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第6章
選択の儀~第1世代~17 それぞれの閉幕【第1世代】
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選択の儀、そして奴隷選抜、全ての儀が終われば子供達はそれぞれ己の選択した未来を歩むこととなる。
この国に残った者のうち、勝者は支配側へ、また敗者は支配される側へ……皆に平等に与えられる最初の分岐点、泣いても喚いても逃げることは出来ない。
◆
賑やかな会場を後に、サルメは1人重い溜め息を吐き、やけに広く感じる後宮の廊下をとぼとぼと歩んだ。
今朝まで夢と希望に溢れ輝いていた目前は、今となっては薄暗く、鬱鬱と恨めしく足に絡みついてサルメの足取りをさらに重く感じさせる。
何よりサルメの母親サローナは一際サラの母親であるサジェットに敵対心を向けていたため、第1世代と言われた中で最下位だったサルメは、そのことを母親のサローナに告げねばならないと思うと一層気が重くなった。
「サルメ」
声がして振りかえると、そこには笑みを浮かべたサローナが立っていた。
「おかえりなさい、サルメ。……嫌だあなた、その顔どうしたの? 酷く醜いわ。誰にやられたの? まさかあの女の――」
「違います」
「そう、じゃあ誰に――?」
「気になさらないでください。少ししくじってしまっただけです」
無惨な痛々しい顔でそう言って笑って見せたサルメは、内心これ以上詮索するなとサローナに訴えていた。
「そう、……まあ深くは聞かないでいてあげるわ。後で冷やしてらっしゃい」
サローナのその言葉に、サルメはほっと小さく息を吐くも、次にくるサローナの言葉に身を構えた。
「……ところであなた、1位通過は出来たの?」
「……お母様……」
「まさか、あの女の娘などに後れをとってはいないわよね?」
「……」
「サルメっ!」
「ごめんなさい、お母様」
サローナは溜め息を吐いてサルメを睨んだ。
「まったくあなたは――」
サローナは言葉を濁したが、彼女の目は、お前は何をやっても私をがっかりさせる……そう物語っていた。
「お母様。私、もうサラとは連むのはやめます」
「……そうね。その方がいいわね。貴女たちはいずれたった1つの座をかけて争うことになるのだから、余計な関係は避けるべきだわ……ようやく自覚したのね?」
「……違うのです、お母様……。私はサラを許せない。サラは……私の大切なものを壊してしまったのです。もう……取り返しがつきません」
たとえそれが自業自得の逆恨みであったとしても、サルメにはサラを許すことが出来なかった。いや、サルメはサラを許すわけにはいかなかった。サルメは起きてしまった最悪の事態をサラに責任転嫁し、彼女を許さないことによってユリアに拒絶されてしまった現実から無意識に自分の心を守っていたのだ。
ただ、頭に血が上ってしまっている今の彼女には、それを自覚することは出来なかった。
サルメから溢れ出す負の感情を感じとり、サローナはいつもと違う自分の娘の不気味さに軽く眉をひそめた。
「そ、そう。…………そういえば、あの坊やはどうだったの? ここのところやけに頑張っていたようだけれど……無事選択の儀を乗り越える事が出来たの?」
「……ユリアは無事通過しました」
「そう、よかったわね。いつかあなたの伴侶になるかもしれないのだから、今からあなたが支えて立派に育てあげるのですよ? 感謝の念を抱かせ、貴女無しではいられないように身魂を支配するのです」
サローナはサルメのユリアに対する淡い恋心に気付いていた。それ故に出た言葉ではあったが、状況が変わった今となっては状態も変わる。しかし、現状それを知る由もないサローナにサルメの心情を慮ることなど出来る訳もなく、サルメはサローナの言葉に俯いた。
最悪なこの状況でいったいどうしろというのだ。
気持ち悪い……そう嫌悪の眼差しで冷たく吐き捨てられたユリアの言葉が何度も何度もサルメの頭の中でこだまする。この状況からいったいどう抜け出せというのだろうか……サルメにはそれは途方もなく分厚い壁のように感じられ、抜けられぬ絶望という名の深い渦をただただ覗くだけのように思えた。
