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彼女からの贈り物
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どうしても水が飲みたい。キリキリと痛む腹。食事よりも水がいい。冷えた水をコップ一杯飲みたいだけ。そんなに贅沢だろうか。多少の泥があっても構わない。あれから、雨が降ると檻の中にできる水溜りの水をよく飲んだ。ここしばらく雨が降らない。ケイジは時々頭を抱えて何か唸っている。そういえば、あの白い髪色は生かさず殺さずのこの檻の生活で、つまりストレスで全て白くなったらしい。元は黒髪だったとか。
無闇矢鱈と与えられる理不尽や、暴力。村人の嫌がらせは止まない。かつては仲良くやれていると思っていた人々も、すすり泣いていたり、顔を真っ赤にして怒っていたり、絶対に檻に近づかなかったり。その人自身が育てている林檎のように赤い顔で、目に涙を浮かべながら僕の腹を潰すように蹴りを入れるお兄さん。懐かしい頃を思い出して、パイが美味しかったなぁ、とぼんやり思った。振り下ろされた角材が割れて目に入りかけた。
「俺は結構、好きだったのに……」
モールスのことだろうか。知らなかった。それは悪いことをした。でも人は一人で死んでいくものだからね。お別れが早かっただけだよ。僕は虚ろな心を持っている。もう一人の僕が虚ろな僕をただじっと見つめている。僕の本体は見つめている僕なんじゃないか、と思うのだけど、体が動くのは地面にのびている僕だった。おかしな感じ。
おそらく腕の骨が折れた。お兄さんは涙をこぼして嗚咽した。どうして。本当に馬鹿だなぁ。死なない程度に痛めつけられた僕は犬小屋のような檻に押し込まれる。喉が渇いた。どうしても我慢しきれない。自分の鼻血を口にして、不味くて唾を吐いた。鉄臭い。
意地悪ばかりする見張りの人に、水が飲めないと死んでしまうと伝えた。死ぬと、死んだ近くのどこかで目を覚ますのだが、それが檻の外であることが多いため……というか檻が小さいのでほとんど外である故に、脱走、報復、などの危険の防止で僕達三人は中々殺されない。死なない。死ぬよりも辛い。
「真水を飲むか?」
今日の見張りは優しい人だった。なんていうのは冗談だ。希望者がやるこの見張りは、ひしゃげた根性のどうしようもない加虐者ばかりだ。子供の残酷さと、大人の嫌なところを、どちらも持っている中間のタチ悪い奴。真水を飲むなら先にこれ、と、檻の下部にある勝手口からお皿が入れられた。中には、白っぽいピンクでそこそこな大きさの、無数の皺の入った半球型の何か。皺の間に赤い血が残っていて、僅かに甘い匂いがする。これを食べきったら真水が飲める。これは何? って僕は疲れて思考できない。コウも、ケイジも、水が飲みたいのか、三等分しろとか言って騒ぐ。要望が通って三等分されたそれを、口にするのにすごく抵抗があった。
味はまろやかで、柔らかかった。モツ特有の生臭さに慣れない。一口、二口、と食べ進めていく内に、どんどん咀嚼が遅くなっていった。
でも僕は水が飲みたかった。カップ一杯でなくても、手のひらに貯められるくらいの水で構わないから。焼けた喉を潤してほしい。なんだかわからないモツを喉奥に押し込んで無理矢理飲み込む。ねえ! 食べたよ! 見張りは僕に一杯の水をくれた。
水をゆっくりと飲んだ。次水が貰えるのがいつになるかわからない。泥の無い水はここしばらく飲んでいなかった。その美味しいことといったら。喉を伝い落ちていく水が、僕の体に溶け込んでいく。
檻の外の村人が、神妙な顔をして檻の前に何か置いた。夢中で水を舐めていた僕は最初気付かなかった。レネ、よく見ろ。そう声をかけられて、初めてそちらを見ると、赤い……赤くて白い獲物がいた。森の獣を狩ったのか、と思ったが、よくよく見ると、布切れを纏っている。毛皮ではない。
勿体つけなくてもいい、もうわかるだろう。でも認めたくない自分がいる。
バックリと割れた頭骨の中にあるべきものがない……。
「う、う゛ぇえ」
飛び出してきた。腹からすごい勢いで黄色い嘔吐物が口から噴き出す。両手で口元を抑え、下を向いた。嘔吐物が足にかからないように地面に吐く。顔中の穴という穴から液体が噴き出した。僕の愛する妹よ。一度でも幸せを願った、少女の死体。
白い腕、無残にさらけ出された胸、顔には、血や青痣、黒痣が残っている。変形しておでこのところから割れている頭から、スイカを連想した。可愛い顔も崩れている。中途半端に閉じた瞼。
なんてことを。そう言おうとしたけど、全然言葉にならなかった。
