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第5章
亡国の王女~束の間の邂逅~
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セゲイラが輿入れしてから半年、結局ライアナが彼女と顔を合わすことも、彼女の閨を訪れることもなかった。
その結果、思い通りにいかない苛立ちと元々の気性も助力し、セゲイラはとうとうその矛先を王妃に向けてしまう。
『王妃がどれ程のものか! いくら御寵愛を受けようと所詮子を産めぬ身、王宮から一歩も出られぬただの籠の鳥ではないか!』
セゲイラは自分の発した言葉を反芻する。
吐いてしまった暴言の取り返しはつかない。
遠くで懐かしい幻聴が聞こえた気がした。
『セゲイラ様、お輿入れにいたって重要事項です。……現クリムゾン王国の王、ライアナ様には唯一無二の王妃様がいらっしゃいます。その御方に関わるすべてのことが死に直結いたしますのでお気をつけください』
(死に直結――)
その場が殺伐と冷える中、セゲイラは逃げ腰になる体を奮い立たせ、胸を張る。
「私はハルディン王国の王女、セゲイラ! 逃げも隠れもしませんわ!」
流石のクリスチーネもその虚勢に目を見張った。
しかし、王妃に対する暴言は許されるものではない。
「元、でございましょう……ハルディン王国はすでに国ではなくなっており、クリムゾン王国の一領土に他なりません」
セゲイラは唇を噛み締めた。
クリスチーネがまさに粛清体制に入ろうとした時、王宮の扉が少しだけ開いた。
「クリス……」
透き通るような心地よい声。
しかしそれと同時に感じる恐怖は王宮で仕える者にはお馴染みのもので、その場は静寂に包まれた。
「クリス……まだそこに居られるのか? もう少し共に――」
白魚のような腕を伸ばしシェルミーユは扉の向こうをのぞく。
その微笑みは淡い色の花弁がほころぶように儚く輝いていたが、クリスチーネが対人していることに気づくとシェルミーユは慌てて扉の奥に隠れた。
「……すまない……取り込み中であったか……」
一瞬、本の一瞬であったがセゲイラはシェルミーユの声を聞き、姿を見た。見てしまった。
「今……のは……」
セゲイラは目を見開いた。自分は夢でも見ているのだろうか…………その衝撃はセゲイラの声をかすれさせ、指を震わせた。
(まさか、違う。そんなはずはない。見間違いに違いない……、あれは人と定義するにはおこがましいーーっ)
指先が冷たくなってゆく、セゲイラは全身の血の気が引いていくのを感じた。
「すぐに参ります故、そのままお部屋でお待ちくださいませ――」
クリスチーネが王宮の扉に話しかけた。
セゲイラの目がクリスチーネを凝視する。
(やめろ)
セゲイラの額を冷たい汗が伝っていく。
(いうな、今すぐその口を噤め!)
「王妃様」
セゲイラの願いも虚しく、クリスチーネはその称号を口にする。
セゲイラは頭が真っ白になりその場にへたり込んだ。
身も心もポッキリと折れてしまったのだ。
(あれにどう対抗しろというのだ……)
クリスチーネは力無く肩を落とすセゲイラを憐れに思いながらも冷えきった目で見つめた。
「私は王妃様の下へ行かねばなりません、貴女様は追って沙汰を待つように……」
クリスチーネはセゲイラをシェルミーユに見られてしまったため、彼女をこの場で処罰する訳にはいかなくなってしまった。もし彼女が悲鳴でもあげようものならば、シェルミーユは王宮を出てきてしまうかもしれない。例え出てこなかったとしても、シェルミーユは自分の不注意で姿を、声を曝してしまったが故に彼女が処罰されたと思い、負い目を感じてしまうかもしれない。
声を聞き、言葉を2、3交わしたというだけでライアナが側室を罰した前例があるだけに、彼女はシェルミーユの心の重圧を安易に考える訳にはいかなかった。
クリスチーネはシェルミーユにとっての癒し、安らぎでなくてはならないのだ。
扉の向こうにいるシェルミーユは、セゲイラが自分を貶したことも知らずに彼女の安否を思い、不安を感じているのかもしれないと思うとクリスチーネはやるせなくなった。
クリスチーネはグッと奥歯を噛み締め、セゲイラを見据えて静かに言った。
「今すぐ、後宮自室にて謹慎めされよ」
セゲイラは朧気な頭でクリスチーネの宣告を聞き、おぼつかない足取りで自室に戻っていった。
(あれが王妃ならば夢もへったくれもない、勝ち目なぞ皆無――)
『王妃様はもとよりご側室様方とは別次元の御方、お察し下さいませ』
セゲイラはクリスチーネの言ったことを思い出し、その言葉の意味を理解した。
そして自虐的な笑みを浮かべる。
