32 / 52
第5章
亡国の王女~王妃の懺悔~
しおりを挟む
セゲイラの刑が執行された翌日、クリスチーネが王宮に訪れると、シェルミーユは物憂げに中庭に佇んでいた。
「おはようございます、シェルミーユ様」
「おはよう、クリス」
シェルミーユはそう言って微笑んだ後、1輪の花に視線を下ろし、クリスチーネに語り始めた。
「……クリス、昔ここに1人の女が訪ねて来て、王宮に入ろうとしたことがあってね。門番が対応していたのだが、私はつい好奇心から女の声に反応し、その女と言葉を交わしてしまったんだ」
「……」
クリスチーネはシェルミーユのお世話役を担う前に聞かされていた話の1つを思い出した。
それはライアナが側室を娶る様になってまだ間もない頃、許可なく王宮に足を踏み入れようとした1人の側室が、シェルミーユと扉越しに接触してしまったという話だった。
「姿を見たわけではなく、ただ一言二言、言葉を交わして……。その女との会話は…………会話といっていいものかわからない程度だったが……私は久しぶりに聞いた異性の声に、外の世界との繋がりを感じて嬉しくて……それによって起こりうる悲劇を失念してしまっていたんだ。……そしてそこにライアナが帰ってきてしまった」
その側室は激高したライアナによって断罪され、最終的に獣刑に処された。この話の1番の問題点は断罪された側室とシェルミーユが扉越しとはいえ接触を持ってしまったということだった。単なる噂と目前の惨劇は全くの別物だ。その側室の存在の認識は、聴覚から伝わる全てに現実味を纏わせ、シェルミーユの心に重く圧し掛かる結果となってしまった。
シェルミーユは目を伏せ、当時の事を思い出す。
「女の悲鳴、永遠に続くかのような骨肉を砕く鈍い音と次第に増す水音、扉越し故に直接私の目に映らないだけで、その惨劇の凄絶さは私の頭の中で膨らんでいった。……なんとかライアナを呼び止め王宮に引き入れたが、私が見た彼の姿は血まみれだった。……あぁ、女の命が助かることはもうないのだろう、せめて安らかなる最後をとそう思った私は2人を引き剥がしたのだが…………。後日、女は野犬の谷に捨てられたのだと聞いた」
けして誰かがシェルミーユに知らせた訳ではない、ただそう壁の向こう、扉の向こうから聞こえたのだろう。
女は生きたまま喰われたのか、それともすでに息絶えていたのか……シェルミーユにはわからない。
「私のことで――、私の与り知らぬところでも似たようなことが起こっているのだろう? その女は側室だった。此度も側室だったのであろう?」
「シェルミーユ様……」
血を吐くような掠れた声を出したシェルミーユにクリスチーネは言葉を失った。
事実、側室に限らずシェルミーユ絡みによって処されたものは数知れずだった。極力彼の耳に入らぬよう気遣われてきたが、人の口には戸が立てられず、時には漏れ聞こえてしまうことがあってしまうというのが実情だった。
「…………お前がライアナに知らせたのか?」
クリスチーネは心臓を鷲掴みされたような気がした。
シェルミーユの声音はとても静かで、その言葉に隠された感情が怒りなのか悲しみなのか絶望なのか……、クリスチーネには読み取ることが出来なかった。
クリスチーネは動揺を気付かれないように一呼吸置いた後、心を落ち着かせて口を開く。
「……はい、申し訳ございません。私はシェルミーユ様の御方であると同時に、ライアナ様の御方でもあるのです」
「自身が処せられるとは思わなかったのか?」
シェルミーユがクリスチーネをまっすぐ見つめて問いかけると、彼女は目をそらすことなく答える。
「例えそれによって自身が処せられようと、保身のためにライアナ様に黙っていることは出来ません」
クリスチーネはシェルミーユに微笑んでみせた。
「……クリス、お前が手を下したのか?」
彼女は微笑みを崩さず、無言の瞬きで返事をした。
シェルミーユは再び1輪の花に視線を流した。
「すまない、お前には感謝せねばならん。女の遺体は綺麗な姿で故郷へと送還されたと聞いた。……お前のおかげであの女は惨たらしい死を迎えなくともすんだ」
「お気になさらないで下さい。私に出来ることであれば何なりとおっしゃってくださいませ、出来る限りのことはさせて頂く所存でございます。ですから――」
