王様と籠の鳥

長澤直流

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第1章

選択の儀1

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 クリムゾン王国は弱肉強食国家、強き者が絶対的正義とされる。
 子供は5歳になると崖から落とされ、そこから這い上がってきた者のみが国民として認められた。そして這い上がれなかった者に残された道は、新しい地を目指すか強者の所有物、つまり隷属する他なかった。
 男女分け隔てなく行われるこの伝統は選択の儀といい、名誉と人生をかけた最初の試練だった。
 子供達は崖を登る際に、好意を持った異性を背負うことが許されていた。そして、背負われた者は背負ったものを受け入れなくてはならなかった。
 生き残るため男も女も若干5歳で究極の選択を迫られるのだ。
 自ら這い上がってきた者は男でも女でも戦士として歓迎され、背負われた者は背負った者が戦死すると殉死と決まっていた。稀に略奪という例外もあったが、強き者が絶対的正義とされているこの国では一定の規則に従えばそれさえも正当化されていた。

 ライアナが5歳の時、すでに心から欲する者がいた。
 その者の名はシェルミーユ。
 以前、ライアナが森で狩りをしていた時にその者は森の泉で魚を捕まえていた。
 美しい黒髪にクリムゾン王国では珍しい陶磁器のように滑らかな白い肌、ぷっくりとした唇は紅く光り、濡れた肢体は幼くも妖艶さを醸し出していた。
 ライアナは話し掛けようとしたが、緊張して上手く声が出せなかった。それどころか、シェルミーユがその場を立ち去るまでライアナは指一本動かすことが出来なかった。ライアナはそんな自分に驚き、動揺した。
 一瞬でシェルミーユに心奪われたライアナは、その日から何をしていてもシェルミーユのことが頭から離れない日々が続いた。ライアナにとってシェルミーユは間違いなく初恋の相手だった。本来ならば、選択の儀の際に口説き、背負って登ったであろうが……悲運にもシェルミーユは男だった。細くしなやかな肢体は彼を魅力的に見せたが、この国ではどう考えても有利にはならず、非力な彼に崖を登れないことは目に見えてわかっていた。

 選択の儀、当日。
 その年5歳になる子供を持つ親は複雑な思いを胸に子供達を見送っていた。
「私達の最愛の息子、シェルミーユ。あなたがどんな道を選んでも私達は応援します。悔いのない選択を……」
 シェルミーユの両親がそう言って微笑み、彼を抱きしめた。
 これが今生の別れになるかもしれない、この儀式に絶対などない、大抵の親がそう思っていた。
 シェルミーユの親も例外ではなかった。
 そんな中、まわりの空気とは明らかに異質な空間があった。ライアナのところだ。
「1番だ、1番に登ってこい! それ以外は認めん」
 ライアナの父親ライゼンは、ライアナに念を押した。
 ライゼンは戦士としては小柄で冴えない男だったが知略をめぐらす策士として人々に知られていた。また、ライアナの母親ユキネも、クリムゾン王国で一騎当千の女戦士として名を馳せていた。
 そんな2人の子供であるライアナは、幼少の頃よりそれぞれのシビアな教育を受けてきた。何度も何度も死線を潜り抜け、すでにクリムゾン王国の大人戦士顔負けの能力を手に入れていたライアナにとって、この儀式は騒ぎ立てるほどのことではなかった。
 ライアナは1番1番と繰り返す父親の話を聞き流しながら、シェルミーユを見つめていた。彼の頭の中はシェルミーユにどうやって話し掛けるかでいっぱいだったのだ。
「ちゃんと聞いているのか?」
 ライゼンが訝しげに問うと、ライアナは煩げに父親を睨んだ。
「崖を登るかどうかは、まだ決めていない」
「は?何を言って――」
 ライゼンが真意を聞こうとした時、選択の儀の開始の鐘が鳴り響いた。
 子供達が一斉に儀式進行者達の手によって崖から突き落されていく。
「ちょっと待て! ライアナ――っ」
 崖下に消えていく息子を追いかけて、自らも落ちそうになるライゼンをユキネが捕まえる。
「何? どうしたの、あんたまで落ちる気?」
「ラ……、ライアナが戻ってこないかもしれない」
 そう言って気落ちするライゼンをユキネは抱きしめると優しく囁いた。
「大丈夫よ。たとえあの子が戻ってこなくても、あたしが一生あんたを養っていくから」
「ユキネ……っ」
 ユキネは自分が選択の儀を受けた頃のことを思い出した。

 ユキネとライゼンは幼馴染みだった。とても仲が良くいつも一緒にいたため、選択の儀で彼が崖を登り切る力がないことに彼女は気付いていた。
「あたし、ライゼンが好き、大好き! あたしもっと強くなって、あんたを一生養ってあげる……。だからお願い、あたしの伴侶になって!」
 ライゼンと離れたくないユキネは儀式の前日、ありったけの思いを込めてライゼンに告白をし、彼はそれを受け入れた。
 当日、ユキネはライゼンを背負いこの崖を登った。彼女は自分の手足の爪が何枚剥がれようと気にすることはなかったが、ライゼンは大粒の涙を流し、崖を登り切った彼女を優しく抱きしめた。ユキネはライゼンが自分の伴侶となり、ずっと側にいてくれるのなら生え変わる爪ぐらいどうでもよかった。

 ライゼンと結婚し、ライアナを授かった今でもユキネの思いは変わらない。
 ユキネは、半べそ状態で彼女にしがみつくライゼンを愛おしそうに見つめて頭を撫でた。
 
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