黒い塔

日暮マルタ

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ロルフ

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 重く軋む音を響かせて、塔の扉が開いた。弱い光が中を照らす。むわっとホコリやカビの匂いがした。いつぶりに開かれたのだろう、開いたドアの形にホコリが動く。
 幼い声の呻き声が聞こえる。苦しんで、誰かを呼んでいるようだ。呼ばれているのは僕だ! 僕の助けを妹が求めているのだ。
 僕はうわあとも、うおおとも聞こえる雄叫びをあげて、扉の中に突進した。光の差し込む塔の中に、横たわる少女がいた。埃が体に舞い落ちている。
「お兄ちゃん……」
 ピンクのリボンの髪飾りをつけた、腐りかけの少女がそこにいた。蛆がたかっている。妹だ……いや、本当に妹か? 僕は違和感を覚えた。でも、兄を求め泣くその子は、確かに『妹』だった。だから僕は、彼女を抱き寄せ、蛆を払う。
「もう大丈夫。兄ちゃんが、来たからな」
 格好つけて言った言葉は、焼けた声帯を震わせる。思わず手を離しそうになった。妹の腐った体から濃密な悪臭がして、僕の鼻はツンと奥が痛くなる。だけど、だけどやっと会えた妹。僕は縋るように妹を抱きしめて閉じ込める。柔らかすぎる体は今にも崩れ落ちそうだ。もぞもぞと動く虫たちの感触も、きっと妹の一部。
 
「はい。おめでとう。兄妹揃って良かったね。もういい? 早く出て行って」
 ユストゥスは冷たく言い放つ。僕は妹を抱き上げる。随分軽い。妹のいた、石の床は、酷い匂いのする粘着質な液で濡れていた。どす黒い液が染みを作っている。
 僕はユストゥスの望み通り、外に出て行こうとした。抱えた妹の柔らかい臓物に手が沈む。下半身が無いようだ。
 鍵を開けてくれてありがとう……そんなことを思いながら塔を出た。ぽつりと頬に何かが当たる。それは一回どころの話ではなく、ぽつりぽつりとどんどん増えていく。
 雨……。鈴のような美しい声が言った。声だけの人物、おそらくマルタが。見上げれば、真っ黒な空からコールタールのような雨がこぼれていた。寒いよ。妹が言った。グズグズに柔らかい手が僕の首に回り、縋り付いてくる。……こいつは誰だ? 妹ではない……いや、いや! 兄を求めている、妹、ならば僕が兄として側にいなければ!
 本当はわかっていた。僕の探している妹じゃないことを。あの子は、一体今どこにいるんだろう。お腹を空かしていなければいい。冷たい雨に、濡れていなければいい。
「……雨の間くらい、城にいれば」
 酷く冷めた目でユストゥスが言った。雨の中ユストゥスはマルタの手を握って城へ帰る。雨はマルタの形に水滴を避けていた。
 僕も悩んだけどユストゥスについていった。雨の間、滞在を許されたのだろう。もう殺されることはないはずだ。
「兄ちゃん、お兄ちゃん……」
 歩くたびにピンクの髪飾りが揺れる。
 
「ああ、ユストゥス」
 城の入り口に一人、色素の薄い少年が立っていた。神秘を思わせる艶めいた青のフード。何かの儀式に使いそうな、重苦しい服装をしていた。白すぎる肌はいっそ気持ち悪いぐらい透き通りそうに見える。大きな目に肩くらいまである黒髪が女性的だが、ボーイソプラノの声で喋る。その彼が僕達を一瞬見て、すぐユストゥスに声をかけた。
「ロルフ? 何」
 ユストゥスは眉をひそめて対応する。お前がここにいるのは異端だ、といった様子で。
「何か撒き餌みたいなことした? 森の獣が酷く興奮しているんだけど」
 くすり、と笑い声が聞こえた。愛おしげにユストゥスが空間を撫でる。
 撒き餌、というのは十中八九僕のことだろう。僕の死体はどこにいったんだ? この身体は僕のものなのか……。
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