クリスチーネは労わるようにシェルミーユを見つめ、言葉を続ける。
「ですからシェルミーユ様、御自身をお責めになられないで下さいませ」
彼女はそう言って頭を下げた。
シェルミーユはクリスチーネを苦しそうな顔で見つめながらも、彼女のその心配りに報いようと口端だけは小さく微笑みをつくろうと努力した。
「…………ありがとう」
それは不器用な微笑みではあったが、クリスチーネはその微笑みに微笑みを返した。
「おはようございます、シェルミーユ様」
「おはよう、クリス」
シェルミーユはそう言って微笑んだ後、1輪の花に視線を下ろし、クリスチーネに語り始めた。
「……クリス、昔ここに1人の女が訪ねて来て、王宮に入ろうとしたことがあってね。門番が対応していたのだが、私はつい好奇心から女の声に反応し、その女と言葉を交わしてしまったんだ」
「……」
クリスチーネはシェルミーユのお世話役を担う前に聞かされていた話の1つを思い出した。
それはライアナが側室を娶る様になってまだ間もない頃、許可なく王宮に足を踏み入れようとした1人の側室が、シェルミーユと扉越しに接触してしまったという話だった。
「姿を見たわけではなく、ただ一言二言、言葉を交わして……。その女との会話は…………会話といっていいものかわからない程度だったが……私は久しぶりに聞いた異性の声に、外の世界との繋がりを感じて嬉しくて……それによって起こりうる悲劇を失念してしまっていたんだ。……そしてそこにライアナが帰ってきてしまった」
その側室は激高したライアナによって断罪され、最終的に獣刑に処された。この話の1番の問題点は断罪された側室とシェルミーユが扉越しとはいえ接触を持ってしまったということだった。単なる噂と目前の惨劇は全くの別物だ。その側室の存在の認識は、聴覚から伝わる全てに現実味を纏わせ、シェルミーユの心に重く圧し掛かる結果となってしまった。
シェルミーユは目を伏せ、当時の事を思い出す。
「女の悲鳴、永遠に続くかのような骨肉を砕く鈍い音と次第に増す水音、扉越し故に直接私の目に映らないだけで、その惨劇の凄絶さは私の頭の中で膨らんでいった。……なんとかライアナを呼び止め王宮に引き入れたが、私が見た彼の姿は血まみれだった。……あぁ、女の命が助かることはもうないのだろう、せめて安らかなる最後をとそう思った私は2人を引き剥がしたのだが…………。後日、女は野犬の谷に捨てられたのだと聞いた」
けして誰かがシェルミーユに知らせた訳ではない、ただそう壁の向こう、扉の向こうから聞こえたのだろう。
女は生きたまま喰われたのか、それともすでに息絶えていたのか……シェルミーユにはわからない。
「私のことで――、私の与り知らぬところでも似たようなことが起こっているのだろう? その女は側室だった。此度も側室だったのであろう?」
「シェルミーユ様……」
血を吐くような掠れた声を出したシェルミーユにクリスチーネは言葉を失った。
事実、側室に限らずシェルミーユ絡みによって処されたものは数知れずだった。極力彼の耳に入らぬよう気遣われてきたが、人の口には戸が立てられず、時には漏れ聞こえてしまうことがあってしまうというのが実情だった。
「…………お前がライアナに知らせたのか?」
クリスチーネは心臓を鷲掴みされたような気がした。
シェルミーユの声音はとても静かで、その言葉に隠された感情が怒りなのか悲しみなのか絶望なのか……、クリスチーネには読み取ることが出来なかった。
クリスチーネは動揺を気付かれないように一呼吸置いた後、心を落ち着かせて口を開く。
「……はい、申し訳ございません。私はシェルミーユ様の御方であると同時に、ライアナ様の御方でもあるのです」
「自身が処せられるとは思わなかったのか?」
シェルミーユがクリスチーネをまっすぐ見つめて問いかけると、彼女は目をそらすことなく答える。
「例えそれによって自身が処せられようと、保身のためにライアナ様に黙っていることは出来ません」
クリスチーネはシェルミーユに微笑んでみせた。
「……クリス、お前が手を下したのか?」
彼女は微笑みを崩さず、無言の瞬きで返事をした。
シェルミーユは再び1輪の花に視線を流した。
