8 / 52
第2章
若き王と寵愛の雲雀2
しおりを挟む
ライアナの即位が決まった日の夜、全国民による酒池肉林の宴が始まった。
ライゼンは有頂天で酒を食らい、間も無くへべれけ状態となった。
ユキネは当事者の母親ではあったが、この宴の隙を狙ってくるかもしれない他国の間者への警戒、または羽目を外し過ぎた自国の民を制する役目に付いていた。
皆が新しい国王の誕生に浮かれ、喜び祝う中、ライアナの姿は夜が更ける頃には既に玉座にはなかった。
宴の夜もシェルミーユは、ライアナの部屋の籠の中にいた。ライアナが部屋を留守にする時は決まって鍵のかかる白い扉の部屋に籠ごと閉じ込められるのだ。
白い扉の鍵が開く音がしてシェルミーユが視線を移すと、そこにはライアナが立っていた。
宴の席で祝杯を挙げ、ライアナの頬はうっすらと赤らんでいる。
「シェルミーユ、俺は王になった……だから」
シェルミーユは期待した。自分は解放されるのだと、用済みだと捨てられるのだと。ライアナからは仄かに女物の香水の香りがする。王の周りには妻やハーレム候補が溢れている。皆美しい花達だ、男の自分とは比べるまでもない……シェルミーユはそう思っていた。
しかし――――
「もう許してはくれないか……」
「許す?」
ライアナは籠の鍵を開けると己も籠の中に入り、シェルミーユの手を取って紳士的に、しかしどこか追いつめられた獣のような切なさを秘めた声で言った。
「もう、耐えられないっ……お前に触れたい」
シェルミーユは青ざめた。そんな反応は想定外だと思わず逃げをとったシェルミーユの腕をライアナは逃さなかった。
「な……何を言って……離せっ」
「お前が欲しい……お前が……っ」
ライアナの掴んだ腕が軋んで痛い。理性を失いかけているのか、力の加減が利かないようだ。
「お前が望む通りに俺は王の座に就いた、もう俺を咎められる者はいない。俺に進言できるのはお前だけだ……」
ライアナは大きな獣そのもの、扱いを間違えれば大きな痛手となる。
「っ血迷うな王よ、過ちを犯してはならん」
ライアナの瞳に仄暗い炎が宿り始めた。この炎はあの時と同じ……シェルミーユは背中に冷たいものが伝うのを感じていた。
「過ちなどではない、俺はこの国の絶対的正義となったのだから」
この国最強の戦士、国王となったライアナは、絶対的正義として何をしても正当化される身分となった。
そうさせたのは他ならぬシェルミーユ自身だ。
「お前だけが……俺を狂わせる……」
ライアナの瞳は体内をめぐる熱に侵され潤んでいる。
ライアナは腕を掴んだまま、シェルミーユを籠の隅までじりじりと追い詰めていった。
シェルミーユは窮地に陥った獣の心境だった。
互いの心拍数が上がってゆく。
「お前に必要なのは……私じゃない」
「……今も昔も俺の目にはお前しか映っていない……お前がどんなに願おうと映らないんだ」
それはまるで呪いのようだった。
ライアナはシェルミーユの手の甲に口付けをした。衝動的に手を引こうとしたシェルミーユを牽制すると今度は指をくわえ始めた。1本1本丁寧に、その顔は恍惚としてシェルミーユに陶酔していた。
「やめろ、やめてくれ」
シェルミーユは困惑した。この場から逃げ出したかったが出口はライアナの後ろに1つだけ、たとえ籠から脱出出来たとしてもクリムゾン王国から逃げ出すことなど皆無に等しいのはわかりきっていた。
ライアナは執拗にシェルミーユの指の間を舐め、その舌は腕へと這い上がってゆく。
「やめて――」
(こんな屈辱耐えられない、いっそ殺してくれ――)
シェルミーユがそう願った時、ライアナの動きが止まった。
「……すまない、シェルミーユ」
「ライアナ……?」
思いが伝わったのかと安堵したのも束の間、伏せられていた彼の瞳と目が合った瞬間、シェルミーユは自分の浅はかさを呪った。
ライアナの瞳の中の仄暗い炎は未だギラギラと燃え、炎の中には欲情の色が差していた。
「どんなにお前が願おうと、俺の気持ちは変わらない」
「――っ死んでやる!」
悲痛な叫びはライアナの心に深い傷を刻む。
「後を追うから覚悟しておいてくれ」
そう言って笑うライアナは今にも泣きだしそうな顔をしていた。
