王様と籠の鳥

長澤直流

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第6章

選択の儀~第1世代~9【相異3】

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 妨害者と認識されたサルメに、ユリアは手加減など加えたりはしない。
 鈍い音と共に水音が混ざる様になってもユリアの怒りは収まらない。
 怒りのオーラを纏いながらも無表情のままサルメを殴り続けているユリアの姿は、温厚といわれていた彼の姿とはかけ離れ、その変貌に驚愕した周りを囲む男児達はあまりの恐怖に逃げることも出来ずに、ただ立ち尽くすか、腰を抜かす他なかった。
 サルメはユリアに対する罪悪感と恐怖で動けず、殴られるままになっていた。
 ユリアがサルメを何回か殴り続けていると、轟音と共に背中に殺気を感じてようやくユリアはその拳を止めた。
 サラが崖下に飛び降りてきたのだ。
「ユリアァァ!」
 衝撃で巻き上がる粉塵の中から、鬼の形相でサラはユリアを睨んでいる。
 ユリアはサルメを解放するとサラの方へ向き直り髪をかきあげ、先程とは打って変わって怒り顔を歪ませて笑った。その笑顔には黒い狂気が張り付いていて、サラは一瞬たじろいだ。
「戻って来ると思ったよ、サラ」
 ユリアの声音は平常時と変わらず、逆に薄ら寒さを感じさせた。
「あんた、サルメに何てことを! サルメはね、あんたのことが――」
「だから何?」
「!」
「サルメが僕のことをどう思っていようが、僕には関係ない」
「はあ? サルメの気持ちは――」
「気持ちって……ここは強さがすべてのクリムゾン王国だよ」
「……でも――」
「だいたい僕の気持ちを無視した人の気持ちをなぜ僕が気遣わなきゃいけないの?」
「!」
 サラはユリアの冷たい声音に息をのんだ。
 サルメの方に目をやると彼女の顔は腫れ上がり、裂傷もあり痛々しい。
 サルメに負い目を感じたサラはこのままではただただやりきれなかった。
 ……しかし、ユリアの言葉は正論過ぎてサラは反論の言葉が返せない。
(サルメ……)
 サラはサルメからユリアに視線を移した。
「……だからってこんなに殴らなくても――」
「殴ったのは君のためだよ」
「……は?」
 ユリアは軽くため息をつくと、サラを見据えて言った。
「サラ、君は気づいてないんだね、君のサルメに対する執着、過保護加減は異常だ。みんな知っているよ。だからさ、サルメを殴ればサラは絶対ほっとけない、見て見ぬふりなど絶対出来ない…………だろ?」

 ユリアは、過去にサルメが同世代の子供とぶつかって転んだ時に、サラがその子供を半殺しにしたことを知っていた。故意ではなかったそれに対して行われた報復に皆恐れをなし、さらなる報復を恐れ大事にはしなかったが、それからというもの極端に皆がサルメに対して気を使うようになってしまった。
 それは少なからず父親、ライアナの影響もある。
 サラは現王の血を継ぐ娘、故に王の王妃に対する執着を知っている者ならばその残虐性も遺伝しているだろうことは想像に容易い。

「執着? 過保護? ……そんな事、ただ妹だから――」
「僕からしたらそれは度を越しているよ。片親とはいえ、血の繋がった兄弟に執着するなんて気持ち悪い」
「――っ」
 ユリアはサラを嫌悪の眼差しで見た。


「気持ち……悪い?」


 サルメが小さく呟いた。
「サルメ!」
 サラがサルメを呼ぶも、彼女の目はユリアしか映していなかった。
「ユリアは……私の事、気持ち悪い?」
「――っ!」
 サルメは蚊の鳴くような声で呟いた。
 そんな彼女の姿にサラは今にも心が張り裂けそうだった。
 そしてユリアにこれ以上彼女を傷つけないでくれと心の中で強く願った。
 しかし――――
「ああ、気持ち悪いよ。サルメもサラも気持ち悪いっ」
 ユリアの容赦ない言葉がサルメを傷つける。
「……ごめんね、ごめんねぇ」
 サルメはメソメソと泣き出した。
 その光景をサラはただ見届けることしか出来ない。
 サラは自分を不甲斐なく思った。
(ああ、サルメが泣いている。私が浅はかだったから――)
 サラはサルメのもとに駆け寄った。
「サルメ……」
「ごめんなさい、ごめんなさい」
 ユリアに謝り続けるサルメの肩にサラが手を置こうとしたその時、サルメがその手を振り払った。
「やめて! ……気持ち悪いっ」
 サルメに拒絶されたサラは自分の身に何が起こっているのか理解出来なかった。
「……え……何?」
 サルメはサラから視線を逸らした。
「……私に構わないで……」
「何……で?」
「もう私に、構わないで……」
「何でそんなこと言うの? ねぇ何で!?」
 サラは思わずサルメの肩を掴んで揺らし問い詰めた。
「――せいで……」
「?」
「あんたのせいで今こんなことになってんじゃない!」
 サルメはサラを睨んで叫んだ。殴られ裂けた傷口の血と涙が混ざりあってサラの手にもふりかかる。
 それは暖かいようで冷たく、現実味を持たない。
「何よそれ……私はあんたの事を思って――」
「私がいつ頼んだ!? あんたが勝手にしたことじゃない!」
「勝手って……私はあんたの事を思って――」
「本当はサラがただ自分に酔いたいだけじゃないの?」
「!」
 サルメはサラから目を逸らさずに立て続けに叫んだ。
「自分より弱い者を守るふりしていつでも自分の方が強い、優れてるって見せつけたいだけなんじゃないの!?」
 サラは呆気にとられた。
 開いた口が塞がらないとはまさにこの事だと実感するほどに――

「違う……、違う……」

 サラはただただそう呟きを繰り返した。
 サラの手は震え、現状を拒否している。
 しかしそれでも言い返さねばサラの思いはサルメに届かない。
 サラは他の誰にどう思われようと関係ないが、ただ1人、サルメだけには誤解されたくなかった。サラは気力を振り絞って言葉を紡ごうとした。

「私は、あんたの事を――……」

 そして気付いてしまう。
 自分は同じことを繰り返し言っているだけにすぎず、もう既に否定されてしまった言葉では彼女の心に届かないということに――
 サラは続く言葉を見失った。
 サラの視界がゆるみ、サルメの顔がにじんでゆく。
 顔が暑いような冷たいようなごちゃ混ぜな感覚にサラは耐えきれず彼女は瞳をきつく閉じ、耳を塞いだ。
(私はただあんたを守りたかっただけ! 信じ――)
「逃げんじゃないわよ!」
 サラは真っ暗な視界の中、サルメの叫びに真っ白な世界で目を覚ました。その瞳にはサラに暴言を吐くサルメ以外映っていない。
「都合の良いことばかり聞いて、都合が悪いことに耳を塞ぐんじゃないわよ! 私はあんたに守られなきゃならないほど弱くない!」
(――!)
 サラは言葉を返すことが出来なかった。遠くでガラガラと耳鳴りがして、サラの中のサルメが崩れ始めると、彼女は思わずサルメの方に手を伸ばした。
「――もうっ、ほっといてよ!」
 サルメがそう叫ぶとサラの手は空を切り、一筋の涙が無表情に目を見開いたサラの頬を伝う。

「…………ごめんね、サルメ」

 サラの耳鳴りは近くなり、どんなに耳を塞いでもその音が小さくなることはなく、やがてそれ以外聞こえなくなってしまった。


(これ以上何も聞きたくない――)


 サラの心が壊れた瞬間だった。

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