「すまない、お前には感謝せねばならん。女の遺体は綺麗な姿で故郷へと送還されたと聞いた。……お前のおかげであの女は惨たらしい死を迎えなくともすんだ」
「お気になさらないで下さい。私に出来ることであれば何なりとおっしゃってくださいませ、出来る限りのことはさせて頂く所存でございます。ですから――」
クリスチーネは労わるようにシェルミーユを見つめ、言葉を続ける。
「ですからシェルミーユ様、御自身をお責めになられないで下さいませ」
彼女はそう言って頭を下げた。
シェルミーユはクリスチーネを苦しそうな顔で見つめながらも、彼女のその心配りに報いようと口端だけは小さく微笑みをつくろうと努力した。
「…………ありがとう」
それは不器用な微笑みではあったが、クリスチーネはその微笑みに微笑みを返した。
22
お気に入りに追加
1,149
あなたにおすすめの小説
秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~
めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆
―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。―
モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。
だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。
そう、あの「秘密」が表に出るまでは。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
執着攻めと平凡受けの短編集
松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。
疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。
基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)
(完結)貴方から解放してくださいー私はもう疲れました(全4話)
青空一夏
恋愛
私はローワン伯爵家の一人娘クララ。私には大好きな男性がいるの。それはイーサン・ドミニク。侯爵家の子息である彼と私は相思相愛だと信じていた。
だって、私のお誕生日には私の瞳色のジャボ(今のネクタイのようなもの)をして参加してくれて、別れ際にキスまでしてくれたから。
けれど、翌日「僕の手紙を君の親友ダーシィに渡してくれないか?」と、唐突に言われた。意味がわからない。愛されていると信じていたからだ。
「なぜですか?」
「うん、実のところ私が本当に愛しているのはダーシィなんだ」
イーサン様は私の心をかき乱す。なぜ、私はこれほどにふりまわすの?
これは大好きな男性に心をかき乱された女性が悩んで・・・・・・結果、幸せになったお話しです。(元さやではない)
因果応報的ざまぁ。主人公がなにかを仕掛けるわけではありません。中世ヨーロッパ風世界で、現代的表現や機器がでてくるかもしれない異世界のお話しです。ご都合主義です。タグ修正、追加の可能性あり。
生まれ変わりは嫌われ者
青ムギ
BL
無数の矢が俺の体に突き刺さる。
「ケイラ…っ!!」
王子(グレン)の悲痛な声に胸が痛む。口から大量の血が噴きその場に倒れ込む。意識が朦朧とする中、王子に最後の別れを告げる。
「グレン……。愛してる。」
「あぁ。俺も愛してるケイラ。」
壊れ物を大切に包み込むような動作のキス。
━━━━━━━━━━━━━━━
あの時のグレン王子はとても優しく、名前を持たなかった俺にかっこいい名前をつけてくれた。いっぱい話しをしてくれた。一緒に寝たりもした。
なのにー、
運命というのは時に残酷なものだ。
俺は王子を……グレンを愛しているのに、貴方は俺を嫌い他の人を見ている。
一途に慕い続けてきたこの気持ちは諦めきれない。
★表紙のイラストは、Picrew様の[見上げる男子]ぐんま様からお借りしました。ありがとうございます!

皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる