王様と籠の鳥

長澤直流

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第6章

選択の儀~第1世代~11【1位通過者の選択2】

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 オルバはその小さな拳を握りしめ、興奮で足を震わせながら物見台へと向かう。
 民衆は黙してその様子を見守った。
 物見台の中間地点でジョルジュと合流したオルバは、彼の後に続いて階段を上ってゆく。
 物見台の上には座席が2脚用意されていて、その片方にライアナが座していた。もう1席が空席だったため、オルバはジョルジュに促され、頭を垂れたまま這いずるようにして王様の御前まで近づいた。
 ジョルジュがライアナとオルバの間、双方の斜め前に待機するとライアナがオルバに発言の許可を出した。

「お許しいただきありがとうございます」
「……して、願いとは?」
「私は国にではなく、ライアナ様に仕えとうございます」
「……」

 物見台に上がって以降平伏し続けて頭をあげようとしないオルバを見据え、ライアナはあえてシェルミーユに関する質問を投げ掛けた。

「……俺に仕えたいというお前に問う、我が伴侶のことをどう思う? 会ってみたいと思うか?」
「ライアナ様にとって唯一無二の御方様。この国の要で在られる御方様に私などがお目見えする等畏れ多い事にございます。大変恐縮ではございますが、ライアナ様のご命令以外ではご遠慮させて頂きたく存じます」
 オルバの返答にライアナは苦笑した。
(目の前ここにいるがな……)
 シェルミーユは微動だにせず、ライアナの胸元に収まっていた。ライアナはシェルミーユを膝の上から下ろしたくない思いと同時に、ひょっと出の若者、オルバにシェルミーユの姿をさらけたくなかったため、彼が上りきるまでに自分のマントでシェルミーユを覆い隠していたのだ。
「国民等の俺に対するお前の認識はそんなものだ、唯一無二の御方様……」
 ライアナがシェルミーユにだけ聞こえる声でそう囁くとシェルミーユはライアナに肘鉄を喰らわした。
「――っ」
 ゴスッという音と共に痛い思いをしたのはシェルミーユの方だった。
「痛いな~」
 ライアナはそう言って微笑むとマントの中でシェルミーユの肘をさする。
(拗ねたのか? 俺にとっては痛くも痒くもなく、くすぐったい程度だが……。シェルミーユの肘には俺の脇腹は痛かろう……)
 シェルミーユがライアナの腕をつねるとライアナはシェルミーユの耳に息を吹き掛けた。シェルミーユがビクッとして固まる。
(可愛い奴……)
 ライアナは己の中の熱が再び集まるのを感じた。
 それと同時にシェルミーユの耳が赤く染まる。
 無理もない一度おさまりかけたライアナの熱が再び己を押し上げているのだから。
「――っ!」
 シェルミーユは不満気な涙目でライアナを睨んだ。その無意識のしぐさはライアナの劣情をそそる。
(ああ……、これは不味いな。おさめねば――)
 このまま見つめ続ければ、今度こそここでシェルミーユを暴きかねない。
 ライアナは気を紛らすためにオルバに視線を向けた。
「お前は本土出身ではない、なぜ国ではなく俺に仕える?」
「私には父も母もいません。後ろ盾なく滅びゆく身であります。しかし戦地にてあなた様の勇姿を拝見し、あなた様に惹かれました。あなた様は私の光、唯一の王、あなた様のお役にたちとうございます」
「……面を上げよ」
 輝く瞳でオルバはライアナを見つめた。
「お前はまだ若い、いずれ伴侶を求め子にも恵まれるかも知れぬ、俺に仕えれば意に沿わなくともすべて塵に返さねばならぬことにもなりかねん。それでも国ではなく俺に仕えるというのか?」
「はい、あなた様のご命令であらば如何様にも――」
 オルバの瞳はなおも輝いていた。
「今ここで死ねと言ったら死ぬのか?」
「もちろんでございます」
 オルバは目を逸らさずに言い切った。
(……ジョルジュと同類だ……)
 ライアナが溜め息を吐いてジョルジュに目を向けると、彼は軽く微笑んで会釈した。
「…………許可する。俺に仕え、俺のために死ね」
「ありがたき幸せ!」
 オルバは頭を下げ、ライアナの足の甲に口づけをした。
 ジョルジュの時と同様、その様子をライアナは冷めた目で見届けた。

(何でこいつら俺の足に口づけしたがるんだ……)

 ライアナは戦闘以外で他者に触れることはほとんどない。なぜなら彼にとって戦闘以外の他者との触れ合いは、求愛、親愛といった情以外の何ものでもないからだ。
 頂点に立ち続けるライアナにとっては、捧げられることはあっても捧げることのない忠誠心など持ち合わせていないため、教養として知り得ていても共感とは程遠く、ライアナ個人に仕えたいという彼らの感情は理解しがたいものであった。
 しかしライアナに忠誠を捧げる者はすべてにおいて彼に見返りを求める事をしない。
 彼らはライアナに理想を求めず、ライアナが幸せならばそれで良く、互いに寵臣を競うことすらない。ただ一旦ライアナの害となると判断すれば例え肉親であろうと容赦なく処断する、そんな思考の持ち主、狂信者がライアナに忠誠心を捧げるのだ。
「ジョルジュ」
「かしこまりました」
 ジョルジュは一礼し、オルバを連れて階段を下りていった。


「物好きな奴だな」
 シェルミーユはそう言ってライアナの胸元から顔を出した。
 もちろん、オルバの方へは顔を向けない。下手にライアナを刺激してはいけない。ライアナは胸元に寄りかかるシェルミーユの頭を愛おしそうに撫で、口づけを落とす。
「俺もそう思う……」
 ライアナとて情はある。自分に尽くしてくれた者に対しては他者に比べ労いの思いを傾ける。シェルミーユに害なすものは排除するが、2人の暮らしを脅かさない、擁護する存在はその限りではない。ハイリスク、ハイリターン、狂っていなければ入り込もうとは思えない世界なのだ。
「ああ、そろそろ倅どもが上がってきそうだな」
「お前の血を引くわりには遅かったな」
「……いや、この醜態は俺の血を引く故だろ」
「醜態?」
「未熟故に無様だ……」
「?」
「此度の儀式、平生とは違って多数の死者がでている」
「それってまさか――」
「……ああ、倅どもの不手際だ」
「何でそんなことに――」
「馬鹿が馬鹿なりに動いた結果だろ」
 ライアナは冷めた視線を崖の方へと向けた。
(欲の強い者同士、複数を望むにはまだまだ力不足。覚悟も足らぬまま、己の力量もわからずに一度にすべてを手に入れようとしてすべてを失ったか……)
 ライアナは子供たちの気の動きで、感情論は抜きに大体の事情を把握していた。
「シェルミーユ、この後俺は崖下にて処置をせねばならん。一足先に王宮に戻ってくれないか?」
「……ここまでということか?」
「……そうだな」
「……わかった」
 ――シェルミーユはその言葉の肯定に次回があることを期待した。
「急ぐ故、このまま運ぶがよいな?」
 物見台の足場には幕が張られていて、さらに物見台と王宮の間には外から中が見えないよう天幕の道が連なっている。
 ライアナはシェルミーユを抱き直すと階段を使わず天幕の道の入り口へと軽やかに舞い降り、王宮まで音もたてずに駿足で駆けぬけた。
 王宮にてシェルミーユを解放すると、ライアナはシェルミーユの髪型が少し乱れていることに気がついた。
 いつ乱れたのか、心当たりがありすぎて、ライアナにはわからない。洗練された中のちょっとした乱れが妖艶さを漂わせていて、シェルミーユをこのままにしておくのは忍びなかったが、今ここで自分が手を出してしまったら欲望に歯止めが利かなくなることを見越して、ライアナは後ろ髪を引かれながらシェルミーユから目を逸らした。
「クリスを呼ぶ故、室内で待つように。庭にも出ないように、よいな?」
 シェルミーユが頷くとライアナは儀式会場へと戻っていった。

 ライアナが王宮を去り間もなくして、クリスチーネが王宮へ訪れた。
「お勤め、お疲れ様でございます」
「ありがとうクリス。お前は今日1位通過の者を見たか?」
「オルバのことでしたら先程ジョルジュ様から、同じライアナ様に仕える者としてご紹介を受けました」
「……クリス、お前も物好きな奴だな」
「光栄でございます」
 クリスチーネは幸せそうにそう言って微笑んだ。
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