縁は縁でも腐ってる

長澤直流

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◆貳

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 人気のない暗がりの山道を、豪勢な駕籠――女乗物に乗せられ、これまた煌びやかな着物を着せられて美慶は行く先もわからぬまま運ばれてゆく。
 意識を取り戻した美慶は小窓から陸尺ろくしゃくに問うた。

「もうし、この駕籠はどちらに向かっておりますのでしょうか?」
「極国でございます。御姫おひい様は極の……御前様の大切な奥方候補様でございやしょう?」
「奥方……候補?」
「世代交代が行われた極国は、前の御前様の男系男子が今の御前様以外皆亡くなられてしもうた。此度の奥方探しは今の御前様につかれた家臣達が、国がようやっと落ち着いてきたもんで、今の治世を更に盤石にするために、早いところお世継ぎを造ってもらって後継を育てたいが故だろうともっぱらの噂だ。なぁに、御前様は大層気難しいお方らしいが、関心を持たれなければ即刻お里帰りもあるという話だ。もし御姫様が御国のためにだけ向かわれとるんなら、大人しくしておくのが良策だで。御前様の目に留まらなければ直にお里に帰れるだろ」

 極といえば、美慶の里である豊稔などの小国を傘下に置く大国で、一年ほど前に血で血を洗う跡目争いがあったばかりだった。
 その跡目争いに勝った新しい国主様は大層気性の荒い御方だともっぱらの噂で、一旦奥方候補として登城すれば、気に入られてしまえば奥に入ることになり一生外には出られぬ、また、不況を買ってもその場で剣の錆となり生きて外に出られぬ、とも言われていた。その容姿は生母に似て麗しくも面妖……その姿を目にしたものは皆、恐れをなして口を閉ざすという。
 陸尺はさも容易いように言っていたが、良くも悪くも何事もなく気にとめられずに空気のようにその場をやり過ごすことは使用人として赴くならまだしも、奥方候補として赴く美慶にとっては至難の業である。
(人質の打診はあったが否決されたと聞いていた……よもや奥方候補として出されることになるとは……。このことを宗近様はご存知なのだろうか…………私はもうお払い箱になってしまったのだろうか――)
 美慶は豊稔の宗近に思いを馳せた。
(たとえそうだったとしても……これまでの宗近様の温情、けして忘れは致しませぬ。誠にお世話になり申した。いつまでもお慕い申しております。宗近様のご迷惑にならないように御家のため、私は極へと赴きますが――)
 美慶は瞳を閉じ、震えて仕方が無い下唇を噛むと誰に向けるでもなく力無く微笑んだ。
(……どうか奥入りだけはお許しください。私如き、選ばれる訳がございませぬ。どんななりをしていようと私は男でございます。私が目障りならば……貴方様の前から姿を消します故。もし、……もし生きて極を出ることが出来ましたら、御身の幸せと健やかなることを遠方より願わせてくださいませ――)

 美慶の瞳には抑え切れない喪失感によって希望の光こそ灯ってはいなかったが、宗近に対しての感謝の念と寂寞の思いが込められていた。
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