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第3章
雲雀と迷い鳥3
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明け方、王宮の寝室ではライアナがシェルミーユの美しく艶やかな黒髪を優しくすくい、丁寧に櫛で梳いていた。
「……食事は門番に頼んであるから、しっかりととるように……」
シェルミーユとの数日の別れを惜しんでライアナはキスをする。
「俺がいない間は人攫いに用心しろ」
「人さら……、……お前は私を過大評価し過ぎだ」
「お前は……自分を過小評価し過ぎだ」
ライアナは少し呆れたように言って笑った。
「私はお前の頭が心配だ、誰が私なんか欲しがる?」
シェルミーユがそう言うとライアナは彼の手を取り、目を見つめ、自嘲して言った。
「お前がそれを言うのか?」
こんなにもお前を求めている人間が目の前にいるというのに――、シェルミーユはそう責められているような気がした。
そしてその時、シェルミーユは胸に1本の棘が刺さったような痛みを感じ、思わずライアナから目をそらした。
(この痛みは……なに?)
「俺は……、俺からお前を奪おうとする奴がいることを知っている」
ライアナは苦笑して言った。
「そんなに心配ならさっさと済ませて来ればいいだろ」
シェルミーユがそう言うと、ライアナはシェルミーユのほほに控えめな口付けを落とした。
「そうする……。すぐに帰ってくるから……」
誰とも接触するな、ライアナの瞳はそう訴えていた。
「俺からお前を奪おうとする奴は誰であろうと絶対に許さない」
そう言うとライアナは戦地へと旅立って行った。
王宮の庭は鮮やかに咲いた花の香りに包まれている、それはまるで一心にシェルミーユから受けた愛情に応えているようだった。シェルミーユは唯一の癒しである花達に水をあげながら、話し掛ける。
「お前達はいつ見ても綺麗だな」
花弁の滴が太陽の光を浴びて花達をキラキラと輝かせている。その美しさにシェルミーユは顔をほころばせた。
「あなたこそお綺麗です」
振り返るとそこには、鳥として片付けた少年が立っていた。
「先日は失礼致しました。僕はユリアと申します、ライアナ王の御正室であられるシェルミーユ様でお間違いないでしょうか? 」
思わず口を開きかけて思い止まる。門番に聞こえてしまうかもしれない。シェルミーユが何も言わずに室内に戻ろうと踵を返すとユリアはシェルミーユの裾を軽く引っ張った。
「どうかお声を聞かせてくださいっ」
「!」
ユリアは小刻みに震えている。
「放しなさい、……死にますよ」
「死んでもいい」
そう言い放ったユリアの震えはすでに止まっていた。
シェルミーユはユリアの酷く真っ直ぐな眼差しに思わず目をそらしてしまった。
「……今すぐこの場を去りなさい」
「ならば殺して下さい、是非ともあなたの手で……」
(こんな幼子にまで馬鹿にされるのか!)