「馬鹿がっ――」
シェルミーユが苦しそうに顔を歪めてそう言うと、ライアナはシェルミーユの手に手を重ね、彼をまっすぐに見つめて言った。
「愛している。誰よりもお前だけを……」
どう足掻いても逃げられはしないのだ。死してなお束縛しようとするのだから……
シェルミーユはそう悟らざるを得なかった。
「許してくれ」
ライアナのその言葉を最後にシェルミーユは自我を手放すことにした。何も考えない、今ここにあるすべては他人事なのだと――。しかし所詮は現実逃避、事が済み冷静になれば現実を受け入れなければならなかった。内腿を伝うのは今となっては尊き国王の、人によってはありがたいそれだ。目をそらしても皮膚を伝う感触までは消し去れない。悔しさともどかしさ、発狂しそうな感情の渦に葛藤し、視界が滲んでゆく。
シェルミーユは男としての自分が死んでゆくのを感じていた。
それからのライアナは箍が外れた獣のようにシェルミーユを求めた。シェルミーユに対する独占欲と寵愛ぶりは増し、宮殿に移った後もシェルミーユは王宮から出ることも、ライアナ以外との会話も許されず、臣下達には相対してはいけない存在として認識され、その存在はタブー化されていった。
そして事の成り行きを知っている臣下や関係者以外の者達にはシェルミーユ自体が伝説のような存在となっていった。
ライゼンは有頂天で酒を食らい、間も無くへべれけ状態となった。
ユキネは当事者の母親ではあったが、この宴の隙を狙ってくるかもしれない他国の間者への警戒、または羽目を外し過ぎた自国の民を制する役目に付いていた。
皆が新しい国王の誕生に浮かれ、喜び祝う中、ライアナの姿は夜が更ける頃には既に玉座にはなかった。
宴の夜もシェルミーユは、ライアナの部屋の籠の中にいた。ライアナが部屋を留守にする時は決まって鍵のかかる白い扉の部屋に籠ごと閉じ込められるのだ。
白い扉の鍵が開く音がしてシェルミーユが視線を移すと、そこにはライアナが立っていた。
宴の席で祝杯を挙げ、ライアナの頬はうっすらと赤らんでいる。
「シェルミーユ、俺は王になった……だから」
シェルミーユは期待した。自分は解放されるのだと、用済みだと捨てられるのだと。ライアナからは仄かに女物の香水の香りがする。王の周りには妻やハーレム候補が溢れている。皆美しい花達だ、男の自分とは比べるまでもない……シェルミーユはそう思っていた。
しかし――――
「もう許してはくれないか……」
「許す?」
ライアナは籠の鍵を開けると己も籠の中に入り、シェルミーユの手を取って紳士的に、しかしどこか追いつめられた獣のような切なさを秘めた声で言った。
「もう、耐えられないっ……お前に触れたい」
シェルミーユは青ざめた。そんな反応は想定外だと思わず逃げをとったシェルミーユの腕をライアナは逃さなかった。
「な……何を言って……離せっ」
「お前が欲しい……お前が……っ」
ライアナの掴んだ腕が軋んで痛い。理性を失いかけているのか、力の加減が利かないようだ。
「お前が望む通りに俺は王の座に就いた、もう俺を咎められる者はいない。俺に進言できるのはお前だけだ……」
ライアナは大きな獣そのもの、扱いを間違えれば大きな痛手となる。
「っ血迷うな王よ、過ちを犯してはならん」
ライアナの瞳に仄暗い炎が宿り始めた。この炎はあの時と同じ……シェルミーユは背中に冷たいものが伝うのを感じていた。
「過ちなどではない、俺はこの国の絶対的正義となったのだから」
この国最強の戦士、国王となったライアナは、絶対的正義として何をしても正当化される身分となった。
そうさせたのは他ならぬシェルミーユ自身だ。
「お前だけが……俺を狂わせる……」
ライアナの瞳は体内をめぐる熱に侵され潤んでいる。
ライアナは腕を掴んだまま、シェルミーユを籠の隅までじりじりと追い詰めていった。
シェルミーユは窮地に陥った獣の心境だった。
互いの心拍数が上がってゆく。
「お前に必要なのは……私じゃない」
「……今も昔も俺の目にはお前しか映っていない……お前がどんなに願おうと映らないんだ」
それはまるで呪いのようだった。
