていたのだ。
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