カッとなってまだ幼いユリアの細い首に手をかけたところでシェルミーユは我にかえった。
ユリアは柔らかく、温かかった。
(ライアナとは違う……ライアナはもっと筋肉質で硬く熱い……)
王宮に閉じ込められてからというもの、ライアナ以外との触れ合いがなかったシェルミーユは、ライアナとは違う温もりに戸惑いを感じてしまった。
「シェルミーユ様……あなたが恋しい」
一瞬の隙を突かれ2人の唇が重なる。
シェルミーユは反射的に離れようと仰け反る。
「愚かな……知られればお前の一族は抹殺される」
「僕は王族です」
「っ――」
目眩がした。王族を名乗っていいのは現国王の血を継いでいる者だけに限られる、つまりユリアはライアナの血を継いでいるのだ。
「あなたが欲しい……、どんなことをしても」
ユリアは情熱的に潤んだ瞳でシェルミーユを見つめている。
(この血は呪われているのだろうか――)
シェルミーユは身震いした。
「ライアナ王は決して私を手放しはしない、私が何をしても…………相手が殺されるだけだ」
「わかります、そのお気持ち……」
どちらの気持ちがわかると言うのだろう。シェルミーユかそれともライアナか、おそらく後者だろう。
「わかってほしくはないな」
つまりそれはこの幼い少年ユリアが今の国王に替わって、新たな国王になると宣言しているのだ。
「お前は私が恋しいと言った。……手に入れて侍らせて慰み者にでもする気か?」
「ぼ、僕は……っ」
ユリアは顔を真っ赤にして狼狽える。
(吐き気がする、こんな幼子にすらそんな目で見られているなんて――)
慰み者……惨めな感情が沸々とシェルミーユの中に湧き上がってくる。
「私はそんなのはごめんだ、無様に五臓六腑ぶちまけて死んだ方がまだマシだ」
ユリアはシェルミーユのはっきりとした拒絶に真っ青になってしまった。
「私はお前のものにはならないよ」
シェルミーユがその場を去ろうとするとユリアは妙な静けさを持った声で囁いた。
「あなたが僕を拒絶しようとも僕はあなたを手に入れる、死を御希望なら夜見の国まで追い続け、手に入るまで求愛するまでです」
冷たい汗が背中を伝う。
「……僕を子供だと思ってなめないでください」
(ああやはり、あいつの血だ……。死して尚も束縛しようとは似たようなことを言う)
「ひよっ子が簡単に私を落とせると思うなよ」
シェルミーユがそう言うとユリアは目を輝かせた。
「はい、幸せにします」
ユリアはそう言うと幸せそうに後宮へと帰っていった。
シェルミーユは拍子抜けしてしまった。
なぜそこで希望を見出せるのか、シェルミーユには理解出来ない。
「私が落ちると思っているのか……幸せな奴……」
1人残されたシェルミーユは、急に静かになった庭に少しだけ寂しさを感じてしまった。
「よく喋る鳥だったな……」
シェルミーユはそう小さく呟くと寝室へと姿を消した。
「……食事は門番に頼んであるから、しっかりととるように……」
シェルミーユとの数日の別れを惜しんでライアナはキスをする。
「俺がいない間は人攫いに用心しろ」
「人さら……、……お前は私を過大評価し過ぎだ」
「お前は……自分を過小評価し過ぎだ」
ライアナは少し呆れたように言って笑った。
「私はお前の頭が心配だ、誰が私なんか欲しがる?」
シェルミーユがそう言うとライアナは彼の手を取り、目を見つめ、自嘲して言った。
「お前がそれを言うのか?」
こんなにもお前を求めている人間が目の前にいるというのに――、シェルミーユはそう責められているような気がした。
そしてその時、シェルミーユは胸に1本の棘が刺さったような痛みを感じ、思わずライアナから目をそらした。
(この痛みは……なに?)
「俺は……、俺からお前を奪おうとする奴がいることを知っている」
ライアナは苦笑して言った。
「そんなに心配ならさっさと済ませて来ればいいだろ」
シェルミーユがそう言うと、ライアナはシェルミーユのほほに控えめな口付けを落とした。
「そうする……。すぐに帰ってくるから……」
誰とも接触するな、ライアナの瞳はそう訴えていた。
「俺からお前を奪おうとする奴は誰であろうと絶対に許さない」
そう言うとライアナは戦地へと旅立って行った。
王宮の庭は鮮やかに咲いた花の香りに包まれている、それはまるで一心にシェルミーユから受けた愛情に応えているようだった。シェルミーユは唯一の癒しである花達に水をあげながら、話し掛ける。
「お前達はいつ見ても綺麗だな」
花弁の滴が太陽の光を浴びて花達をキラキラと輝かせている。その美しさにシェルミーユは顔をほころばせた。
「あなたこそお綺麗です」
振り返るとそこには、鳥として片付けた少年が立っていた。
「先日は失礼致しました。僕はユリアと申します、ライアナ王の御正室であられるシェルミーユ様でお間違いないでしょうか? 」
思わず口を開きかけて思い止まる。門番に聞こえてしまうかもしれない。シェルミーユが何も言わずに室内に戻ろうと踵を返すとユリアはシェルミーユの裾を軽く引っ張った。
「どうかお声を聞かせてくださいっ」
「!」
ユリアは小刻みに震えている。
「放しなさい、……死にますよ」
「死んでもいい」
そう言い放ったユリアの震えはすでに止まっていた。
シェルミーユはユリアの酷く真っ直ぐな眼差しに思わず目をそらしてしまった。
「……今すぐこの場を去りなさい」
「ならば殺して下さい、是非ともあなたの手で……」
(こんな幼子にまで馬鹿にされるのか!)