アンネの体が消えていく。僕の口に入ってしまったアンネの欠片も消えてくれただろうか。
檻の中の二人は、嘔吐もせずに慣れたような顔をしていた。
「今までの食事も彼女からの贈り物だよ。レネ、お前は罪と向き合わなくちゃならない」
向き合ってどうなるというのか。ただいたぶって楽しんでいるだけの連中に、何を差し出せば許される? 眉唾の自由なんて信じない。
許されることを望んでいない。僕は反省なんてしてない。僕は妹に足を贈っただけ。それで妹が苦しんだのなら、妹には悪かった。それだけ。それだけ。
僕は思考の迷宮に迷いこんだ。どうすれば許される? ここを出たいのか? でも僕は後悔も反省も! していない。ただ、もう、外に出して欲しかった。
無闇矢鱈と与えられる理不尽や、暴力。村人の嫌がらせは止まない。かつては仲良くやれていると思っていた人々も、すすり泣いていたり、顔を真っ赤にして怒っていたり、絶対に檻に近づかなかったり。その人自身が育てている林檎のように赤い顔で、目に涙を浮かべながら僕の腹を潰すように蹴りを入れるお兄さん。懐かしい頃を思い出して、パイが美味しかったなぁ、とぼんやり思った。振り下ろされた角材が割れて目に入りかけた。
「俺は結構、好きだったのに……」
モールスのことだろうか。知らなかった。それは悪いことをした。でも人は一人で死んでいくものだからね。お別れが早かっただけだよ。僕は虚ろな心を持っている。もう一人の僕が虚ろな僕をただじっと見つめている。僕の本体は見つめている僕なんじゃないか、と思うのだけど、体が動くのは地面にのびている僕だった。おかしな感じ。
おそらく腕の骨が折れた。お兄さんは涙をこぼして嗚咽した。どうして。本当に馬鹿だなぁ。死なない程度に痛めつけられた僕は犬小屋のような檻に押し込まれる。喉が渇いた。どうしても我慢しきれない。自分の鼻血を口にして、不味くて唾を吐いた。鉄臭い。
意地悪ばかりする見張りの人に、水が飲めないと死んでしまうと伝えた。死ぬと、死んだ近くのどこかで目を覚ますのだが、それが檻の外であることが多いため……というか檻が小さいのでほとんど外である故に、脱走、報復、などの危険の防止で僕達三人は中々殺されない。死なない。死ぬよりも辛い。
「真水を飲むか?」
今日の見張りは優しい人だった。なんていうのは冗談だ。希望者がやるこの見張りは、ひしゃげた根性のどうしようもない加虐者ばかりだ。子供の残酷さと、大人の嫌なところを、どちらも持っている中間のタチ悪い奴。真水を飲むなら先にこれ、と、檻の下部にある勝手口からお皿が入れられた。中には、白っぽいピンクでそこそこな大きさの、無数の皺の入った半球型の何か。皺の間に赤い血が残っていて、僅かに甘い匂いがする。これを食べきったら真水が飲める。これは何? って僕は疲れて思考できない。コウも、ケイジも、水が飲みたいのか、三等分しろとか言って騒ぐ。要望が通って三等分されたそれを、口にするのにすごく抵抗があった。
味はまろやかで、柔らかかった。モツ特有の生臭さに慣れない。一口、二口、と食べ進めていく内に、どんどん咀嚼が遅くなっていった。
でも僕は水が飲みたかった。カップ一杯でなくても、手のひらに貯められるくらいの水で構わないから。焼けた喉を潤してほしい。なんだかわからないモツを喉奥に押し込んで無理矢理飲み込む。ねえ! 食べたよ! 見張りは僕に一杯の水をくれた。
水をゆっくりと飲んだ。次水が貰えるのがいつになるかわからない。泥の無い水はここしばらく飲んでいなかった。その美味しいことといったら。喉を伝い落ちていく水が、僕の体に溶け込んでいく。
檻の外の村人が、神妙な顔をして檻の前に何か置いた。夢中で水を舐めていた僕は最初気付かなかった。レネ、よく見ろ。そう声をかけられて、初めてそちらを見ると、赤い……赤くて白い獲物がいた。森の獣を狩ったのか、と思ったが、よくよく見ると、布切れを纏っている。毛皮ではない。
勿体つけなくてもいい、もうわかるだろう。でも認めたくない自分がいる。
バックリと割れた頭骨の中にあるべきものがない……。
「う、う゛ぇえ」
飛び出してきた。腹からすごい勢いで黄色い嘔吐物が口から噴き出す。両手で口元を抑え、下を向いた。嘔吐物が足にかからないように地面に吐く。顔中の穴という穴から液体が噴き出した。僕の愛する妹よ。一度でも幸せを願った、少女の死体。
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なんてことを。そう言おうとしたけど、全然言葉にならなかった。
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