6 / 27
城の住民
しおりを挟む テラは門番のような形で居住を許されているという。城の地下深くには、巨大な白い壁の迷宮があった。その迷宮へ行くには、テラのいる部屋を必ず通らなければいけない。迷宮に入ることを制限されているのか、と僕は思った。そんなことはないとテラは言う。テラがその部屋にいるのは、迷宮の中に迷い込んだ獣や害のある敵を閉じ込めておくようにするためだった。
「あの二人の作る王国に、敵はいらないんだって」
だから城の入り口付近にも、獣を避けるための神官が門番としているらしい。
「あの二人、ってやっぱり透明の人が一人いるんだね。僕……殺されかけた……」
違う。殺された。それが生き返っただなんて信じてもらえないと思って、こんな表現をした。
テラは話しやすい相手だった。アーモンド型の目がくりくりと好奇心旺盛そうに光り、癖のあるブロンドの髪が少し痛んでいる。あの美少年よりもはるかに親しみが持てた。テラはよく光るナイフを布で磨きながら話した。
「そりゃマルタだな。透明なのはマルタ。その恋人がユストゥスだよ。王国の邪魔をすると怒るから気を付けろ」
「マルタ……ユストゥス……」
僕はここに辿りついた理由を思い出した。もう死にたくなかったのだ。あの二人に殺されないためには、安全に妹を見つけるためには何が要るのかテラに尋ねた。
「鍵がかかってたならユストゥスに言えばいい。部外者嫌いだからな、追い出すためなら協力するだろうよ」
でも、そんなの見つけてどうするんだ?
僕はユストゥスを探しに出かけた。下りはあんなに長かった階段が、登りはたったの数段だった。テラはナイフを左右に振ってまたなと挨拶してくれた。
真っ黒な空からこれまた黒い水がバシャバシャと落ちていた。雨だった。ぬかるんだ土に足を取られながら走り抜けて、城内へ転がり込んだ。濡れて嫌な気分だ。歩くと質の悪い僕の靴からべちゃべちゃな音がする。静かすぎる城内に僕の足音だけがする。
テラはここを王国と言っていた。あの二人の王国。何が王国だよ。子供のくせに。王のつもりか、女王のつもりか。たった二人で、馬鹿馬鹿しい。
壊れた偶像の並ぶ部屋に出た。首や肩を破損している像が無数にある。どういうわけか、雨だったはずなのにも関わらずここだけは明るかった。天窓から美しい光が差し込み、眠った部屋に時の止まるような凍てついた印象を与えている。ここにあの美少年、ユストゥスの姿はない。ただ少し前から、僕の後ろをついて歩く足音がしていた。
「マルタ」
足音が止まる。僕をかまどに押し込んだ女の子。静かに歌っていた窓際の少女。姿の見えない人。いつから後をついてきたんだろうか。ひしひしと敵意を感じる。
「マルタとユストゥスの邪魔はしない。僕は、妹を探してるだけ。塔の鍵が欲しいんだ」
振り向いてみるが誰も見えない。だが鈴のような声がした。
「案内してあげる。私の声の方へ」
ひたひた、足音がする。
「マルタ。マルタ。どこにいるの、離れないで……マルタ……」
切ない声が壁に吸い込まれて消える。王宮内に生えた木の上で硝子の小鳥が沈黙していた。
「ユストゥス、私はここ。ねえ、この子、塔の鍵が欲しいんだって」
それさえあれば消えてくれるって。言外にそのようなことを思われているのかもしれない。ユストゥスは安心したように笑顔を見せ(もちろんその笑顔は僕に向けられたものじゃない)、見えないマルタの手を取った。
「鍵? あぁ……」
ユストゥスはマルタも連れて、塔に同行するようだ。彼の手の鍵束は大きくまとめられている。
「あの二人の作る王国に、敵はいらないんだって」
だから城の入り口付近にも、獣を避けるための神官が門番としているらしい。
「あの二人、ってやっぱり透明の人が一人いるんだね。僕……殺されかけた……」
違う。殺された。それが生き返っただなんて信じてもらえないと思って、こんな表現をした。
テラは話しやすい相手だった。アーモンド型の目がくりくりと好奇心旺盛そうに光り、癖のあるブロンドの髪が少し痛んでいる。あの美少年よりもはるかに親しみが持てた。テラはよく光るナイフを布で磨きながら話した。
「そりゃマルタだな。透明なのはマルタ。その恋人がユストゥスだよ。王国の邪魔をすると怒るから気を付けろ」
「マルタ……ユストゥス……」
僕はここに辿りついた理由を思い出した。もう死にたくなかったのだ。あの二人に殺されないためには、安全に妹を見つけるためには何が要るのかテラに尋ねた。
「鍵がかかってたならユストゥスに言えばいい。部外者嫌いだからな、追い出すためなら協力するだろうよ」
でも、そんなの見つけてどうするんだ?
