黒い塔

日暮マルタ

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城の住民

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 テラは門番のような形で居住を許されているという。城の地下深くには、巨大な白い壁の迷宮があった。その迷宮へ行くには、テラのいる部屋を必ず通らなければいけない。迷宮に入ることを制限されているのか、と僕は思った。そんなことはないとテラは言う。テラがその部屋にいるのは、迷宮の中に迷い込んだ獣や害のある敵を閉じ込めておくようにするためだった。
「あの二人の作る王国に、敵はいらないんだって」
 だから城の入り口付近にも、獣を避けるための神官が門番としているらしい。
「あの二人、ってやっぱり透明の人が一人いるんだね。僕……殺されかけた……」
 違う。殺された。それが生き返っただなんて信じてもらえないと思って、こんな表現をした。
 テラは話しやすい相手だった。アーモンド型の目がくりくりと好奇心旺盛そうに光り、癖のあるブロンドの髪が少し痛んでいる。あの美少年よりもはるかに親しみが持てた。テラはよく光るナイフを布で磨きながら話した。
「そりゃマルタだな。透明なのはマルタ。その恋人がユストゥスだよ。王国の邪魔をすると怒るから気を付けろ」
「マルタ……ユストゥス……」
 僕はここに辿りついた理由を思い出した。もう死にたくなかったのだ。あの二人に殺されないためには、安全に妹を見つけるためには何が要るのかテラに尋ねた。
「鍵がかかってたならユストゥスに言えばいい。部外者嫌いだからな、追い出すためなら協力するだろうよ」
 でも、そんなの見つけてどうするんだ?
 僕はユストゥスを探しに出かけた。下りはあんなに長かった階段が、登りはたったの数段だった。テラはナイフを左右に振ってまたなと挨拶してくれた。
 
 真っ黒な空からこれまた黒い水がバシャバシャと落ちていた。雨だった。ぬかるんだ土に足を取られながら走り抜けて、城内へ転がり込んだ。濡れて嫌な気分だ。歩くと質の悪い僕の靴からべちゃべちゃな音がする。静かすぎる城内に僕の足音だけがする。
 テラはここを王国と言っていた。あの二人の王国。何が王国だよ。子供のくせに。王のつもりか、女王のつもりか。たった二人で、馬鹿馬鹿しい。
 壊れた偶像の並ぶ部屋に出た。首や肩を破損している像が無数にある。どういうわけか、雨だったはずなのにも関わらずここだけは明るかった。天窓から美しい光が差し込み、眠った部屋に時の止まるような凍てついた印象を与えている。ここにあの美少年、ユストゥスの姿はない。ただ少し前から、僕の後ろをついて歩く足音がしていた。
「マルタ」
 足音が止まる。僕をかまどに押し込んだ女の子。静かに歌っていた窓際の少女。姿の見えない人。いつから後をついてきたんだろうか。ひしひしと敵意を感じる。
「マルタとユストゥスの邪魔はしない。僕は、妹を探してるだけ。塔の鍵が欲しいんだ」
 振り向いてみるが誰も見えない。だが鈴のような声がした。
「案内してあげる。私の声の方へ」
 ひたひた、足音がする。
 
「マルタ。マルタ。どこにいるの、離れないで……マルタ……」
 切ない声が壁に吸い込まれて消える。王宮内に生えた木の上で硝子の小鳥が沈黙していた。
「ユストゥス、私はここ。ねえ、この子、塔の鍵が欲しいんだって」
 それさえあれば消えてくれるって。言外にそのようなことを思われているのかもしれない。ユストゥスは安心したように笑顔を見せ(もちろんその笑顔は僕に向けられたものじゃない)、見えないマルタの手を取った。
「鍵? あぁ……」
 ユストゥスはマルタも連れて、塔に同行するようだ。彼の手の鍵束は大きくまとめられている。
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