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第6章
選択の儀~第1世代~3 それぞれの開幕1
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仲睦まじげに見える王と王妃を前に、民衆の歓声が揚がる中でユリアは、王であり、父親でもあるライアナを鬼の形相で睨んでいた。
「何あれ、視線だけで何人か殺れそう……」
サラが茶化すようにそう言うと、サルメはじろりと彼女を睨んだ。
「……縁起でもないこと言わないでよ」
サラはくるりと目を回しておどけて見せたが、サルメは内心穏やかではなかった。
(ユリアが見ていたのは王と王妃なのよ? ……5歳のユリアがまさか謀反だなんて……考えてないよね?)
サルメは不安げにユリアを見つめた。
「ユリア――」
「ユリア、望みを叶えたければ1番に登ってきなさい。それすら出来ないのであればあなたにその者を望む資格はありません」
サルメがユリアに声を掛けようとしたのを遮り、ジョアンナがユリアに声を掛ける。
「必ずや成し遂げてみせましょう」
ユリアはそう言ってジョアンナに綺麗に笑って見せた。
「何々? ユリアってばもう、心に決めた人がいるの?」
「……」
「残念だったわね~、サルメ」
サルメはサラを睨んだ。
しかしサラは口調とは違って真面目な顔をしてユリアの方を見ていた。
「羨ましい……一途に思えるなんて、まるでお父様のようね」
少し寂しそうにサラが呟いたそれは、誰かに同意を求めるものでは無く、つい漏れてしまった彼女の本音だった。
(お父様の……)
サラの呟きを聞いてしまったサルメは、胸騒ぎを感じてユリアの方を見た。ユリアはまた物見台の方を見つめている。
「ユリア……」
サルメの呼び掛けにユリアは気付かない。ただまっすぐに物見台を見つめている。
(ユリアは王の座に就きたいの? ……まさか、王妃に心を奪われてなんかいないよね?)
実の父親とはいえ、サルメ達にとってもライアナは恐れの対象だ。その彼が溺愛する王妃に邪な思いを寄せるなど、誰であろうと万死に値する行為といっていい。
「ユリア!」
サルメが叫ぶとユリアはようやくサルメの方を見た。
「やぁ、サルメおはよう。調子はどうだい?」
「!」
サルメは言葉を失った。
「ちょっとなによそれ、さっきから一緒にいたじゃない」
「そう? ごめんね」
サラの非難めいた指摘にユリアは笑顔で謝罪した。
しかしサルメはその笑顔に違和感を覚えた。
(何かが違う……何が?)
サルメは首を傾げたが、サラとユリアは気付かずに話を続ける。
「王妃様、公の場には初めてよね?」
「そうなんだよ! 王様は何を考えてるんだろうね」
「王妃様なのだから、もっと公務に出すべきよね」
サラがそう言うとユリアの纏う雰囲気が一瞬にして険しくなり、彼は彼女を冷ややかな目で見て言った。
「サラ、王妃様は公務に出すべきではないよ。大切にしまっておかなきゃ危険だ」
「しまう? 危険? 何を言っているの? 王妃様は子供じゃないし物でもないのよ?」
「わかってるよ。でも王妃様はただの王妃様じゃない、特別なんだよ」
サラはそう言い切るユリアに薄ら寒いものを感じた。
「……まあ、王様に溺愛されてるから……特別? なんだろうけど……」
「逆だ」
「はぁ?」
「溺愛されてるから特別な訳じゃない……。あの御方が特別だから溺愛されてるんだ」
ユリアは急に苦虫を噛み潰したような顔をした。
「でもそれは仕方がないことなんだ。溺愛する他ない、あんな美しい人――」
「さぁ!儀式が始まりますよ!! 第1世代は皆、下位争いかしらね」
ジョアンナが子供達の話を遮る。
ただでさえ第1世代として期待されているのだから、下位等不名誉な成績を遺せば母親に、いや全国民に何と言われるかわからないと瞬時に思い至ったサラとサルメは、慌てた様子で崖の縁へと走って行った。
そんな2人の背中を見送りつつ、ジョアンナは目下に留まるユリアにだけ聞こえる様に話し掛ける。
「王妃様は王様と、王様から許可を得た者以外とはお会いしません」
「でも僕は知って――」
「現国王が即位されてから産まれた者は皆、王妃様の顔を知らないのが常套、知っているという事はそれだけで罪を犯した証となるのです」
「僕が王になれば問題ないことです」
「ずいぶんと大口を叩くのですね」
「このくらい言えなければ、あの人は到底手に入らない。まぁ、現時点で堂々と王様にケンカを売るような無謀なことはしませんがね」
そう言って微笑み、ユリアはサラ達の後を追った。
選択の儀の開始の鐘が鳴り響く中、ジョアンナは瞳を閉じて自身が幼い頃に垣間見た勇ましい彼の姿を瞼の裏に思い浮かべた。
過酷なはずの試練を易々とこなした後に、屈強な大人達と闘い、彼らを圧倒的な力で地に捩じ伏せ、突如現れた当時の国王にさえ怯むことなく、警戒の目を向けながらもけして傲らず、かといって引かず……、ただ肩に抱える思い人を放さまいと神経を研ぎ澄ませていた男、ライアナの姿を――――
「「熟考し、推察し、己の身の丈に合った道を選択せよ!」」
大人達の掛け声と歓声が儀式の幕開けを告げる。
第1世代と呼ばれる子供達に期待のこもった熱視線が向けられる中、ジョアンナはユリアに憐れみの眼差しを向けた。
(あなたの父上様はただただ、あの御方をその手にするために障害となる者の存在を排除しようとしていた。例えそれが王と敵対することになろうとも、恐らく引くことはなかったであろう……)
ライアナは今も昔も前例が無い程に規格外過ぎるのだ。
国王の座にひとかけらも興味が無かった当時5歳のライアナにあの場にいた誰もが、当時の国王でさえも次期国王の誕生を予見した。
選択の儀を終えたばかりの1子供が、クリムゾン王国の全国民を敵にまわすこともいとわないその一途さを主張することは、本来ならば無謀としか言いようが無い。だがしかし、シェルミーユに対する盲目さに危うさを感じながらも、そう期待せずにはいられない輝きを彼は持っていた。
(相手が悪い、あまりにも格が違う……。ユリアが例えライアナ様と同世代であったとしても差は歴然、正攻法では到底勝つことなど叶わない。……その事にあなたは気付いているのですか?)
ジョアンナは崖縁に向かうユリアの背中を見ながら大きな溜め息を吐いた。
「「選択せよ!選択せよ!選択せよ!」」
儀式進行者達の手によって子供達が次々と崖下に落とされてゆく。
ジョアンナはユリアが崖下に飛び込む姿を見送ると、再び瞳を閉じた。
「何あれ、視線だけで何人か殺れそう……」
サラが茶化すようにそう言うと、サルメはじろりと彼女を睨んだ。
「……縁起でもないこと言わないでよ」
サラはくるりと目を回しておどけて見せたが、サルメは内心穏やかではなかった。
(ユリアが見ていたのは王と王妃なのよ? ……5歳のユリアがまさか謀反だなんて……考えてないよね?)
サルメは不安げにユリアを見つめた。
「ユリア――」
「ユリア、望みを叶えたければ1番に登ってきなさい。それすら出来ないのであればあなたにその者を望む資格はありません」
サルメがユリアに声を掛けようとしたのを遮り、ジョアンナがユリアに声を掛ける。
「必ずや成し遂げてみせましょう」
ユリアはそう言ってジョアンナに綺麗に笑って見せた。
「何々? ユリアってばもう、心に決めた人がいるの?」
「……」
「残念だったわね~、サルメ」
サルメはサラを睨んだ。
しかしサラは口調とは違って真面目な顔をしてユリアの方を見ていた。
「羨ましい……一途に思えるなんて、まるでお父様のようね」
少し寂しそうにサラが呟いたそれは、誰かに同意を求めるものでは無く、つい漏れてしまった彼女の本音だった。
(お父様の……)
サラの呟きを聞いてしまったサルメは、胸騒ぎを感じてユリアの方を見た。ユリアはまた物見台の方を見つめている。
「ユリア……」
サルメの呼び掛けにユリアは気付かない。ただまっすぐに物見台を見つめている。
(ユリアは王の座に就きたいの? ……まさか、王妃に心を奪われてなんかいないよね?)
実の父親とはいえ、サルメ達にとってもライアナは恐れの対象だ。その彼が溺愛する王妃に邪な思いを寄せるなど、誰であろうと万死に値する行為といっていい。
「ユリア!」
サルメが叫ぶとユリアはようやくサルメの方を見た。
「やぁ、サルメおはよう。調子はどうだい?」
「!」
サルメは言葉を失った。
「ちょっとなによそれ、さっきから一緒にいたじゃない」
「そう? ごめんね」
サラの非難めいた指摘にユリアは笑顔で謝罪した。
しかしサルメはその笑顔に違和感を覚えた。
(何かが違う……何が?)
