王様と籠の鳥

長澤直流

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第5章

亡国の王女~崩れゆく理想~

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(王妃には、私が輿入れしてから1度も御目にかかったことがないわ。公務にも出ていらっしゃらないようだし……、…………王宮に引き込もって出てこないなんて何様のつもりなのかしら……)
 セゲイラが王妃に対して不遜な考えを持つのは、彼女が輿入れ前から王が王宮に入り浸るのは王妃に対する建前、思いやりであろうというのが前提として、王の王妃に対する思いの丈に高を括っていたからだった。
 他国から輿入れした彼女が王妃であるシェルミーユの境遇を知るまでもなく、また自国出身の側室達が親切にそのことを彼女に教えてくれる程、この国での彼女の人望は厚くはなかった。
 その結果、事情を知らない彼女の王妃に対する疑惑、疑念は日に日に増していった。
(いくら王妃といえど、元王族の私に挨拶くらいあってもいいんじゃないかしら……)
 セゲイラは側室達に王妃について尋ねたが、どの側室もその話題を避けたことも相まって彼女は浅はかな仮説を立て始める。
(本当は……王妃など実在しないのでは――?)
 1度その答えを導き出してしまったセゲイラは、もうそれ以外の答えなど考えられなかった。
(王は何らかの理由があって正妻を選ぶことができない……、故に王妃が公務に出ずとも咎められないのではないか……? だって咎めようにも実在しないのだから!)
 元々セゲイラは自分より優遇される立場の者を受け入れることが出来ない人種なのだ。故に彼女にとって王妃は目の上のたんこぶ的存在だった。そんなもの存在しない方が都合がいい。例えそれが馬鹿げた考えだったとしても彼女の自尊心がそれを許さなかった。
(王様とお会いさえ出来れば、私は王妃の座に――!)


 しかし、セゲイラが輿入れして半年が過ぎようとしていた頃、彼女にとって予想外なことが起こる。
 王宮に1人の老婆が通い始めたのだ。しかも王妃の話し相手として――――


(王妃など架空の人物であろうに、なぜ話し相手など……)
 王妃など実在しないと思い込むセゲイラの前でも、側室達はまるで本当に王妃が実在するかのようにこぞってその老婆の話をし、後宮に呼び出そうとした。
 その姿にやがてセゲイラは一抹の不安を感じるようになる。
(いや、そんなはずはない。……王妃など実在しない、実在しない。実在しない――っ)
 逃げるようにセゲイラは後宮を離れ、側室達の声があまり聞こえない宮殿の、回廊の柱の陰に隠れ呪文のように唱え続けた。
(実在しない、実在しない、実在しな――)
「まるで奇跡でも見てる気分だったぜ」
 2人の男兵士がセゲイラの後ろを通った。
「マジかよ、俺も立ち会いたかった!」
「ここだけの話、俺ちょっとだけ聞いた……」
「……え? ……まさか王ひんぐっ――」
 慌てて男兵士が隣の男兵士の口を塞ぐ。
「しーっ! 口にするな!」
「――すまねぇ。んで、どうだった?」
「……ヤバかった、腰砕けしそうだった」
「おおお姿は!? 拝見したのか!?」
「一瞬、ほんのちょびっとだけ――……あ、……俺ちょっと――」
 男兵士は前屈みになってトイレに向かって行った。
「見たのかよ!! マジかよ!!」
 連れの男兵士は羨ましそうにその背中を見ていた。
 2人の男兵士が通り過ぎた後、セゲイラは1人大岩で頭を打たれたような衝撃を受けていた。
 2人の男兵士は偶然にも王宮付きの親衛隊員だったのだが、王妃を架空の人物だと思っていたセゲイラにはそんな些細なことはどうでもよかった。
「王妃など……実在しな――っ」
 セゲイラは都合のよい自分の思い込みに声を震わせ涙を流した。
(実在していた! 王妃は実在していた!!)
 実在しているとわかれば会わずにはいられない。セゲイラには見向きもしない王が多大なる御寵愛の目を向ける王妃、その王妃が実在していたことが第三者の目から明らかになったのだ。
(王妃がどれ程のものかこの目で確かめねば……)
 セゲイラは立ち上がり涙をぬぐった。
(私より優遇される者などあってはならない、私より優れた者など存在してはならない!)


 そしてこの直後、彼女は王宮へ向かい暴挙に出ることとなる。



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