(……確かに、あれは人という次元ではない)
セゲイラが後宮へと立ち去るのを確認すると、クリスチーネはシェルミーユの待つ王宮へと急いだ。
その結果、思い通りにいかない苛立ちと元々の気性も助力し、セゲイラはとうとうその矛先を王妃に向けてしまう。
『王妃がどれ程のものか! いくら御寵愛を受けようと所詮子を産めぬ身、王宮から一歩も出られぬただの籠の鳥ではないか!』
セゲイラは自分の発した言葉を反芻する。
吐いてしまった暴言の取り返しはつかない。
遠くで懐かしい幻聴が聞こえた気がした。
『セゲイラ様、お輿入れにいたって重要事項です。……現クリムゾン王国の王、ライアナ様には唯一無二の王妃様がいらっしゃいます。その御方に関わるすべてのことが死に直結いたしますのでお気をつけください』
(死に直結――)
その場が殺伐と冷える中、セゲイラは逃げ腰になる体を奮い立たせ、胸を張る。
「私はハルディン王国の王女、セゲイラ! 逃げも隠れもしませんわ!」
流石のクリスチーネもその虚勢に目を見張った。
しかし、王妃に対する暴言は許されるものではない。
「元、でございましょう……ハルディン王国はすでに国ではなくなっており、クリムゾン王国の一領土に他なりません」
セゲイラは唇を噛み締めた。
クリスチーネがまさに粛清体制に入ろうとした時、王宮の扉が少しだけ開いた。
「クリス……」
透き通るような心地よい声。
しかしそれと同時に感じる恐怖は王宮で仕える者にはお馴染みのもので、その場は静寂に包まれた。
「クリス……まだそこに居られるのか? もう少し共に――」
白魚のような腕を伸ばしシェルミーユは扉の向こうをのぞく。
その微笑みは淡い色の花弁がほころぶように儚く輝いていたが、クリスチーネが対人していることに気づくとシェルミーユは慌てて扉の奥に隠れた。
「……すまない……取り込み中であったか……」
一瞬、本の一瞬であったがセゲイラはシェルミーユの声を聞き、姿を見た。見てしまった。
「今……のは……」
セゲイラは目を見開いた。自分は夢でも見ているのだろうか…………その衝撃はセゲイラの声をかすれさせ、指を震わせた。
(まさか、違う。そんなはずはない。見間違いに違いない……、あれは人と定義するにはおこがましいーーっ)
指先が冷たくなってゆく、セゲイラは全身の血の気が引いていくのを感じた。
「すぐに参ります故、そのままお部屋でお待ちくださいませ――」
クリスチーネが王宮の扉に話しかけた。
セゲイラの目がクリスチーネを凝視する。
(やめろ)
セゲイラの額を冷たい汗が伝っていく。
(いうな、今すぐその口を噤め!)
「王妃様」
セゲイラの願いも虚しく、クリスチーネはその称号を口にする。
セゲイラは頭が真っ白になりその場にへたり込んだ。
身も心もポッキリと折れてしまったのだ。
(あれにどう対抗しろというのだ……)
クリスチーネは力無く肩を落とすセゲイラを憐れに思いながらも冷えきった目で見つめた。
「私は王妃様の下へ行かねばなりません、貴女様は追って沙汰を待つように……」
クリスチーネはセゲイラをシェルミーユに見られてしまったため、彼女をこの場で処罰する訳にはいかなくなってしまった。もし彼女が悲鳴でもあげようものならば、シェルミーユは王宮を出てきてしまうかもしれない。例え出てこなかったとしても、シェルミーユは自分の不注意で姿を、声を曝してしまったが故に彼女が処罰されたと思い、負い目を感じてしまうかもしれない。
声を聞き、言葉を2、3交わしたというだけでライアナが側室を罰した前例があるだけに、彼女はシェルミーユの心の重圧を安易に考える訳にはいかなかった。
クリスチーネはシェルミーユにとっての癒し、安らぎでなくてはならないのだ。
扉の向こうにいるシェルミーユは、セゲイラが自分を貶したことも知らずに彼女の安否を思い、不安を感じているのかもしれないと思うとクリスチーネはやるせなくなった。
クリスチーネはグッと奥歯を噛み締め、セゲイラを見据えて静かに言った。
「今すぐ、後宮自室にて謹慎めされよ」
セゲイラは朧気な頭でクリスチーネの宣告を聞き、おぼつかない足取りで自室に戻っていった。
(あれが王妃ならば夢もへったくれもない、勝ち目なぞ皆無――)
『王妃様はもとよりご側室様方とは別次元の御方、お察し下さいませ』
セゲイラはクリスチーネの言ったことを思い出し、その言葉の意味を理解した。
そして自虐的な笑みを浮かべる。
(……確かに、あれは人という次元ではない)
セゲイラが後宮へと立ち去るのを確認すると、クリスチーネはシェルミーユの待つ王宮へと急いだ。
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