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第3章
それぞれの思い
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ジョアンナは森から帰って来たユリアのもとへ駆け寄ると、一言も声を掛けることなくユリアの頬を力いっぱい叩いた。側室とはいえ元は戦士、その威力は凄まじく、ユリアは吹っ飛んだ。召し使い達はあまりのことに動揺し固まっている。地面に転がるユリアをジョアンナは上から見据え、ユリアだけに聞こえるよう囁く。
「シェルミーユ様にはお会い出来たのかしら? 母上の言うことも聞かず、このたわけがっ――」
ユリアの口から鮮血が流れた。口の中を切ったようだ。ジョアンナはユリアの頬に手を当てる、叩いた頬は赤く腫れ上がっていた。
「母上のこんな一撃すらかわせないお前が、国王に――っ、父上様に敵うはずがないであろう! わかるであろう? ユリア、このままではお前に待っているのは惨たらしい死のみ。母上はお前にそんな思いをさせるためにこの世に産み落としたのではないっ」
まだ間に合う、まだ間に合う、まだ……間に合ってくれ――、ジョアンナは切実に願った。
「母上様、僕はこんな思いをするために生まれてきたわけではないのですよ」
ユリアの言葉がジョアンナの願いを冷たく切り裂く。ジョアンナは目を見開き、我が子を見た。
「僕は強くなる。あなたの言いなりにはなりません。あのお方を手に入れるためなら、なにを犠牲にしてもかまわない――」
ジョアンナはユリアの突然の変貌に、驚き慄いた。ユリアはこんな顔をする子だったか――? あの優しすぎる体のユリアはどこにいってしまったのだろうか……。幼さが消えた男の顔、まるで別人だ。
(これもシェルミーユ様の影響とでもいうのか……?)
しかし、この国に在籍する以上、動機は危険極まりないが強さを求めることはいい傾向だ。
(もしものことあらば、この母上もユリアと共に冥界に旅立つこととなるのだろうな。……いや、万が一にもないとは思うが、ライアナ様が天に召される時は私も御供させて頂こう)
ジョアンナはライアナの1番には決してなれないことはわかっていたが、それでも彼を恋慕っていた。そんな彼女はユリアの男としての成長を喜ぶ半面、巣立ちの寂しさを感じていた。
ジョアンナは覚悟を決めた。
「ならばあなたの気が済むまでやってみるがいい。ただし、命は無駄にしてはいけません。よく考え、行動しなさい」
そう言うとジョアンナはユリアに手を差し出した。
「言われなくともそうしますよ、母上様」
ユリアはジョアンナの手を取り立ち上がると綺麗に口角を上げて笑った。
敵地ではライアナが、城内の回廊に腰を下ろしていた。その横に、元クリムゾン国王ジョルジュは控え、向かい側にそびえる大層な扉のようすを眺めている。
戦には勝利した。敵国の兵士を半分ほど瞬殺したところで、敵国が白旗を掲げたのだ。しかし、降伏したはずの敵国の王が急に城内の1室に立てこもってしまった。敵国の側近達もあたふたと国王の愚行に動揺を隠せない。
「国王様、国王様。どうか扉の鍵をお開けくださいっ」
「嫌じゃ、この国は儂のものじゃ! やはり降伏など承服出来ん!!」
「国王様――っ」
ジョルジュは敵国の王の愚行に呆れた。
「脆弱な国王に使える臣は憐れだな」
ジョルジュは敵国の王が立てこもった1室の扉に近づくと軽く扉を数回叩く。
「ふん、このくらいか……」
敵国の側近達は彼を訝しげに見つめる。
「なにをなさっているのでしょうか?」
「この国はもはや土地も民もすべてライアナ王のもの、故にこの扉の向こうにいる男はお前達の王などではない。……被害は少ない方がよかろう?」
そう言って笑みを浮かべるジョルジュに恐れをなし、敵国の側近達はその場から1歩離れた。その時点で敵国の王は家臣達の中で元王に成り下がった。
「なにを勝手な! 儂はこの国の王であるぞっ」
扉の向こうで男は叫んだ。その声にはまだ張りがあった。この扉は絶対に開けられない、ここにいる限り自分は絶対に安全だとそう信じ切っていたのだ。
「国王陛下、扉は20センチほどでございます」
ジョルジュはライアナに向き直ると頭を下げそう言った。
「……」
ライアナは溜め息をついて立ち上がり、終始無言で不機嫌さを隠すことなく扉の前まで来ると、その重厚な扉を軽くノックした。その瞬間、その軽やかな仕種にそぐわない轟音と共に扉がひしゃげ、室内側に倒れる。
敵国の側近達は言葉を失い、己の目を疑った。敵国の元王はあまりの恐怖に失禁し、喪心状態のまま声を発する間もなくライアナに首を刎ねられ息絶えた。元王の血が切断された首から勢い良く溢れ出る。ライアナは手にかかった血しぶきを見て、舌打ちをした。
(このままではシェルミーユへのお土産の花に血が付いてしまう、洗い落とさねば――)
「ジョルジュ、手が汚れた」
「はっ。おい、そこの者。我らを水場まで案内せよ」
「はいっ、ごっご案内いたします」
敵国の元側近は室内に転がる肉塊を尻目にライアナ達を水場まで案内した。元王が閉じこもったせいで1室破壊し汚してしまったが、戦自体は国を囲う壁の外で行われたため、壁の中のそれ以外の建物や民に被害は出なかった。
「王妃様にお土産の花を買っていかれるのですか?」
「うむ……」
(花を育て始めてからシェルミーユはよく笑うようになった、嬉しいことだ)
「王妃様は花がお好きなのですね?」
「……うむ」
シェルミーユは花が嫌いではない、むしろ好きな方だとは思うが真相はライアナにもわからなかった。
(俺が人との関わりを断ち、花しか与えなかった故――)
ライアナはシェルミーユに対する抑え切れない独占欲の中に、少しだけ罪悪感を感じた。
「シェルミーユ様にはお会い出来たのかしら? 母上の言うことも聞かず、このたわけがっ――」
ユリアの口から鮮血が流れた。口の中を切ったようだ。ジョアンナはユリアの頬に手を当てる、叩いた頬は赤く腫れ上がっていた。
「母上のこんな一撃すらかわせないお前が、国王に――っ、父上様に敵うはずがないであろう! わかるであろう? ユリア、このままではお前に待っているのは惨たらしい死のみ。母上はお前にそんな思いをさせるためにこの世に産み落としたのではないっ」
まだ間に合う、まだ間に合う、まだ……間に合ってくれ――、ジョアンナは切実に願った。
「母上様、僕はこんな思いをするために生まれてきたわけではないのですよ」
ユリアの言葉がジョアンナの願いを冷たく切り裂く。ジョアンナは目を見開き、我が子を見た。
「僕は強くなる。あなたの言いなりにはなりません。あのお方を手に入れるためなら、なにを犠牲にしてもかまわない――」
ジョアンナはユリアの突然の変貌に、驚き慄いた。ユリアはこんな顔をする子だったか――? あの優しすぎる体のユリアはどこにいってしまったのだろうか……。幼さが消えた男の顔、まるで別人だ。
(これもシェルミーユ様の影響とでもいうのか……?)
しかし、この国に在籍する以上、動機は危険極まりないが強さを求めることはいい傾向だ。
(もしものことあらば、この母上もユリアと共に冥界に旅立つこととなるのだろうな。……いや、万が一にもないとは思うが、ライアナ様が天に召される時は私も御供させて頂こう)
ジョアンナはライアナの1番には決してなれないことはわかっていたが、それでも彼を恋慕っていた。そんな彼女はユリアの男としての成長を喜ぶ半面、巣立ちの寂しさを感じていた。
ジョアンナは覚悟を決めた。
「ならばあなたの気が済むまでやってみるがいい。ただし、命は無駄にしてはいけません。よく考え、行動しなさい」
そう言うとジョアンナはユリアに手を差し出した。
「言われなくともそうしますよ、母上様」
ユリアはジョアンナの手を取り立ち上がると綺麗に口角を上げて笑った。
敵地ではライアナが、城内の回廊に腰を下ろしていた。その横に、元クリムゾン国王ジョルジュは控え、向かい側にそびえる大層な扉のようすを眺めている。
戦には勝利した。敵国の兵士を半分ほど瞬殺したところで、敵国が白旗を掲げたのだ。しかし、降伏したはずの敵国の王が急に城内の1室に立てこもってしまった。敵国の側近達もあたふたと国王の愚行に動揺を隠せない。
「国王様、国王様。どうか扉の鍵をお開けくださいっ」
「嫌じゃ、この国は儂のものじゃ! やはり降伏など承服出来ん!!」
「国王様――っ」
ジョルジュは敵国の王の愚行に呆れた。
「脆弱な国王に使える臣は憐れだな」
ジョルジュは敵国の王が立てこもった1室の扉に近づくと軽く扉を数回叩く。
「ふん、このくらいか……」
敵国の側近達は彼を訝しげに見つめる。
「なにをなさっているのでしょうか?」
「この国はもはや土地も民もすべてライアナ王のもの、故にこの扉の向こうにいる男はお前達の王などではない。……被害は少ない方がよかろう?」
そう言って笑みを浮かべるジョルジュに恐れをなし、敵国の側近達はその場から1歩離れた。その時点で敵国の王は家臣達の中で元王に成り下がった。
「なにを勝手な! 儂はこの国の王であるぞっ」
扉の向こうで男は叫んだ。その声にはまだ張りがあった。この扉は絶対に開けられない、ここにいる限り自分は絶対に安全だとそう信じ切っていたのだ。
「国王陛下、扉は20センチほどでございます」
ジョルジュはライアナに向き直ると頭を下げそう言った。
「……」
ライアナは溜め息をついて立ち上がり、終始無言で不機嫌さを隠すことなく扉の前まで来ると、その重厚な扉を軽くノックした。その瞬間、その軽やかな仕種にそぐわない轟音と共に扉がひしゃげ、室内側に倒れる。
敵国の側近達は言葉を失い、己の目を疑った。敵国の元王はあまりの恐怖に失禁し、喪心状態のまま声を発する間もなくライアナに首を刎ねられ息絶えた。元王の血が切断された首から勢い良く溢れ出る。ライアナは手にかかった血しぶきを見て、舌打ちをした。
(このままではシェルミーユへのお土産の花に血が付いてしまう、洗い落とさねば――)
「ジョルジュ、手が汚れた」
「はっ。おい、そこの者。我らを水場まで案内せよ」
「はいっ、ごっご案内いたします」
敵国の元側近は室内に転がる肉塊を尻目にライアナ達を水場まで案内した。元王が閉じこもったせいで1室破壊し汚してしまったが、戦自体は国を囲う壁の外で行われたため、壁の中のそれ以外の建物や民に被害は出なかった。
「王妃様にお土産の花を買っていかれるのですか?」
「うむ……」
(花を育て始めてからシェルミーユはよく笑うようになった、嬉しいことだ)
「王妃様は花がお好きなのですね?」
「……うむ」
シェルミーユは花が嫌いではない、むしろ好きな方だとは思うが真相はライアナにもわからなかった。
(俺が人との関わりを断ち、花しか与えなかった故――)
ライアナはシェルミーユに対する抑え切れない独占欲の中に、少しだけ罪悪感を感じた。
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