王様と籠の鳥

長澤直流

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第1章

選択の儀3

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「ライアナ! さすが我が息子!」
 ライゼンは浮き足だってライアナに駆け寄った。
 出だしこそ遅れたものの、ずば抜けた才で次々と追い抜き、思惑通り最初に崖を登り切ったライアナは皆に激しく歓迎された。
 しかし、担いできた者は――
「……シェルミーユ?」
 最初に気づいたのはシェルミーユの母親、シェリーだった。
 シェリーはライアナに駆け寄り、血だらけで哀れな姿のシェルミーユを引き離そうとしたが、すでにシェルミーユを自分のものだと思っていたライアナは、シェルミーユに駆け寄った彼女を払い除けた。
「触るな!」
 その場がざわめく。
 シェリーは戸惑いながらもライアナに問う。
「血が……そのおびただしい血はシェルミーユのものか……?」
 シェリーとて血を見慣れているクリムゾン王国の民、とはいえ、自分の子供が血だらけでは心中穏やかではない。
「これは返り血だ。シェルミーユに手を……、身の程知らずがいたから始末した。崖下に転がっている」
 ライアナは詳細を省いた。思い出すのも忌々しい。
「ライアナ……シェルミーユは男だ……なぜシェルミーユを……? 女ならいっぱいいただろう? 気に入らないなら1人で登ってくればよかったじゃないか」
 ライゼンは一気に天国から地獄へ突き落されてしまったかのような気持ちになった。
 背負って登っていいのは伴侶とする者だけだ。
 崖を1番に登ってきた者は、後の王候補として将来有望な逸材なのだ。その者が期待されればされるほど子孫に対する期待も大きくなる。
 同性愛は非生産的だ。
「シェルミーユが欲しい……シェルミーユが……欲しい。それ以外いらない」
「馬鹿なことを言うな!」
「認められないなら俺はシェルミーユを連れてここを出ていく!」
 一同に衝撃が走った。
 逸材を逃すのは得策ではない、むしろ他国にとられて自国の脅威になることは避けなくてはならない。そのことはライアナの両親が1番よくわかっていた。
「シェルミーユは承諾しているの?」
「……まだしていない」
「では――」
「承諾させる! 無理なら――俺は出ていく」
 ユキネが優しく窘めようとするも、ライアナの意志は固く、聞く耳を持たなかった。
 王候補のライアナはなんとしても手放してはならない、そのためにはシェルミーユを鎖につないででもライアナに服従させねばならないと一同は悟った。
 しかし、シェルミーユの両親は納得がいかなかった。シェルミーユの性格から、選択の儀に挑戦し最悪死ぬことになったとしても、奴隷に、しかも男の下へ隷属することを自ら承諾するなど考えられなかった。
「出ていくなら1人で出ていくがいい、シェルミーユを返せ!」
 皆が静まる中、シェリーはライアナを睨み付けた。
「よくも私の息子にこんな仕打ちを――」
「……見殺しにした方がよかったと?」
 あれだけの返り血、崖下で余程のことがあったのかもしれない。だが――
「奴隷にされるくらいならその方がマシだっただろう」
 そう言ったのはシェルミーユの父親、ブライアンだ。ブライアンは曲がったことが嫌いな厳格な男だった。
 ライアナはシェルミーユの言葉を思い出した。『名誉の死をありがとう』確かにそう言った。彼の考え方はこの両親からきているのだろう。隷属化を拒む彼を奴隷化しようとは考えてはいないが、目を覚ました時の彼の絶望は計り知れない。死なれてはもともこもない。
「奴隷にはしない、ただ伴侶として共に……」
「伴侶――っ、シェルミーユに伴侶を願うか! 男であるシェルミーユに? そんな屈辱、奴隷と同じだろう!」
「違う! 俺は――」
「戦え。我らの子を賭けて」
 一同が息をのんだ。選択の儀を終えたばかりの子供に大人が戦いを申し込んだのだ。誰から見てもライアナに不利に見えるこの戦いも、弱肉強食のこの国ではまかり通ってしまう。ライアナが戦いを拒否することはシェルミーユを諦めることと同義だった。反対する者さえ一掃してしまえば異を唱える者はいなくなるのだからライアナがこの申し込みを受け入れないはずがなかった。
 ライアナは一瞬微笑むと無表情で言い放った。
「俺からシェルミーユを引き離すものは全て敵だ、排除する。他に異を唱える者はいるか?」
 すると3人の男が名乗り出た。
「勝者がシェルミーユを手に入れられる、そういうことでいいんだな?」
「まさかこのようなチャンスが巡ってくるとは……」
「こんにゃガキにぃ可愛いシェルミーユをくれてやるわけにゃいかん」
 厳つく兄貴肌のルイジ、長身の紳士レジーナ、巨体で癖のある喋り方をするジョニー。3人ともクリムゾンでは名の知れた戦士達だったため、他の候補者は早くも離脱してしまった。
 しかし、それでも大人5人に対し子供1人、圧倒的不利だ。
「これじゃあ戦いにもならねえ、勝ち抜き戦にしてやろうか?」
 ルイジが口端を上げて笑うと周りの大人達も同調して笑い出す。彼を含め、ここにいた者はライアナを所詮子供と見下していた。
 この場でライアナの勝利を想定していたものはたった2人、ライゼンとユキネだけだった。2人はライアナの力が一般的なクリムゾン王国の5歳児のそれとはかけ離れていることを知っていたため、固唾をのんで事の成り行きを見守った。
 ライアナ自身はルイジの提案にイライラしていた。
「時間の無駄だ、まとめてかかってこい」
 殺気で場が静まる。
「……シェルミーユを下ろせ。担いだまま戦うつもりか?」
「ここにシェルミーユを預けるに信用に足るものがいるとは思えない、抱えたまま戦った方が安全だ」
「少年よ、調子に乗るものではない。シェルミーユの身の保証は――」
「保証はする。かすり傷一つ付けない。だが……もともと背負われてきた者の末路は殉死と決まっている」
「シェルミーユを盾にぃする気か!」
「冗談じゃない! きたねぇお前らなんかに指一本触れさせない」
「ガキがっ、いい加減にしろよ!」
 ルイジが怒りを爆発させてライアナに襲いかかった瞬間、ルイジの世界が逆さまになった。当の本人は状況が把握できていない。突如大地が空に代わり、気づいた時には地面に押え込まれてしまっていた。意識ははっきりしているのに体が動かない。まだ動転しているのか声すら出ない。
 上からライアナが見下ろしてくる。肩たたきでもするように軽く拳を握り締め、頭部に打ち付けられたその打撃の破壊力は想像以上でルイジはあっけなく気を失ってしまった。
 それはあまりにも一瞬のことで一同は何が起こったのかわからなかった。ルイジが軽い一撃を食らってなぜ気を失っているのか理解出来なかった。
 転んだ先の打ち所が悪かったのだろうか……、初めは誰もがそう思った。それほどライアナの最初の動きは俊敏だったし打撃は軽やかに見えたのだ。
 しかし、レジーナ、ジョニーと、同じように地に押え込まれてしまっては得体の知れない恐ろしさを子供のライアナに感じずにはいられなくなってくる。
 それは偶然なんかではない、皆がそう実感するのに時間はかからなかった。
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