王様と籠の鳥

長澤直流

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第6章

選択の儀~第1世代~5 それぞれの開幕3【ユリア】

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「ユリア、あなたは悔しくないの?」
 そう母親のジョアンナに問われたのはユリアがまだ2歳の頃、第1世代初めての合同訓練の試合の帰りだった。
「悔しい……?」
 そう問いかえせばジョアンナは呆れた顔をしつつ、微笑んだ。
「強くならなきゃ……、貴方は兄弟の中で1番弱い」
 そう言って見つめてくるジョアンナからユリアは視線を逸らして言った。
「痛いのは嫌い」
「……そうね、皆そうだわ。そして強くなるよう努力するか……しないかも貴方の自由。でもその自由は選択の儀を受けるまでなの。その後は……弱いままではこの国では自由に生きてはゆけないわ」
「……」
 ユリアは俯き黙り込んでしまった。
「いつか好きな人ができた時、その大切な人を守ることができるのは力のある強い者だけなのだから」
 第1世代の子供の中で男児として生まれてきたのはユリアだけだった。そのため、彼に対する国民の期待値は他の者より高かった。……にもかかわらず、気弱なユリアはこの日同世代の2人に比べて散々たる成績を残してしまっていた。
 このままではユリアは戦士になるどころか選択の儀を乗りきることさえ難しい。
 ジョアンナはそう危惧せずにはいられなかった。
「すっ、すごく強くなくても……守るためくらいなら――」
「……」
 自信なさげにそう呟くユリアの平和主義というには脆弱すぎる本質に、ジョアンナは言葉を失った。
 彼女は溜め息をつくと優しくそれを否定し、さらに問う。
「それは……難しいわね。だいたい、守るためぐらいの強さってどのくらいの強さなのかしら?」
「え?」
 ユリアから向けられた視線をまっすぐに見つめ返しジョアンナは淡々と言った。
「あなたが好きになった人を他の人が好きにならない保証などはない、例え相思相愛だったとしても、あなたの方が強くなければ守れないでしょう?」
「でもっ」
「守るためぐらいの強さ……それはそんなに簡単なことではないの」
「じゃあ、どうすれば――」
 そうすがるユリアにジョアンナは現実を説いた。
「強くなるよう努力するしかないわね、そうすれば少しは守れる範囲が増えるかもしれないわ……。ただ、今のあなたのままでは誰1人守れない。あなたは守られる側か、搾取される側になる」
 ユリアは愕然として深く俯いた。
「あなたはまだ2歳、選択の儀までは時間があるわ。生きるために頑張るのよ!」
 ジョアンナはユリアの頭を撫でながらそう励ましたが、ユリアは俯いたまま固く拳を作り、口を閉ざした。

(なんで……なんで?)

 己の心の中の違和感を拭えぬまま、その後ユリアの2年の月日は流れてゆく。
 ユリアは訓練を真面目にこなしていたものの、率先してまでは鍛えようとはしなかった。
 必然か否か……彼はけして弱くはないが、欲がないため、いまだ著しい成長が見られずにいた。

(なんで? どうして?)

 ユリアの不満げなその疑問は2年間で膨れ上がり、とうとう頭から離れなくなってしまったある日、ユリアは宮殿内の散策中に迷子になってしまった。
 慌ててお付きの者を探していると、ユリアは知らない庭に出てしまった。
 そこは色とりどりの花が咲き乱れ、まるで時が止まっているかのような穏やかさと神秘的な空気が漂っていた。
 思わず踏み入ったユリアが庭の小枝を踏んで小さな音を立てると、その音に鳥の囀りが呼応する。
 その美しい光景にユリアは心を奪われ、彼の目にはこの場所が自分の知っている世界とは違う……、別世界のように映った。
(何て素敵な場所なんだろう……、ここはいったい――)
 感嘆に惚けていた次の瞬間、ユリアは言葉を失った。
 そこには鮮やかに咲き乱れる花達よりも可憐に儚げな、この世の者とは思えぬほどに美しい者がいたのだ。
 ユリアが微動だに出来ずにいるとその者は触れるほど近くまで彼に近づき、凝視した後、帰るよう優しく諭した。


 そこからどうやって後宮まで帰ったのかユリアは覚えていない。
 後宮ジョアンナ私室に着いて、思考停止していた頭がゆるゆると回り始めると同時に、体の中の熱がぐるぐると巡り始め、ユリアはその場に崩れ落ちた。
「天使様……」
 高熱にうなされながらもベッドの上でそう口走った自分に笑みがこぼれる。
 いくら子供であるとはいえ、ユリアは存在しない架空のものを信じるほど愚かではなかった。
(この世に天使など存在しない……、あの人は紛れもなく人間だ。…………僕にだって触れることのできる実態を持った人間……)
 意識の遠くで母親のジョアンナが召し使いの者達を威圧する声が聞こえた。
 目覚めた後、ジョアンナに真実を聞かされたユリアは絶望と共に希望を抱いた。そして彼女が止めるのも聞かず、再び彼の地に赴き、シェルミーユに僅かではあるが触れてしまう。

(あぁ、やっぱり実在していた! 幻聴ではない! 幻覚でもない! 人間だった!)

 ユリアはけして踏み入れてはならない聖域に足を踏み入れてしまったのだ。
 引きかえすことなど到底出来はしない。

(あの人が欲しい!!)

 母親が嘆けば嘆くほど、諭せば諭すほど、シェルミーユが存在しているという裏付にしかなり得なかった。


 目標の出来たユリアは今までの消極性が嘘のように体を鍛え始めた。
 しかし、過激な訓練に耐えかねて、ユリアの体はすぐに悲鳴を上げてしまう。
 どうしても埋められない時間の差にユリアは愕然とし、地団駄を踏んだ。
(こんなことではだめだ! もっともっと強くならねば――っ!)
 ユリアは口端をかみ切り、痛みに意識を持ってくるようにして、途絶えそうになる意識を集中し、歯を食いしばり体を鍛え続けた。
 そして選択の儀までの月日を朝も昼も夜も体を鍛え続け、肉を喰らい、回復に必要な分だけの睡眠をとるという生活を繰り返した。

 そしてとうとう今日という日を――選択の儀を迎えた。

 開始の鐘が鳴り響き、ユリアは開幕の歓声に流されるように試練の崖へと飛び込んだ。
 そしてかすり傷1つ負うことなく、順調に崖下へと着地する。
 今のユリアにとって、この試練自体は難しい事では無くなっていた。
 後は崖を登るだけ……既に崖を登り始めている者もいたが、まだ十分挽回出来る距離だった。

 しかし彼にとって予想外の事が起こった――

(これは……どういうことだ?)

 崖を登ろうとしたユリアの前に複数名の男児達が立ちはだかったのだ。
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