王様と籠の鳥

長澤直流

文字の大きさ
上 下
35 / 52
第6章

選択の儀~第1世代~2

しおりを挟む
 人人人、どこまでも続く人の群れ、クリムゾン王国はこんなに大きな国だっただろうか……、10数年ぶりに外に出たシェルミーユは感慨に耽った。
 眼前に広がる群衆は、すべてライアナが率いる民なのだ。
「手でも振ってやったらどうだ?」
「手を……」
 シェルミーユはおずおずと民衆に手を振った。すると次の瞬間大歓声が沸き立つ。
「大人気だな」
 驚くシェルミーユに、ライアナはからかうように片方の眉を上げて言った。
「この内の6割がお前を欲し、3割がお前を恐れ、1割がお前を妬む……」
「それはどういう……」
「今お前が民衆のもとに姿を曝け出したら起こりうる割合だ。男にしろ女にしろ、力のある者はお前を欲するだろう。後はお前を恐れ崇め奉ろうとする者達、嫉妬する愚かな者達……お前にはそんな魅力がある」
 シェルミーユは少し怖くなって、俯きながらライアナの王服の袖を掴んだ。
「買い被り過ぎだ」
(まさか、私ごときにそんなはずは――)
 シェルミーユは気丈に振る舞おうと顔を上げ、ほんの少しだけ引きつった笑みを浮かべた。
「信じていないみたいだな、だが真実だ」
 ライアナはシェルミーユをまっすぐに見据えた。
「下へ降りてみるか……?」
 そう言って手を差し出すライアナに、シェルミーユは息をのむ。
(有り得ないことだ。そんなこと……だが――)
 シェルミーユはいまだに、自分にそんな価値があるとは、思うことが出来なかった。
 しかし、閉鎖的な世界で人生の大半を過ごしてきた彼には、何が真実なのか軽率に答えを出すことは躊躇われた。
(……いや、しかし……もしも……いや、まさか……)
 ライアナの言っていることが本当ならば、この場は一瞬で血の海と化すだろう。
 ここはクリムゾン王国、欲望に忠実な強者の集まりなのだから――
 口籠るシェルミーユにライアナは静かに微笑んだ。
「冗談だ」
 ライアナはそう言うと、差し出したままになっていた手をシェルミーユの腰に添える。
「今はただ、己の価値を自覚すればいい。美しき我が最愛の王妃、シェルミーユよ」
(己の……価値……)
 シェルミーユはライアナの言葉を心の中で反芻する。
 ライアナは、思い耽るシェルミーユのベールを少しだけ捲ると、わざとリップ音をたててシェルミーユに口づけをした。

(言ったそばから後悔する戯言など言うべきではない)

 ライアナは本心では無かったとはいえ、己の吐いた言葉に呆れた。
(下へ降りてみるか……? よく言えたものだ。今この時ですら俺は嫉妬に狂いそうだというのに、お前を民衆の手の届くところまでなぞ……、到底連れて行ける訳がない)
 ライアナは改めて自分のシェルミーユに対する狭量さをひしひしと感じ、苦笑するしかなかった。
(俺はこの先、この身が朽ち果てようとも、お前に対する狭量さは変わらぬのだろう。……俺はお前が己の価値を自覚したとしても、この手を緩めることなど出来はしないのだから――……)
 ライアナの顔に僅かに憂いの影が差す。その僅かな異変に気付いたシェルミーユがライアナの顔を気遣わしげに見ると、ライアナはシェルミーユの背中に手を回し、軽く抱きしめて言った。
「安心しろ、俺がお前を手放しはしないから」
「ライんんっ――」
 シェルミーユの言葉を遮るように、ライアナはシェルミーユに深々と口づけを繰り返す。今この時、彼から拒絶の言葉を聞きたくなかったのだ。しばらくしてライアナが唇を放すと、シェルミーユは息を切らしながら言った。
「っはぁ、……お前は、本当に、加減というものを、知らん」
 呼吸を整えたシェルミーユが、上気した頬はそのままに不満そうに口を尖らせると、ライアナは優しい微笑みを彼に向ける。
 そこには先程シェルミーユが感じた影はなく、シェルミーユは無意識にほっと胸を撫で下ろした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

