王様と籠の鳥

長澤直流

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第1章

選択の儀2

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 好きで奴隷になる者はいない、主人によっては死よりも辛い思いをするのだ。
 男で残る者は崖を登る力も新しい地に旅立つ勇気もない下郎として蔑まれ続ける。
 しかし、それでも残る者がいるのが現実だった。
 クリムゾン王国は、砂漠やステップといった乾燥地域に存在したオアシスを意図的に巨大化させることによって栄えたため、愛国心、縄張り意識が強く、隠れ住むことは容易ではない。故に、崖に登らず奴隷にもなりたくない者は新しい地を目指すことになるのだが、大人の戦士ならまだしも5歳児の足で辿り着ける者は僅かだった。
 そもそも、新しい地に 辿り着くには試練の崖を登り切ることと同等の力が必要なのだ。

 ライアナは、難なく崖下に着地するとシェルミーユを探した。
 選択の儀は崖から突き落とされた時から始まっていて、着地の仕方によっては致命傷となる。すでに着地に失敗し、気絶している者や骨折した者、流血し蹲っている者もいるようだ。彼らの中には稀に底力を発揮する者もいるが大抵の者は奴隷行きだった。
 暫く探していると、ライアナは崖下に佇むシェルミーユを見つけた。
 彼は無事着地し、致命傷となるような怪我はしていないようだった。
 ライアナは胸を撫で下ろし、ライアナにすがって生き残ろうと近寄る女達を払いのけると、シェルミーユの邪魔にならないように少し離れたところから彼の出方を待った。彼が新しい地に旅立つならば自分も同行し、残るならば一目散に崖を登り、奴隷選抜ですぐさま取得しようと考えていたのだ。
 しかし、予想外のことが起こった。
 シェルミーユが崖を登ろうとしているのだ。ゆっくりではあるが、少しずつ着実に登る彼を感心して見ていると事件は起きた。
「シェルミーユ、君に登られちゃ困るんだよ」
 突如現れた青年は、シェルミーユを崖から引きずり下ろし地に張り付けた。
 崖に登ることに集中していたシェルミーユは、予想外の事態に頑張りを無駄にされたショックで固まっている。
 青年はシェルミーユにまたがると彼の衣服を裂き始めた。
 生地の裂ける音を聞いて正気に戻ったシェルミーユは青年に抵抗するが、青年の体格は彼の倍以上で中々退けることが出来ない。
 シェルミーユは怒りをあらわにして叫んだ。
「ふざけるな! そこを退け!」
「可愛い……、怒った顔も可愛いな。俺はお前が欲しい…………奴隷として――」
 青年は興奮して言った。
「可愛いシェルミーユ、気持ちいいことをしよう。足腰立たなくなるように、……お前が俺の性奴となるように……」
 シェルミーユの全身に虫唾が走った。
 このままでは組み敷かれてしまう。屈辱を受けるくらいならいっそ――そう思い至った時、ゴシュッという音とともに青年の首が飛び、頭を失った体は大量の血しぶきを上げて崩れ落ちた。
 血しぶきの向こうにはライアナが立っていた。彼が青年の頭を蹴り刎ねたのだ。
 シェルミーユの変事に思わず出て来てしまったライアナは、テンパりながらもなんとか声を絞り出す。
「……あの……大丈夫か?」
「――ライアナ……?」
「!」
 ライアナはシェルミーユが自分の名を知っていることに驚いた。
 ライアナは大人達の間では選択の儀を終えていない子供として大して気に留められていなかったが、同世代の間では規格外の存在としていつも噂の的だった。しかし、同世代の子供と遊ぶことのなかった彼にとってそれは知り得ないことだった。
 シェルミーユはライアナを見て、噂は粗方間違っていないと再認識した。
(逞しく大きな体、ずば抜けた身体能力。同い年なのにこんなにも違うものか……。私もこんな男になれたら――)
 シェルミーユはライアナの強さに純粋に憧れた。
「すまない、助かった」
 シェルミーユは恥ずかしそうにそう言った。
 その時、ライアナの心境は複雑だった。青年に対する抑え難い怒りと、シェルミーユが自分の名前を知っていた嬉しさ。そして目をそらすことの出来ないシェルミーユのありさま……。
(見てはいけない! 見てはいけないっ……が………………やっぱり綺麗だ……)
 青年に襲われた彼の服は無残にも破かれ、尚且つ、青年の血しぶきを大量に浴びた彼の姿は、白い肌と鮮血の赤とで何ともいえない背徳感を漂わせていた。
 ライアナは自分を制して、何とかシェルミーユから目をそらした。
「……いや、気にするな。……登ろうか?」
 シェルミーユは首を横に振った。
「足を捻ってしまったみたいだ。君は行ってくれ、私は死を選ぶ。」
 もともとシェルミーユが万全の状態であっても最後まで崖を登り切れたかわからない。彼に負傷した足でこの試練を全うする力はなかった。
「助けてくれてありがとう、名誉の死をありがとう」
 シェルミーユはそう言ってライアナに笑って見せた。
 ライアナの目には、彼が一層儚く清らかに映った。
「死を……選ばなくても……。――生き残ろうとは思わないのか?」
 ライアナが覇気なくそう問うと、シェルミーユはライアナをまっすぐ見つめて言った。
「この足では崖を登ることも、新しい地に辿り着くことも難しい。…………私は奴隷にはならないよ。下郎に成り下がるくらいなら、死んだ方がマシだ」
 なんて潔いのだろう、彼は決して奴隷になる気はないらしい。生に無頓着なのだろうか。だが、たとえ本人がそれでいいとしてもライアナには到底承服出来ることではなかった。
(――失ってなるものか――)
「……すまない……」
「?」
「シェルミーユ、すまない――」
 ライアナはシェルミーユに軽く一撃を加えると気を失った彼を肩にかけ、崖を登ろうとして足を止めた。振り返るとそこには頭のない青年の死体が転がっている。ライアナは死体の側まで歩み寄ると青年の局部を無表情で踏み潰し、再び崖を登り始めた。
 一連の流れを見ていた者達は皆ライアナを恐れ、口を噤んだ。

 「ライアナ様! 私も一緒に――」
 崖下の方で女達の声がする。
 ライアナは崖を登りながら、登った後のことを考えていた。
 女ならまだしも背負われて運ばれた男は、はたして伴侶として認められるのだろうか……。もし認められなかった場合、シェルミーユは奴隷選抜にかけられることになる。
(――最初に奴隷を指名できるのは最初に崖を登り切った者――)
 ライアナは考えるのをやめて無心で崖を駆け上った。
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