だがしかし、一瞬感情か抜け落ちたようにサルメは無表情になったものの、すぐさま顔を上げると彼女はサローナに笑顔を見せる。
「はい、お母様」
そう答えたサルメの瞳は酷く暗く濁っていた。
◆◆
後宮に戻ったサラの心は荒んでいた。
部屋中の目につく物を投げ散らかし、破壊してゆく。
もちろん止めに入った者も例外なく、その言葉の通り彼女は破壊していった。
息のある召し使い達はサラの気が収まるのをただ壁際で恐怖に震えながら蹲って耐えるほかなかった。
そんな中、不意にサジェットがお茶会を開いていたサロンから出て来た。
「あらやだ、随分騒がしいと思ったらあなたが荒れてたのね。まさか、しくじったの?」
荒れ果てた私室を目の前に、嘲る様にそう言ったサジェットをサラは睨み、苛立ちをそのままに彼女に怒鳴り散らした。
「うっさいっ! 見にもこなかったくせに! 呑気に茶会なんか開いてたくせに――」
「みっともない、ぎゃーぎゃー喚くな」
「っ!」
「私に当たらないでくれる? あなたが思うように事を運べなかったことはあなたの責任でしょう? いちいち癇癪を起さないでちょうだい」
感情をむき出しにした我が子を前に、サジェットは至って冷静に冷めた声音で返し、それによってサラが少し冷静さを取り戻すと、続けて彼女はサラを窘めた。
「ここにいるという事は結果に対する納得の有無は別として選択の儀は通過したという事よね。選択の儀を終えた今、あなたはもう子供じゃないのよ。いつまでも子供みたいに面倒かけないでほしいわ。――ちょっとそこのお前、目障りだから足元に転がってる者達の処理をなさい。……まったく、あなたが駄目にした分の召使いをまた買わなきゃならないじゃない」
サジェットに指名された召使いは腰が抜けてしまっていたのか、自身も這いずりながら既にこと切れた同役を引きずるように運んでゆく。その姿を目で追っているサジェットにサラはばつが悪そうにぼそっと呟いた。
「…………ユリアに負けました」
「はあ?」
「だからユリアに――!」
サジェットはサラの言葉を遮るように手をあげた。
「坊やのことは聞いていないわ。……それで?」
「勝ちました」
「そう、当然よね。あんなひ弱な女の子供ですもの…………。まあいいわ。それにしてもあの坊やに負けるなんて……私も随分あなたを買いかぶってしまっていたようね。で、あの坊やが1位に?」
サラは苦い顔をしてサジェットから顔を背けた。
「……1位は余所者でしたが、王候補を辞退しました。お父様に忠誠を誓ったそうです」
「まあ! 信者ね! さすがライアナ様だわ」
サジェットはうっとりとした表情を浮かべてライアナのことを思い、その場でクルクルと踊り出した。
サジェットはそのガタイの良さに反して思考回路は戦闘時を除いて常に乙女だった。
そしてふと、思い出したかのようにサラに振り返って言った。
「ああ、そうだわ。あなた血だらけよ。顔も少し腫れている様ね。返り血だけならまだしも、自らの血を流すなんて情けないったらありゃしない。……みっともないから早く外で流してらっしゃい」
「……はい、お母様」
サラはそんなサジェットを冷めた目で見ると中庭の水場へと向かった。
「サラ様、傷の手当てを――」
サジェットに付いていた召使いがサラを心配して歩み寄ると、ラサは軽く手をあげてそれを遮った。
「ありがとう。でも、かすり傷だから気にしなくていい。ここはいいからお母様の下へ……」
サラはそう言って少し微笑んで見せた。
召使いは顔を赤くして頭を下げると、小走りで奥へとさがっていった。
血に塗れた姿とはいえ、その少年とも少女とも言いきれぬ中性的なサラの姿は、他の者には輝いて見え、人をたらし込めるに足る魅力があった。サラ自身、そのことは自覚していて、今までも多少なりとも狡猾に利用してきた口だ。
「血なんて出てないじゃない」
1人水を浴び、髪をかき上げ、誰の血か判別がつかない返り血を全て洗い流すと、チリッと痛みが走るかすり傷を見つけてサラはそう呟いた。
その顔には、先程までの微笑みなど欠片も残っていなかった。