オメガなパパとぼくの話

キサラギムツキ
BL
タイトルのままオメガなパパと息子の日常話。

悪役令嬢は見る専です

小森 輝
BL
 異世界に転生した私、「藤潮弥生」は婚約破棄された悪役令嬢でしたが、見事ざまあを果たし、そして、勇者パーティーから追放されてしまいましたが、自力で魔王を討伐しました。  その結果、私はウェラベルグ国を治める女王となり、名前を「藤潮弥生」から「ヤヨイ・ウェラベルグ」へと改名しました。  そんな私は、今、4人のイケメンと生活を共にしています。  庭師のルーデン  料理人のザック  門番のベート  そして、執事のセバス。  悪役令嬢として苦労をし、さらに、魔王を討伐して女王にまでなったんだから、これからは私の好きなようにしてもいいよね?  ただ、私がやりたいことは逆ハーレムを作り上げることではありません。  私の欲望。それは…………イケメン同士が組んず解れつし合っている薔薇の園を作り上げること!  お気に入り登録も多いし、毎日ポイントをいただいていて、ご好評なようで嬉しいです。本来なら、新しい話といきたいのですが、他のBL小説を執筆するため、新しい話を書くことはしません。その代わりに絵を描く練習ということで、第8回BL小説大賞の期間中1に表紙絵、そして挿絵の追加をしたいと思います。大賞の投票数によっては絵に力を入れたりしますので、応援のほど、よろしくお願いします。

男だけど女性Vtuberを演じていたら現実で、メス堕ちしてしまったお話

ボッチなお地蔵さん
BL
中村るいは、今勢いがあるVTuber事務所が2期生を募集しているというツイートを見てすぐに応募をする。無事、合格して気分が上がっている最中に送られてきた自分が使うアバターのイラストを見ると女性のアバターだった。自分は男なのに… 結局、その女性アバターでVTuberを始めるのだが、女性VTuberを演じていたら現実でも影響が出始めて…!?

[完結]嫁に出される俺、政略結婚ですがなんかイイ感じに収まりそうです。

BBやっこ
BL
実家は商家。 3男坊の実家の手伝いもほどほど、のんべんだらりと暮らしていた。 趣味の料理、読書と交友関係も少ない。独り身を満喫していた。 そのうち、結婚するかもしれないが大した理由もないんだろうなあ。 そんなおれに両親が持ってきた結婚話。というか、政略結婚だろ?!

ずっと女の子になりたかった 男の娘の私

ムーワ
BL
幼少期からどことなく男の服装をして学校に通っているのに違和感を感じていた主人公のヒデキ。 ヒデキは同級生の女の子が履いているスカートが自分でも履きたくて仕方がなかったが、母親はいつもズボンばかりでスカートは買ってくれなかった。 そんなヒデキの幼少期から大人になるまでの成長を描いたLGBT(ジェンダーレス作品)です。

何故か正妻になった男の僕。

selen
BL
『側妻になった男の僕。』の続きです(⌒▽⌒) blさいこう✩.*˚主従らぶさいこう✩.*˚✩.*˚

【完結】運命さんこんにちは、さようなら

ハリネズミ
BL
Ωである神楽 咲(かぐら さき)は『運命』と出会ったが、知らない間に番になっていたのは別の人物、影山 燐(かげやま りん)だった。 とある誤解から思うように優しくできない燐と、番=家族だと考え、家族が欲しかったことから簡単に受け入れてしまったマイペースな咲とのちぐはぐでピュアなラブストーリー。 ========== 完結しました。ありがとうございました。

(…二度と浮気なんてさせない)

らぷた
BL
「もういい、浮気してやる!!」 愛されてる自信がない受けと、秘密を抱えた攻めのお話。 美形クール攻め×天然受け。 隙間時間にどうぞ!

処理中です...