王様と籠の鳥

長澤直流

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第5章

亡国の王女~王妃の慈悲と誤算~

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 クリスチーネが王宮へ再び赴くと、シェルミーユはただポツンと中庭に立っていた。
「シェルミーユ様」
 クリスチーネが声を掛けると、シェルミーユは静かに彼女に問う。
「……あの女は――?」
 お前が手をくだしたのか……、そうシェルミーユに問われているようにクリスチーネは感じた。
「……今のところはまだ処罰しておりません。沙汰がおりるまで自室にて謹慎するよう申し付けました」
「――そうか」
 クリスチーネの言葉を聞いて、シェルミーユはどこかホッとしたような顔を彼女に向けた。
「……あのお方は罪を犯されました」
「罪……?」
「申し訳ございませんが、罪状はお伝えする訳にはまいりません。されど、けしてシェルミーユ様の落ち度ではございません故、ご安心くださいませ」
「……そうか」
 シェルミーユは少し泣きそうな顔で微笑んだ。
「私は許す」
「!」
「もし、先程の女の罪が私に対する不敬罪であるのならば……私は許す。……無罪には出来ないのだろうが、大目に見ておあげ」
 シェルミーユはクリスチーネの目をまっすぐに見つめて言った。
 その瞳にクリスチーネは息をのむ。
「シェルミーユ様、貴方様は――」
 クリスチーネは開きかけた口をハッとして閉ざす。

 ――どこからお聞きになっていたのですか?――

 この問いを口にしてしまっては彼の思惑を肯定してしまうことになる。
「……貴方様は、お優しすぎます」
 肯定する訳でも無く否定する訳でも無く、そう言ってクリスチーネはシェルミーユに微笑んで見せた。
 2人は半時ほど中庭でまどろみ、穏やかな時を過ごした。そしてシェルミーユは家に帰るクリスチーネを笑顔で見送り、小さくなってゆく彼女の背中に呟いた。

「私は優しくなどないよ。……もっとも冷たく、残酷な人間だ」

 その小さな呟きは風にかき消され誰のもとにも届きはしなかった。
 クリスチーネが帰った後もシェルミーユは1人中庭で思い耽る。

(国民から最強の王と畏敬され、求められる存在であるライアナに、唯一と乞われながら……私はライアナを否定し続けてきた。ライアナの私に対する執着は恐らくこれからも変わることはない、いつか飽きてくれればなんて、そんな都合のいいことをどんなに願ったところで叶いはしないのだ)
 シェルミーユはこの長い軟禁生活の中で、自分に向けられるライアナの絶えることのない愛情に諦めを抱いていた。
を知っていながらも己のちっぽけな自尊心のために彼を否定し続けてきた……。それによってもたらされる悲劇に対して私は何の力も持たないというのに――)
 シェルミーユは目を伏せた。
 今までどれほどの者が被害者となってきたのか、彼には想像もつかない。
(事情を知らぬ者からなんと言われようと致し方ないことだ。彼女らからしたら私など……。いっそ私が子を孕むことのできる体であったのなら、相互諦めようもあるものを――)
 シェルミーユは誰に向けるでも無く、色の無い小さな微笑みを口端に浮かべた。
(ライアナの子が欲しいとは言わん、男である私が子を生せぬのは言うまでもないことだ。国母になりたい訳でもない。ただ今のままでは私は――……)

『王妃がどれ程のものか! いくら御寵愛を受けようと所詮子を産めぬ身、王宮から一歩も出られぬただの籠の鳥ではないか!』

(王宮から一歩も出られぬただの籠の鳥……)
 シェルミーユには先程の側室とクリスチーネとのやり取りの大半が聞こえていた。
 王宮前の廊下の声などは扉を閉じていても、扉の付近にいれば思いの外筒抜けなのだ。扉の前で大声でも張り上げようものならば、最奥の部屋にいても小さな音として聞き取れるほどだ。
 これは王宮内で何かあった時に、門番がすぐに対応出来るようにと設計されたものだったが、逆もまたしかりだった。
 クリスチーネが側室を独断で処罰しようとした時、シェルミーユはとっさに扉を開け、偶然を装った。例えそれで彼女達が罪に問われても、ライアナに知られなければあやふやに出来るだろうし、自分に対する罪だけならば罪に問われている女の刑を軽減することも出来る……そう考えたからだ。
 ライアナに知られさえしなければ……シェルミーユはそう思っていた。


 しかし、クリスチーネはライアナの忠実なる僕、例えそれによって自身が刑に処せられようと君主に報告しないことなどあり得ないことにシェルミーユは気づかなかった。
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