王様と籠の鳥

長澤直流

文字の大きさ
上 下
28 / 52
第5章

亡国の王女~王妃の慈悲と誤算~

しおりを挟む
 クリスチーネが王宮へ再び赴くと、シェルミーユはただポツンと中庭に立っていた。
「シェルミーユ様」
 クリスチーネが声を掛けると、シェルミーユは静かに彼女に問う。
「……あの女は――?」
 お前が手をくだしたのか……、そうシェルミーユに問われているようにクリスチーネは感じた。
「……今のところはまだ処罰しておりません。沙汰がおりるまで自室にて謹慎するよう申し付けました」
「――そうか」
 クリスチーネの言葉を聞いて、シェルミーユはどこかホッとしたような顔を彼女に向けた。
「……あのお方は罪を犯されました」
「罪……?」
「申し訳ございませんが、罪状はお伝えする訳にはまいりません。されど、けしてシェルミーユ様の落ち度ではございません故、ご安心くださいませ」
「……そうか」
 シェルミーユは少し泣きそうな顔で微笑んだ。
「私は許す」
「!」
「もし、先程の女の罪が私に対する不敬罪であるのならば……私は許す。……無罪には出来ないのだろうが、大目に見ておあげ」
 シェルミーユはクリスチーネの目をまっすぐに見つめて言った。
 その瞳にクリスチーネは息をのむ。
「シェルミーユ様、貴方様は――」
 クリスチーネは開きかけた口をハッとして閉ざす。

 ――どこからお聞きになっていたのですか?――

 この問いを口にしてしまっては彼の思惑を肯定してしまうことになる。
「……貴方様は、お優しすぎます」
 肯定する訳でも無く否定する訳でも無く、そう言ってクリスチーネはシェルミーユに微笑んで見せた。
 2人は半時ほど中庭でまどろみ、穏やかな時を過ごした。そしてシェルミーユは家に帰るクリスチーネを笑顔で見送り、小さくなってゆく彼女の背中に呟いた。

「私は優しくなどないよ。……もっとも冷たく、残酷な人間だ」

 その小さな呟きは風にかき消され誰のもとにも届きはしなかった。
 クリスチーネが帰った後もシェルミーユは1人中庭で思い耽る。

(国民から最強の王と畏敬され、求められる存在であるライアナに、唯一と乞われながら……私はライアナを否定し続けてきた。ライアナの私に対する執着は恐らくこれからも変わることはない、いつか飽きてくれればなんて、そんな都合のいいことをどんなに願ったところで叶いはしないのだ)
 シェルミーユはこの長い軟禁生活の中で、自分に向けられるライアナの絶えることのない愛情に諦めを抱いていた。
を知っていながらも己のちっぽけな自尊心のために彼を否定し続けてきた……。それによってもたらされる悲劇に対して私は何の力も持たないというのに――)
 シェルミーユは目を伏せた。
 今までどれほどの者が被害者となってきたのか、彼には想像もつかない。
(事情を知らぬ者からなんと言われようと致し方ないことだ。彼女らからしたら私など……。いっそ私が子を孕むことのできる体であったのなら、相互諦めようもあるものを――)
 シェルミーユは誰に向けるでも無く、色の無い小さな微笑みを口端に浮かべた。
(ライアナの子が欲しいとは言わん、男である私が子を生せぬのは言うまでもないことだ。国母になりたい訳でもない。ただ今のままでは私は――……)

『王妃がどれ程のものか! いくら御寵愛を受けようと所詮子を産めぬ身、王宮から一歩も出られぬただの籠の鳥ではないか!』

(王宮から一歩も出られぬただの籠の鳥……)
 シェルミーユには先程の側室とクリスチーネとのやり取りの大半が聞こえていた。
 王宮前の廊下の声などは扉を閉じていても、扉の付近にいれば思いの外筒抜けなのだ。扉の前で大声でも張り上げようものならば、最奥の部屋にいても小さな音として聞き取れるほどだ。
 これは王宮内で何かあった時に、門番がすぐに対応出来るようにと設計されたものだったが、逆もまたしかりだった。
 クリスチーネが側室を独断で処罰しようとした時、シェルミーユはとっさに扉を開け、偶然を装った。例えそれで彼女達が罪に問われても、ライアナに知られなければあやふやに出来るだろうし、自分に対する罪だけならば罪に問われている女の刑を軽減することも出来る……そう考えたからだ。
 ライアナに知られさえしなければ……シェルミーユはそう思っていた。


 しかし、クリスチーネはライアナの忠実なる僕、例えそれによって自身が刑に処せられようと君主に報告しないことなどあり得ないことにシェルミーユは気づかなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~

めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆ ―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。― モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。 だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。 そう、あの「秘密」が表に出るまでは。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

執着攻めと平凡受けの短編集

松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。 疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。 基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)

(完結)貴方から解放してくださいー私はもう疲れました(全4話)

青空一夏
恋愛
私はローワン伯爵家の一人娘クララ。私には大好きな男性がいるの。それはイーサン・ドミニク。侯爵家の子息である彼と私は相思相愛だと信じていた。 だって、私のお誕生日には私の瞳色のジャボ(今のネクタイのようなもの)をして参加してくれて、別れ際にキスまでしてくれたから。 けれど、翌日「僕の手紙を君の親友ダーシィに渡してくれないか?」と、唐突に言われた。意味がわからない。愛されていると信じていたからだ。 「なぜですか?」 「うん、実のところ私が本当に愛しているのはダーシィなんだ」 イーサン様は私の心をかき乱す。なぜ、私はこれほどにふりまわすの? これは大好きな男性に心をかき乱された女性が悩んで・・・・・・結果、幸せになったお話しです。(元さやではない) 因果応報的ざまぁ。主人公がなにかを仕掛けるわけではありません。中世ヨーロッパ風世界で、現代的表現や機器がでてくるかもしれない異世界のお話しです。ご都合主義です。タグ修正、追加の可能性あり。

生まれ変わりは嫌われ者

青ムギ
BL
無数の矢が俺の体に突き刺さる。 「ケイラ…っ!!」 王子(グレン)の悲痛な声に胸が痛む。口から大量の血が噴きその場に倒れ込む。意識が朦朧とする中、王子に最後の別れを告げる。 「グレン……。愛してる。」 「あぁ。俺も愛してるケイラ。」 壊れ物を大切に包み込むような動作のキス。 ━━━━━━━━━━━━━━━ あの時のグレン王子はとても優しく、名前を持たなかった俺にかっこいい名前をつけてくれた。いっぱい話しをしてくれた。一緒に寝たりもした。 なのにー、 運命というのは時に残酷なものだ。 俺は王子を……グレンを愛しているのに、貴方は俺を嫌い他の人を見ている。 一途に慕い続けてきたこの気持ちは諦めきれない。 ★表紙のイラストは、Picrew様の[見上げる男子]ぐんま様からお借りしました。ありがとうございます!

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

諦めようとした話。

みつば
BL
もう限界だった。僕がどうしても君に与えられない幸せに目を背けているのは。 どうか幸せになって 溺愛攻め(微執着)×ネガティブ受け(めんどくさい)

別れの夜に

大島Q太
BL
不義理な恋人を待つことに疲れた青年が、その恋人との別れを決意する。しかし、その別れは思わぬ方向へ。

処理中です...