◆◆◆
夜が明けても件の子供達にはお咎めは無く、王は奴隷選抜にも顔を出さなかった。
シェルミーユのことに関して直情的になるライアナの不興を買えば、1日として猶予など存在しないのが常だ。それ故に日が過ぎれば過ぎるほど都合の良いように……お目溢しいただけたと考えたくもなるのが常人だろう。だがしかし、期待した後の絶望ほど打ちひしがれるものはない事を知っているジョアンナは、事情を知っているだけに待つだけの時にしびれを切らして、内情を探るために王宮の親衛隊の様子を探らせることにした。
「王様は王宮に戻られてから今日まで、王妃様と一緒に寝室に籠もられているようでございます」
「…………わかった、下がって良い」
そう報告があったのは選択の儀が済んでから2度目の朝を迎えたときだった。
(王妃が王を受け入れた…………これで極刑は免れる――――っ……)
ジョアンナは報告に来た者を下がらせると、その場でへたり込み、安堵の息を漏らして王宮に続く森の方へと視線を向けた。
「助かった……本当に助かった」
ジョアンナはシェルミーユに感謝の念を抱き、無意識に胸に手を合わせてその心打ちを吐露した。
母親に謹慎を命じられ自室に控えていたユリアは、その様子を見て白くなるほど強く己の拳を握り締めた。すると、儀式の最中にサラに殴られたところが再び熱を帯び、ユリアはただただ自分の無力さに俯き、唇を強く噛んだ。
そして己の出鼻を挫いたサラとサルメへの憎しみをユリアは一層募らせてゆくのだった。
3人の溝は少しも埋まる事は無く、既に取り返しのつかないところまで来てしまっていた。
この年、選択の儀を執り行った子供は5152名。
崖を登り切った者は638名、内、本土以外からの参加者20名。背負われた者は321名。崖から落ち負傷した者や尻込みした者等、奴隷ゆき3708名。新天地選択者、推定287名。死者、推定198名。王候補選定保留……と、記録される結果となった。
また、選択の儀の翌日に行われた奴隷選抜では、1位のオルバをはじめ、ユリア、サラ、サルメ等上位達成者達が皆、奴隷選抜権を放棄したため、次の順位の者に隷属希望の者が群がり、この年の奴隷選抜は通常とは違った異質な盛り上がりを見せたという。
この国に残った者のうち、勝者は支配側へ、また敗者は支配される側へ……皆に平等に与えられる最初の分岐点、泣いても喚いても逃げることは出来ない。
◆
賑やかな会場を後に、サルメは1人重い溜め息を吐き、やけに広く感じる後宮の廊下をとぼとぼと歩んだ。
今朝まで夢と希望に溢れ輝いていた目前は、今となっては薄暗く、鬱鬱と恨めしく足に絡みついてサルメの足取りをさらに重く感じさせる。
何よりサルメの母親サローナは一際サラの母親であるサジェットに敵対心を向けていたため、第1世代と言われた中で最下位だったサルメは、そのことを母親のサローナに告げねばならないと思うと一層気が重くなった。
「サルメ」
声がして振りかえると、そこには笑みを浮かべたサローナが立っていた。
「おかえりなさい、サルメ。……嫌だあなた、その顔どうしたの? 酷く醜いわ。誰にやられたの? まさかあの女の――」
「違います」
「そう、じゃあ誰に――?」
「気になさらないでください。少ししくじってしまっただけです」
無惨な痛々しい顔でそう言って笑って見せたサルメは、内心これ以上詮索するなとサローナに訴えていた。
「そう、……まあ深くは聞かないでいてあげるわ。後で冷やしてらっしゃい」
サローナのその言葉に、サルメはほっと小さく息を吐くも、次にくるサローナの言葉に身を構えた。
「……ところであなた、1位通過は出来たの?」
「……お母様……」
「まさか、あの女の娘などに後れをとってはいないわよね?」
「……」
「サルメっ!」
「ごめんなさい、お母様」
サローナは溜め息を吐いてサルメを睨んだ。
「まったくあなたは――」
サローナは言葉を濁したが、彼女の目は、お前は何をやっても私をがっかりさせる……そう物語っていた。
「お母様。私、もうサラとは連むのはやめます」
「……そうね。その方がいいわね。貴女たちはいずれたった1つの座をかけて争うことになるのだから、余計な関係は避けるべきだわ……ようやく自覚したのね?」
「……違うのです、お母様……。私はサラを許せない。サラは……私の大切なものを壊してしまったのです。もう……取り返しがつきません」
たとえそれが自業自得の逆恨みであったとしても、サルメにはサラを許すことが出来なかった。いや、サルメはサラを許すわけにはいかなかった。サルメは起きてしまった最悪の事態をサラに責任転嫁し、彼女を許さないことによってユリアに拒絶されてしまった現実から無意識に自分の心を守っていたのだ。
ただ、頭に血が上ってしまっている今の彼女には、それを自覚することは出来なかった。
サルメから溢れ出す負の感情を感じとり、サローナはいつもと違う自分の娘の不気味さに軽く眉をひそめた。
「そ、そう。…………そういえば、あの坊やはどうだったの? ここのところやけに頑張っていたようだけれど……無事選択の儀を乗り越える事が出来たの?」
「……ユリアは無事通過しました」
「そう、よかったわね。いつかあなたの伴侶になるかもしれないのだから、今からあなたが支えて立派に育てあげるのですよ? 感謝の念を抱かせ、貴女無しではいられないように身魂を支配するのです」
サローナはサルメのユリアに対する淡い恋心に気付いていた。それ故に出た言葉ではあったが、状況が変わった今となっては状態も変わる。しかし、現状それを知る由もないサローナにサルメの心情を慮ることなど出来る訳もなく、サルメはサローナの言葉に俯いた。
最悪なこの状況でいったいどうしろというのだ。
気持ち悪い……そう嫌悪の眼差しで冷たく吐き捨てられたユリアの言葉が何度も何度もサルメの頭の中でこだまする。この状況からいったいどう抜け出せというのだろうか……サルメにはそれは途方もなく分厚い壁のように感じられ、抜けられぬ絶望という名の深い渦をただただ覗くだけのように思えた。
だがしかし、一瞬感情か抜け落ちたようにサルメは無表情になったものの、すぐさま顔を上げると彼女はサローナに笑顔を見せる。
「はい、お母様」
そう答えたサルメの瞳は酷く暗く濁っていた。
◆◆
後宮に戻ったサラの心は荒んでいた。
部屋中の目につく物を投げ散らかし、破壊してゆく。
もちろん止めに入った者も例外なく、その言葉の通り彼女は破壊していった。
息のある召し使い達はサラの気が収まるのをただ壁際で恐怖に震えながら蹲って耐えるほかなかった。
そんな中、不意にサジェットがお茶会を開いていたサロンから出て来た。
「あらやだ、随分騒がしいと思ったらあなたが荒れてたのね。まさか、しくじったの?」
荒れ果てた私室を目の前に、嘲る様にそう言ったサジェットをサラは睨み、苛立ちをそのままに彼女に怒鳴り散らした。
「うっさいっ! 見にもこなかったくせに! 呑気に茶会なんか開いてたくせに――」
「みっともない、ぎゃーぎゃー喚くな」
「っ!」
「私に当たらないでくれる? あなたが思うように事を運べなかったことはあなたの責任でしょう? いちいち癇癪を起さないでちょうだい」
感情をむき出しにした我が子を前に、サジェットは至って冷静に冷めた声音で返し、それによってサラが少し冷静さを取り戻すと、続けて彼女はサラを窘めた。
「ここにいるという事は結果に対する納得の有無は別として選択の儀は通過したという事よね。選択の儀を終えた今、あなたはもう子供じゃないのよ。いつまでも子供みたいに面倒かけないでほしいわ。――ちょっとそこのお前、目障りだから足元に転がってる者達の処理をなさい。……まったく、あなたが駄目にした分の召使いをまた買わなきゃならないじゃない」
サジェットに指名された召使いは腰が抜けてしまっていたのか、自身も這いずりながら既にこと切れた同役を引きずるように運んでゆく。その姿を目で追っているサジェットにサラはばつが悪そうにぼそっと呟いた。
「…………ユリアに負けました」
「はあ?」
「だからユリアに――!」
サジェットはサラの言葉を遮るように手をあげた。
「坊やのことは聞いていないわ。……それで?」
「勝ちました」