サルメは首を傾げたが、サラとユリアは気付かずに話を続ける。
「王妃様、公の場には初めてよね?」
「そうなんだよ! 王様は何を考えてるんだろうね」
「王妃様なのだから、もっと公務に出すべきよね」
サラがそう言うとユリアの纏う雰囲気が一瞬にして険しくなり、彼は彼女を冷ややかな目で見て言った。
「サラ、王妃様は公務に出すべきではないよ。大切にしまっておかなきゃ危険だ」
「しまう? 危険? 何を言っているの? 王妃様は子供じゃないし物でもないのよ?」
「わかってるよ。でも王妃様はただの王妃様じゃない、特別なんだよ」
サラはそう言い切るユリアに薄ら寒いものを感じた。
「……まあ、王様に溺愛されてるから……特別? なんだろうけど……」
「逆だ」
「はぁ?」
「溺愛されてるから特別な訳じゃない……。あの御方が特別だから溺愛されてるんだ」
ユリアは急に苦虫を噛み潰したような顔をした。
「でもそれは仕方がないことなんだ。溺愛する他ない、あんな美しい人――」
「さぁ!儀式が始まりますよ!! 第1世代は皆、下位争いかしらね」
ジョアンナが子供達の話を遮る。
ただでさえ第1世代として期待されているのだから、下位等不名誉な成績を遺せば母親に、いや全国民に何と言われるかわからないと瞬時に思い至ったサラとサルメは、慌てた様子で崖の縁へと走って行った。
そんな2人の背中を見送りつつ、ジョアンナは目下に留まるユリアにだけ聞こえる様に話し掛ける。
「王妃様は王様と、王様から許可を得た者以外とはお会いしません」
「でも僕は知って――」
「現国王が即位されてから産まれた者は皆、王妃様の顔を知らないのが常套、知っているという事はそれだけで罪を犯した証となるのです」
「僕が王になれば問題ないことです」
「ずいぶんと大口を叩くのですね」
「このくらい言えなければ、あの人は到底手に入らない。まぁ、現時点で堂々と王様にケンカを売るような無謀なことはしませんがね」
そう言って微笑み、ユリアはサラ達の後を追った。
選択の儀の開始の鐘が鳴り響く中、ジョアンナは瞳を閉じて自身が幼い頃に垣間見た勇ましい彼の姿を瞼の裏に思い浮かべた。
過酷なはずの試練を易々とこなした後に、屈強な大人達と闘い、彼らを圧倒的な力で地に捩じ伏せ、突如現れた当時の国王にさえ怯むことなく、警戒の目を向けながらもけして傲らず、かといって引かず……、ただ肩に抱える思い人を放さまいと神経を研ぎ澄ませていた男、ライアナの姿を――――
「「熟考し、推察し、己の身の丈に合った道を選択せよ!」」
大人達の掛け声と歓声が儀式の幕開けを告げる。
第1世代と呼ばれる子供達に期待のこもった熱視線が向けられる中、ジョアンナはユリアに憐れみの眼差しを向けた。
(あなたの父上様はただただ、あの御方をその手にするために障害となる者の存在を排除しようとしていた。例えそれが王と敵対することになろうとも、恐らく引くことはなかったであろう……)
ライアナは今も昔も前例が無い程に規格外過ぎるのだ。
国王の座にひとかけらも興味が無かった当時5歳のライアナにあの場にいた誰もが、当時の国王でさえも次期国王の誕生を予見した。
選択の儀を終えたばかりの1子供が、クリムゾン王国の全国民を敵にまわすこともいとわないその一途さを主張することは、本来ならば無謀としか言いようが無い。だがしかし、シェルミーユに対する盲目さに危うさを感じながらも、そう期待せずにはいられない輝きを彼は持っていた。
(相手が悪い、あまりにも格が違う……。ユリアが例えライアナ様と同世代であったとしても差は歴然、正攻法では到底勝つことなど叶わない。……その事にあなたは気付いているのですか?)
ジョアンナは崖縁に向かうユリアの背中を見ながら大きな溜め息を吐いた。
「「選択せよ!選択せよ!選択せよ!」」
儀式進行者達の手によって子供達が次々と崖下に落とされてゆく。
ジョアンナはユリアが崖下に飛び込む姿を見送ると、再び瞳を閉じた。
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