カッとなってまだ幼いユリアの細い首に手をかけたところでシェルミーユは我にかえった。
ユリアは柔らかく、温かかった。
(ライアナとは違う……ライアナはもっと筋肉質で硬く熱い……)
王宮に閉じ込められてからというもの、ライアナ以外との触れ合いがなかったシェルミーユは、ライアナとは違う温もりに戸惑いを感じてしまった。
「シェルミーユ様……あなたが恋しい」
一瞬の隙を突かれ2人の唇が重なる。
シェルミーユは反射的に離れようと仰け反る。
「愚かな……知られればお前の一族は抹殺される」
「僕は王族です」
「っ――」
目眩がした。王族を名乗っていいのは現国王の血を継いでいる者だけに限られる、つまりユリアはライアナの血を継いでいるのだ。
「あなたが欲しい……、どんなことをしても」
ユリアは情熱的に潤んだ瞳でシェルミーユを見つめている。
(この血は呪われているのだろうか――)
シェルミーユは身震いした。
「ライアナ王は決して私を手放しはしない、私が何をしても…………相手が殺されるだけだ」
「わかります、そのお気持ち……」
どちらの気持ちがわかると言うのだろう。シェルミーユかそれともライアナか、おそらく後者だろう。
「わかってほしくはないな」
つまりそれはこの幼い少年ユリアが今の国王に替わって、新たな国王になると宣言しているのだ。
「お前は私が恋しいと言った。……手に入れて侍らせて慰み者にでもする気か?」
「ぼ、僕は……っ」
ユリアは顔を真っ赤にして狼狽える。
(吐き気がする、こんな幼子にすらそんな目で見られているなんて――)
慰み者……惨めな感情が沸々とシェルミーユの中に湧き上がってくる。
「私はそんなのはごめんだ、無様に五臓六腑ぶちまけて死んだ方がまだマシだ」
ユリアはシェルミーユのはっきりとした拒絶に真っ青になってしまった。
「私はお前のものにはならないよ」
シェルミーユがその場を去ろうとするとユリアは妙な静けさを持った声で囁いた。
「あなたが僕を拒絶しようとも僕はあなたを手に入れる、死を御希望なら夜見の国まで追い続け、手に入るまで求愛するまでです」
冷たい汗が背中を伝う。
「……僕を子供だと思ってなめないでください」
(ああやはり、あいつの血だ……。死して尚も束縛しようとは似たようなことを言う)
「ひよっ子が簡単に私を落とせると思うなよ」
シェルミーユがそう言うとユリアは目を輝かせた。
「はい、幸せにします」
ユリアはそう言うと幸せそうに後宮へと帰っていった。
シェルミーユは拍子抜けしてしまった。
なぜそこで希望を見出せるのか、シェルミーユには理解出来ない。
「私が落ちると思っているのか……幸せな奴……」
1人残されたシェルミーユは、急に静かになった庭に少しだけ寂しさを感じてしまった。
「よく喋る鳥だったな……」
シェルミーユはそう小さく呟くと寝室へと姿を消した。
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