王様と籠の鳥

長澤直流

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第5章

亡国の王女~王妃の懺悔~

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 セゲイラの刑が執行された翌日、クリスチーネが王宮に訪れると、シェルミーユは物憂げに中庭に佇んでいた。
「おはようございます、シェルミーユ様」
「おはよう、クリス」
 シェルミーユはそう言って微笑んだ後、1輪の花に視線を下ろし、クリスチーネに語り始めた。
「……クリス、昔ここに1人の女が訪ねて来て、王宮に入ろうとしたことがあってね。門番が対応していたのだが、私はつい好奇心から女の声に反応し、その女と言葉を交わしてしまったんだ」
「……」
 クリスチーネはシェルミーユのお世話役を担う前に聞かされていた話の1つを思い出した。
 それはライアナが側室を娶る様になってまだ間もない頃、許可なく王宮に足を踏み入れようとした1人の側室が、シェルミーユと扉越しに接触してしまったという話だった。
「姿を見たわけではなく、ただ一言二言、言葉を交わして……。その女との会話は…………会話といっていいものかわからない程度だったが……私は久しぶりに聞いた異性の声に、外の世界との繋がりを感じて嬉しくて……それによって起こりうる悲劇を失念してしまっていたんだ。……そしてそこにライアナが帰ってきてしまった」
 その側室は激高したライアナによって断罪され、最終的に獣刑に処された。この話の1番の問題点は断罪された側室とシェルミーユが扉越しとはいえ接触を持ってしまったということだった。単なる噂と目前の惨劇は全くの別物だ。その側室の存在の認識は、聴覚から伝わる全てに現実味を纏わせ、シェルミーユの心に重く圧し掛かる結果となってしまった。
 シェルミーユは目を伏せ、当時の事を思い出す。
「女の悲鳴、永遠に続くかのような骨肉を砕く鈍い音と次第に増す水音、扉越し故に直接私の目に映らないだけで、その惨劇の凄絶さは私の頭の中で膨らんでいった。……なんとかライアナを呼び止め王宮に引き入れたが、私が見た彼の姿は血まみれだった。……あぁ、女の命が助かることはもうないのだろう、せめて安らかなる最後をとそう思った私は2人を引き剥がしたのだが…………。後日、女は野犬の谷に捨てられたのだと聞いた」
 けして誰かがシェルミーユに知らせた訳ではない、ただそう壁の向こう、扉の向こうから聞こえたのだろう。
 女は生きたまま喰われたのか、それともすでに息絶えていたのか……シェルミーユにはわからない。
「私のことで――、私の与り知らぬところでも似たようなことが起こっているのだろう? その女は側室だった。此度も側室だったのであろう?」
「シェルミーユ様……」
 血を吐くような掠れた声を出したシェルミーユにクリスチーネは言葉を失った。
 事実、側室に限らずシェルミーユ絡みによって処されたものは数知れずだった。極力彼の耳に入らぬよう気遣われてきたが、人の口には戸が立てられず、時には漏れ聞こえてしまうことがあってしまうというのが実情だった。
「…………お前がライアナに知らせたのか?」
 クリスチーネは心臓を鷲掴みされたような気がした。
 シェルミーユの声音はとても静かで、その言葉に隠された感情が怒りなのか悲しみなのか絶望なのか……、クリスチーネには読み取ることが出来なかった。
 クリスチーネは動揺を気付かれないように一呼吸置いた後、心を落ち着かせて口を開く。
「……はい、申し訳ございません。私はシェルミーユ様の御方みかたであると同時に、ライアナ様の御方みかたでもあるのです」
「自身が処せられるとは思わなかったのか?」
 シェルミーユがクリスチーネをまっすぐ見つめて問いかけると、彼女は目をそらすことなく答える。
「例えそれによって自身が処せられようと、保身のためにライアナ様に黙っていることは出来ません」
 クリスチーネはシェルミーユに微笑んでみせた。
「……クリス、お前が手を下したのか?」
 彼女は微笑みを崩さず、無言の瞬きで返事をした。
 シェルミーユは再び1輪の花に視線を流した。
「すまない、お前には感謝せねばならん。女の遺体は綺麗な姿で故郷へと送還されたと聞いた。……お前のおかげであの女は惨たらしい死を迎えなくともすんだ」
「お気になさらないで下さい。私に出来ることであれば何なりとおっしゃってくださいませ、出来る限りのことはさせて頂く所存でございます。ですから――」
 クリスチーネは労わるようにシェルミーユを見つめ、言葉を続ける。
「ですからシェルミーユ様、御自身をお責めになられないで下さいませ」
 彼女はそう言って頭を下げた。
 シェルミーユはクリスチーネを苦しそうな顔で見つめながらも、彼女のその心配りに報いようと口端だけは小さく微笑みをつくろうと努力した。
「…………ありがとう」
 それは不器用な微笑みではあったが、クリスチーネはその微笑みに微笑みを返した。
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