「そう、当然よね。あんなひ弱な女の子供ですもの…………。まあいいわ。それにしてもあの坊やに負けるなんて……私も随分あなたを買いかぶってしまっていたようね。で、あの坊やが1位に?」
サラは苦い顔をしてサジェットから顔を背けた。
「……1位は余所者でしたが、王候補を辞退しました。お父様に忠誠を誓ったそうです」
「まあ! 信者ね! さすがライアナ様だわ」
サジェットはうっとりとした表情を浮かべてライアナのことを思い、その場でクルクルと踊り出した。
サジェットはそのガタイの良さに反して思考回路は戦闘時を除いて常に乙女だった。
そしてふと、思い出したかのようにサラに振り返って言った。
「ああ、そうだわ。あなた血だらけよ。顔も少し腫れている様ね。返り血だけならまだしも、自らの血を流すなんて情けないったらありゃしない。……みっともないから早く外で流してらっしゃい」
「……はい、お母様」
サラはそんなサジェットを冷めた目で見ると中庭の水場へと向かった。
「サラ様、傷の手当てを――」
サジェットに付いていた召使いがサラを心配して歩み寄ると、ラサは軽く手をあげてそれを遮った。
「ありがとう。でも、かすり傷だから気にしなくていい。ここはいいからお母様の下へ……」
サラはそう言って少し微笑んで見せた。
召使いは顔を赤くして頭を下げると、小走りで奥へとさがっていった。
血に塗れた姿とはいえ、その少年とも少女とも言いきれぬ中性的なサラの姿は、他の者には輝いて見え、人をたらし込めるに足る魅力があった。サラ自身、そのことは自覚していて、今までも多少なりとも狡猾に利用してきた口だ。
「血なんて出てないじゃない」
1人水を浴び、髪をかき上げ、誰の血か判別がつかない返り血を全て洗い流すと、チリッと痛みが走るかすり傷を見つけてサラはそう呟いた。
その顔には、先程までの微笑みなど欠片も残っていなかった。
◆◆◆
夜が明けても件の子供達にはお咎めは無く、王は奴隷選抜にも顔を出さなかった。
シェルミーユのことに関して直情的になるライアナの不興を買えば、1日として猶予など存在しないのが常だ。それ故に日が過ぎれば過ぎるほど都合の良いように……お目溢しいただけたと考えたくもなるのが常人だろう。だがしかし、期待した後の絶望ほど打ちひしがれるものはない事を知っているジョアンナは、事情を知っているだけに待つだけの時にしびれを切らして、内情を探るために王宮の親衛隊の様子を探らせることにした。
「王様は王宮に戻られてから今日まで、王妃様と一緒に寝室に籠もられているようでございます」
「…………わかった、下がって良い」
そう報告があったのは選択の儀が済んでから2度目の朝を迎えたときだった。
(王妃が王を受け入れた…………これで極刑は免れる――――っ……)
ジョアンナは報告に来た者を下がらせると、その場でへたり込み、安堵の息を漏らして王宮に続く森の方へと視線を向けた。
「助かった……本当に助かった」
ジョアンナはシェルミーユに感謝の念を抱き、無意識に胸に手を合わせてその心打ちを吐露した。
母親に謹慎を命じられ自室に控えていたユリアは、その様子を見て白くなるほど強く己の拳を握り締めた。すると、儀式の最中にサラに殴られたところが再び熱を帯び、ユリアはただただ自分の無力さに俯き、唇を強く噛んだ。
そして己の出鼻を挫いたサラとサルメへの憎しみをユリアは一層募らせてゆくのだった。
3人の溝は少しも埋まる事は無く、既に取り返しのつかないところまで来てしまっていた。
この年、選択の儀を執り行った子供は5152名。
崖を登り切った者は638名、内、本土以外からの参加者20名。背負われた者は321名。崖から落ち負傷した者や尻込みした者等、奴隷ゆき3708名。新天地選択者、推定287名。死者、推定198名。王候補選定保留……と、記録される結果となった。
また、選択の儀の翌日に行われた奴隷選抜では、1位のオルバをはじめ、ユリア、サラ、サルメ等上位達成者達が皆、奴隷選抜権を放棄したため、次の順位の者に隷属希望の者が群がり、この年の奴隷選抜は通常とは違った異質な盛り上がりを見せたという。
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