僕はユストゥスを探しに出かけた。下りはあんなに長かった階段が、登りはたったの数段だった。テラはナイフを左右に振ってまたなと挨拶してくれた。
真っ黒な空からこれまた黒い水がバシャバシャと落ちていた。雨だった。ぬかるんだ土に足を取られながら走り抜けて、城内へ転がり込んだ。濡れて嫌な気分だ。歩くと質の悪い僕の靴からべちゃべちゃな音がする。静かすぎる城内に僕の足音だけがする。
テラはここを王国と言っていた。あの二人の王国。何が王国だよ。子供のくせに。王のつもりか、女王のつもりか。たった二人で、馬鹿馬鹿しい。
壊れた偶像の並ぶ部屋に出た。首や肩を破損している像が無数にある。どういうわけか、雨だったはずなのにも関わらずここだけは明るかった。天窓から美しい光が差し込み、眠った部屋に時の止まるような凍てついた印象を与えている。ここにあの美少年、ユストゥスの姿はない。ただ少し前から、僕の後ろをついて歩く足音がしていた。
「マルタ」
足音が止まる。僕をかまどに押し込んだ女の子。静かに歌っていた窓際の少女。姿の見えない人。いつから後をついてきたんだろうか。ひしひしと敵意を感じる。
「マルタとユストゥスの邪魔はしない。僕は、妹を探してるだけ。塔の鍵が欲しいんだ」
振り向いてみるが誰も見えない。だが鈴のような声がした。
「案内してあげる。私の声の方へ」
ひたひた、足音がする。
「マルタ。マルタ。どこにいるの、離れないで……マルタ……」
切ない声が壁に吸い込まれて消える。王宮内に生えた木の上で硝子の小鳥が沈黙していた。
「ユストゥス、私はここ。ねえ、この子、塔の鍵が欲しいんだって」
それさえあれば消えてくれるって。言外にそのようなことを思われているのかもしれない。ユストゥスは安心したように笑顔を見せ(もちろんその笑顔は僕に向けられたものじゃない)、見えないマルタの手を取った。
「鍵? あぁ……」
ユストゥスはマルタも連れて、塔に同行するようだ。彼の手の鍵束は大きくまとめられている。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
悪魔の園児、血まみれの復讐劇
おちんぽ文豪
ホラー
天使のような園児・コトが、地獄の力によっていじめっ子たちへの凄惨な復讐劇を開始。園は血塗れ地獄絵図に。さらに強大な力を求め、異世界との門を開き、悪魔たちと契約。強大な力と狂気が融合したアズの運命は? 血まみれ復讐劇の幕開け。
神送りの夜
千石杏香
ホラー
由緒正しい神社のある港町。そこでは、海から来た神が祀られていた。神は、春分の夜に呼び寄せられ、冬至の夜に送り返された。しかしこの二つの夜、町民は決して外へ出なかった。もし外へ出たら、祟りがあるからだ。
父が亡くなったため、彼女はその町へ帰ってきた。幼い頃に、三年間だけ住んでいた町だった。記憶の中では、町には古くて大きな神社があった。しかし誰に訊いても、そんな神社などないという。
町で暮らしてゆくうち、彼女は不可解な事件に巻き込まれてゆく。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
きらさぎ町
KZ
ホラー
ふと気がつくと知らないところにいて、近くにあった駅の名前は「きさらぎ駅」。
この駅のある「きさらぎ町」という不思議な場所では、繰り返すたびに何か大事なものが失くなっていく。自分が自分であるために必要なものが失われていく。
これは、そんな場所に迷い込んだ彼の物語だ……。
わたしたちの楽園
栗須帳(くりす・とばり)
ホラー
就職を機に都会に越してきた楓。彼女が住むのはマンション「楽園」。
「一人はみんなの為に、みんなは一人の為に」集会場に大きく掲げられた言葉通り、ここの住人は皆優しく親切で、何も分からない楓に親身になって接してくれた。不安だった新生活に希望を見出した楓は、ここから新しい人生をスタートするんだ、そう決意するのだった。しかし……
全12話です。
これ友達から聞いた話なんだけど──
家紋武範
ホラー
オムニバスホラー短編集です。ゾッとする話、意味怖、人怖などの詰め合わせ。
読みやすいように千文字以下を目指しておりますが、たまに長いのがあるかもしれません。
(*^^*)
タイトルは雰囲気です。誰かから聞いた話ではありません。私の作ったフィクションとなってます。たまにファンタジーものや、中世ものもあります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる