王様と籠の鳥

長澤直流

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第6章

選択の儀~第1世代~13

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「此度の王候補は、1位通過者がライアナ様に忠誠を願いでたため見送りとする!」

 儀式進行者の声が響き渡り、会場内が騒然となる。
 無理もない。
 王国にではなく、ライアナ個人に忠誠を願い出た者は、 当然の如くライアナがこの世を発つ際に共に逝くこととなるため、たとえこの国1番の強者となろうとも、次代の王となる事などありえ無い。それ故に実質その者は選択の儀の1位通過者として……王候補として優遇されるそれら全てを放棄したことになるのだ。
 それはそれだけ現王が魅力的であるといえるのだが、……王国としては未来ある王候補を失うことは痛手以外のなにものでもなかった。
 だがしかし、これはユリアには朗報だった。
 1位無しと言うことは2位以下にも戦の先頭に立つチャンスが与えられ、後に王候補になりうるという事なのだ。
「……ふっ」
 ユリアは一筋の希望に口端を僅かに緩めたが、ジョアンナがすかさずユリアに釘を刺した。
「首の皮1枚にすぎぬ……」
「――っ」
 ユリアは拳を固く握りしめ、ジョアンナを睨んだ。

 ジョルジュが主の気配を感じて頭を垂れると、そこへ不意に現王ライアナが無表情で現れた。
 いきなり目前に現れたライアナに皆が言葉を失う。
 ライアナからは何の威圧感も発せられておらず、その不自然さは周囲の大人達の目には不気味に映った。

「ジョルジュ」
「はっ。処理班は後に続け!」

 ライアナがジョルジュにそう声を掛けると、ジョルジュは姿勢を正し号令を掛ける。
 ライアナは子供達には見向きもせずに崖へと視線を向けた。

「ち、……父上様」

 ユリアが緊張した面持ちでライアナに声を掛ける。
 周囲の大人達が固唾を呑む中、ライアナは感情の無い目でユリアを一瞥して眉をひそめた。
(この気は……俺の子か)
 ライアナは軽く溜め息を吐いた。
「下がっていろ」
 否を許さないその声音にその場の緊張感が増す。
「父上様、僕は邪魔されたのです!本来なら僕は――」
「ちょっと行く手を塞がれたくらいで取り逃がす栄光なぞ、まがいものだわ!あんたごときが1位になるくらいならあたしがなるから!」
 サラが煽るようにユリアへ吐き捨てる。
「黙れぇぇ!」
 ユリアが鬼の形相でサラを睨むと、2人は取っ組み合い、殴り合いを始めた。
 ライアナはギャーギャー喚く子供達を辟易としながら眺めた。
 反発しあう2人、少し離れたところから傍観する1人、それぞれやっていることは違うが、どれも同じ気を感じる。

(――ああ、今回の不始末の根元は……俺の子こいつらだった……)

 ライアナが深い溜め息を吐くと、ジョルジュとジョアンナがライアナの変化に気付いて表情を変える。

(こいつらのせいで俺は今ここにいるのか――)

 本来なら今頃儀式も終わり、シェルミーユとかけがえのない時間を過ごしていたはずだった。
 ライアナ自身、今回のシェルミーユの公務参加は悩みぬいた上での苦渋の決断だった。それ故に実は公務参加の許可を出した時のシェルミーユの喜びようから、我を忘れるほどご機嫌なシェルミーユからのご褒美的なものをほんの少しだけ期待していた……――
 だが、シェルミーユを公務から途中退場させる結果となってしまった今、我を忘れるほどご機嫌なシェルミーユには会えそうにない……ライアナはそう落胆していた。
 ただでさえ不安を期待で無理に上昇させていただけに、急降下したライアナの感情は原因を作った子供達を疎ましく思わずにはいられない。

(子供は他にもいるし、たいした能力もないなら消しても然して問題ないのではないか?)

 ライアナの仄暗い視線が子供達へと向けられる。
 静かだったライアナの感情が揺らめき、瞳の中に苛立ちの炎が小さく灯り始める。それを敏感に感じとった大人達が威圧され、底知れぬ死の恐怖を感じた次の瞬間、ジョルジュがパチンと掌を鳴らした。
 ジョルジュにライアナ以外の視線が集まる。
 ジョルジュは背を向けたままのライアナに深々と頭を垂れ、静かに言葉を発した。

「陛下、ここは私にお任せを――」
「……」

 ライアナは再度溜め息を吐き、子供達から視線を外すとジョルジュに軽く手を振り、崖下へと向かって行った。

「父上――っ」
「ユリア殿、そこまでになさいませ」
 ライアナに駆け寄るユリアをジョルジュが遮るように割り込む。
「下がれ、ジョルジュ!お前には関係ない!」
「関係ありますよ、私はライアナ様が滞りなく御公務にあたられるように手配する役にあたるのですから」
「父上様――っ」
 ユリアは崖下へと下りようとするライアナを前に焦り、ジョルジュを睨んだ。
「どけ!ジョルジュ!俺の邪魔をするな!」
 一瞬にしてその場が固まりひびが入るのを周りに居た者達は感じた。
 興奮状態にあるユリアは異様な空気を察することが出来ない。
 ジョルジュは大きな溜め息を吐いて言った。
「ユリア殿、あまりおいたが過ぎますと強硬手段を取らざるを得ませんがよろしいでしょうか?」
「っ!?」
 その声の冷たさにユリアはもちろん、サラもサルメも顔がひきつる。
「無礼な……、私たちはたとえ子供でも王族なのよ?」
 思わずサラが口を出すと、ジョルジュは彼女に向き直り、口端をあげて応えた。
「それが何か?」
「!?」
「貴殿方は何か勘違いをされていませんか? 貴殿方のお父上は確かに偉大だ。だが、その偉大さは貴殿方とは無関係だ。違いますか?」

 この国では優れた血による期待はあれど、譲位優遇などはされない。完全なる個人主義なのだ。
 3人は頭から冷や水を浴びせられた気分だった。偉大な父親に飲み込まれ、自分が偉くなったかのような思い違いをしていたことに気付かされたのだ。それは著しく自尊心を傷つけ、思い知らされる。自分達は王のたかが付属品でしかなく、戦士として認められてはいないと……少なくとも目の前の男には確実に――

「私はもとよりライアナ様個人に忠誠を誓った身、ライアナ様が命を下さぬ限り国や王族に従う義務や義理はないのです。故に、ライアナ様のためならばこの命惜しむべくもなく、害益足るものに対して処罰を下す心積もりは済ませております。いつ、何時でも躊躇うことはございません――」

 そう言って微笑んだジョルジュの瞳には冷ややかな侮蔑の感情が見てとれた。
 研ぎ澄まされた刃のような殺気が子供達に向けられる。
「ジョルジュ様!……子供達をからかうのもそこまでになさってくださいまし。お恥ずかしながら儀式を迎える年を迎えながら成熟しきれない未熟者あかご達ゆえ……」
「母上様!」
「いい加減その口を噤め――っ!」
 ジョアンナが睨みを効かせて子供達に圧をかけると子供達は言葉を失ってしまった。
「度々の御無礼をお許しください。どうか……どうか御慈悲を――」
 子供達を黙らせたジョアンナが意思の強い目でジョルジュに切にそう願うと、彼は表情を消した後、大袈裟に役者じみた演出で言った。
「まあ、赤子では仕方ありませんね。通りで……生まれたて故か酷く他人の血にまみれていらっしゃる。産湯でも浴びてお帰りなさい。……あまりお父上様にご迷惑をおかけなさいますな」
 苦い顔をした子供たちが後宮へと誘導されて行く。
 ジョルジュの殺気の行き先が霧散したことでホッとしたジョアンナに、ジョルジュが無機質な声で呟いた。
「ジョアンナ様、子供を甘やかすのも程々に為さった方がよろしいのでは……? あまり庇いだていたしますと、貴女がその罪を被ることになりかねますぞ」
「……あの子達に処罰が下されるとおっしゃるのですか?」
 そう言って微笑んで見せたジョアンナにジョルジュは眉をひそめながら微笑み返す。
「……私にはわかりません。ただ、此度の御公務には王妃様も御参加だった故――」
 ジョルジュは子供達に対するライアナの静かな怒りと、見限りに気づいていた。既に彼らは墓場に片足突っ込んでいるといっていい状態だ。
「有事の際には御覚悟召されよ」
 凍える殺気が込められたその声にジョアンナは再び奥歯を噛み締めた。
 助かる可能性が無い訳ではない。
 全てはライアナの心次第……、いや、公務後のシェルミーユの対応次第といっていい。
 シェルミーユが満足してライアナを労えば彼の気は晴れ、お咎めは無しとなる。
 しかしシェルミーユが気分を損ねていればライアナの気分は一気に下落し、その怒りの矛先はその原因を作った者へと向かう。
 それはすなわち言うまでもなく死に直結する。

 (どうすれば……どうすればどうすればどうすれば――)

 平常心を失ったジョアンナは気持ちばかりが急いて、表情には出さないながらも彼女の背中からは冷や汗が流れ続けていた。

「ジョルジュ様――っ」
「私にはどうにもなりません」

 藁にも縋る様な思いを瞳の奥に宿したジョアンナに、ジョルジュは無情にもそう言い捨てて崖へと向かう。
 呆けたジョアンナは王の許へと向かうジョルジュの消え行く背中をただただ見つめ、そしてふと先程ライアナが子供達に向けた視線を思い出した。

(あれはもう見限られていたのではないか……?)

 ジョアンナは少し寂しげに微笑むと後宮へと足を向ける。

(1人で旅立ちなど出来はしないだろう。……だいたいこの私に庇い尽くしての最後など無理なことなのだ。私はそんなに出来た人間ではない。……もとより私は、ライアナ様にとって王妃の憂いと対等な価値など無いのだ。生き延びるか、死に絶えるか……我等に選択権などない。覆すことができるのはただ1人だけ――)

 ジョアンナは先程まで止まらなかった汗が引いてゆくのを感じていた。
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