王様と籠の鳥

長澤直流

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第5章

亡国の王女~末路~

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 斬首刑が決まったセゲイラは後宮自室にてその時を待っていた。
「文を書く、紙とペンを」
 セゲイラは今は無き祖国宛に文をしたためた。

 ―――――――――――――――――――――――――――
 ルーマン
 元気にしているかしら?
 私は元気にしていますわ。
 ハルディンの民はどう?
 私が輿入れして半年、皆寂しい思いをしているのではなくて?
 私はあなた方の太陽でしたものね。
 私は皆に愛されていた。
 そうでしょ?
 私を愛してくれた皆に今回はとても残念な知らせがあるの。

 訳あって生き長らえることが出来なくなってしまったわ。
 輿入れ前、貴方は私に散々忠告してくれたのに、
 こんなことになってしまってすまなかったと思っているわ。
 ただ、貴方にはお願いがあるのよ。

 これからもハルディンをよろしくお願いしますわ。
 どうかお元気で。
                       セゲイラ
 ―――――――――――――――――――――――――――

 淡々とした文面ながら、最後の方の文字は少し揺れてしまっていた。
 セゲイラは固く拳を握りしめる。
(泣くまい、……泣いて堪るかっ)
 元王族だった彼女には屈辱的なことこの上ないが、これから彼女は処刑される。
(泣いてはならん、私はハルディン王国の王女なのだから……!)
 セゲイラは自分が井の中の蛙であったことにようやく気が付いた。ここにはたった1人の味方もいない。セゲイラは押し寄せる恐怖と孤独に今にも泣きだしたい衝動に駆られたが、他人に弱みを見せることなど彼女の自尊心が許さなかった。

「セゲイラ様、お時間でございます」
 使用人の声が無機質に聞こえる。セゲイラは下唇を噛んで立ち上がった。
「これをハルディンのルーマンへ」
 使用人は黙って手紙を受け取った。
 セゲイラが回廊に出ると何人かの側室達がこちらを見て囁き合っていた。
 セゲイラには、側室達が自分をあざけているように見えた。いつもの彼女ならば食って掛かっただろうが、今の彼女にはそんな気力はなかった。

「セゲイラ様っ」
 名前を呼ばれ、セゲイラがはっとして顔をあげると、そこにはアシールとジョアンナがいた。
 アシールは涙目でセゲイラを見つめている。
「アシール様……」
(私の死を嘆いてくださるのですか……? 私のために泣いてくださるのですか?)
 セゲイラの頬には、いつのまにか熱いものが伝い、それに気付いた彼女は言葉を失った。
(ああ、私は泣いてしまったのですね。人前で涙を流すとは情けない……しかし――)
 セゲイラは冷え切った胸にじんわりと広がる温かさを感じた。
(なぜこんなにも嬉しく思えるのか……。せめて最後は私らしく堂々と――)
 セゲイラは涙をぬぐい毅然としてアシールに微笑んだ。
「アシール様、ごきげんよう」
 セゲイラはジョアンナの方を見ると真面目な顔をして膝をおり挨拶をした。
 ジョアンナもそれに応じ、無言で挨拶をする。
 セゲイラは迷いの晴れた顔をしていた。
「私は一足先に黄泉の世界へ旅立ちますわ。遠い未来でまたお会いいたしましょう」
 セゲイラは笑みを浮かべて回廊を闊歩する。
「セゲイラ様……」
 べそをかくアシールの肩にジョアンナは手を置き、なだめながら優しく言う。
「アシール様、貴女は善い行いをしたわ。貴女のおかげで彼女はとても救われたはずよ」
「ジョアンナ様……」
 アシールの瞳から大粒の涙が溢れた。

 その後速やかに刑は執行され、セゲイラの斬りおとされた首は胴体と共に棺に入れられ、彼女の遺体はハルディン領に送還された。その首は苦痛や恐怖によって歪むことはなく、美しいまま崩れることはなかった。
 それはセゲイラの最後のプライドのようであった。






 ハルディン領の謁見室でセゲイラからの手紙と遺体を同時に受けとることになったルーマンは、遺体の入った棺の前で膝をおった。

「だから言ったのに……バカな女だ。お前のせいでこっちまで地獄行きだ」
 そう呟き、棺を開け、セゲイラの白くなった首を持ち上げる。
「こんな勝手な手紙をよこして……お願いされたところで叶えられる訳がないだろう」
 セゲイラがハルディン領に無言の帰還を果たした時、彼もすでに死刑を言い渡されていた。
「死して尚、傲慢さがにじみ出ているか、……しかし本当に器量だけは良い、それ以外は最悪の王女だったが……美しいお前のためなら殉死も悪くないか」
 ルーマンはそう言って笑ったが、その瞳には微かに光るものが滲んでいた。
 部屋の外が何やら騒がしくなってきて扉が勢いよく開く。
「ルーマン、断罪の時だ。こちらへ――」
 ルーマンはセゲイラの首を元の位置に戻すと、抵抗することなく兵士達に連れられて処刑場へと向かった。
「良い夢見させてもらったよ、あっという間だったがな」
 ルーマンはそう言って笑い、民衆に見守られながら死刑台へと上がっていった。
 彼もまた斬首刑であったが、その顔に恐怖の色はなく、野心に燃え尽きた清々しい顔をしていた。
 この後、正統な後継者を失ったハルディンの元王族は、時と共に衰退していくこととなる。

 こうして彼らの野望は潰えた。

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