ライアナはシェルミーユの手の甲に口付けをした。衝動的に手を引こうとしたシェルミーユを牽制すると今度は指をくわえ始めた。1本1本丁寧に、その顔は恍惚としてシェルミーユに陶酔していた。
「やめろ、やめてくれ」
シェルミーユは困惑した。この場から逃げ出したかったが出口はライアナの後ろに1つだけ、たとえ籠から脱出出来たとしてもクリムゾン王国から逃げ出すことなど皆無に等しいのはわかりきっていた。
ライアナは執拗にシェルミーユの指の間を舐め、その舌は腕へと這い上がってゆく。
「やめて――」
(こんな屈辱耐えられない、いっそ殺してくれ――)
シェルミーユがそう願った時、ライアナの動きが止まった。
「……すまない、シェルミーユ」
「ライアナ……?」
思いが伝わったのかと安堵したのも束の間、伏せられていた彼の瞳と目が合った瞬間、シェルミーユは自分の浅はかさを呪った。
ライアナの瞳の中の仄暗い炎は未だギラギラと燃え、炎の中には欲情の色が差していた。
「どんなにお前が願おうと、俺の気持ちは変わらない」
「――っ死んでやる!」
悲痛な叫びはライアナの心に深い傷を刻む。
「後を追うから覚悟しておいてくれ」
そう言って笑うライアナは今にも泣きだしそうな顔をしていた。
「馬鹿がっ――」
シェルミーユが苦しそうに顔を歪めてそう言うと、ライアナはシェルミーユの手に手を重ね、彼をまっすぐに見つめて言った。
「愛している。誰よりもお前だけを……」
どう足掻いても逃げられはしないのだ。死してなお束縛しようとするのだから……
シェルミーユはそう悟らざるを得なかった。
「許してくれ」
ライアナのその言葉を最後にシェルミーユは自我を手放すことにした。何も考えない、今ここにあるすべては他人事なのだと――。しかし所詮は現実逃避、事が済み冷静になれば現実を受け入れなければならなかった。内腿を伝うのは今となっては尊き国王の、人によってはありがたいそれだ。目をそらしても皮膚を伝う感触までは消し去れない。悔しさともどかしさ、発狂しそうな感情の渦に葛藤し、視界が滲んでゆく。
シェルミーユは男としての自分が死んでゆくのを感じていた。
それからのライアナは箍が外れた獣のようにシェルミーユを求めた。シェルミーユに対する独占欲と寵愛ぶりは増し、宮殿に移った後もシェルミーユは王宮から出ることも、ライアナ以外との会話も許されず、臣下達には相対してはいけない存在として認識され、その存在はタブー化されていった。
そして事の成り行きを知っている臣下や関係者以外の者達にはシェルミーユ自体が伝説のような存在となっていった。
22
お気に入りに追加
1,150
あなたにおすすめの小説

兄たちが弟を可愛がりすぎです~こんなに大きくなりました~
クロユキ
BL
ベルスタ王国に第五王子として転生した坂田春人は第五ウィル王子として城での生活をしていた。
いつものようにメイドのマリアに足のマッサージをして貰い、いつものように寝たはずなのに……目が覚めたら大きく成っていた。
本編の兄たちのお話しが違いますが、短編集として読んで下さい。
誤字に脱字が多い作品ですが、読んで貰えたら嬉しいです。

【BL】国民的アイドルグループ内でBLなんて勘弁してください。
白猫
BL
国民的アイドルグループ【kasis】のメンバーである、片桐悠真(18)は悩んでいた。
最近どうも自分がおかしい。まさに悪い夢のようだ。ノーマルだったはずのこの自分が。
(同じグループにいる王子様系アイドルに恋をしてしまったかもしれないなんて……!)
(勘違いだよな? そうに決まってる!)
気のせいであることを確認しようとすればするほどドツボにハマっていき……。

幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)
執着攻めと平凡受けの短編集
松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。
疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。
基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる