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目覚め
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寒さで目を覚ますと、暗い森の中に横たわっていた。風が無遠慮に体に吹き荒ぶ。陽の光が入り込まない樹林の中で、葉が擦れる音を聞いていた。背中に当たる地面の凹凸が、石があるのだろう、じんわりと鈍痛を残す。僕は妹を探していた。
不気味な唸り声が四方から聞こえる。よくよく耳を傾けてみると、なんだか人の声にも思える。わからないはずの言葉が、具体性を帯びて輪郭を作り上げるのを予想してしまった。そしてそれが本当のことだとなんとなくわかっていた。僕は立ちあがる。カラスかコウモリか、何かが飛び立った。
鬱蒼と茂る木々を掻き分けて、あてもなく進んだ。押しのけた枝が僕の体を鋭く叩く。探している妹の顔を思い出そうと記憶を巡らせるが、モヤがかかったように思いだせない。森は僕を歓迎しないようで、いつまでも行く手を阻む。酷く悪趣味な囲いの檻にいるような気がした。ほんの少しの身じろぎで、僕の皮膚は裂けて血が滲む。寒さがいっそ救いだった。痛みが誤魔化されるから。
ふいに視界がひらけた。獣道を見つけた。大人よりも大きい動物が通った形に木が歪められている。ほのかに獣の悪臭が匂った。僕は迷わず獣道を進んだ。喉が渇いていた。辿れば水場に着くかもしれないと思った。
進むにつれて悪臭は段々と濃くなっていった。生臭い汗と鉄の臭い、胃の内容物をぶちまけて保温し続けたみたいなおぞましさ。広い道に出た。人が手入れした跡がある。その道に黒い何かはいた。その獣は静かに座り込んで前足を器用に動かし、鉄……血の匂いのする袋に組み付いていた。袋? いや、あれは人だ。血が飛び散っている。肉を切り裂いて咀嚼する音が耳に響く。獣の尾は二本あり、真っ黒い毛皮に草木が付着していた。獣は人を貪るのに夢中だが、僕がじゃり、と足音を立てたから耳をピンと立てて顔を上げた。僕は息の音にも気を付けて、いないように振舞った。気づかれてはいけない。
獣はゆっくりと死体から離れ、こちらに歩いてきた。僕は思わず声が出そうになって、そっとその音を殺した。獣は四足で犬のようだったが、正面から見ると、トンボや虫の目のように、いくつもの眼球が集合した腫瘍にも見える目があった。僕は草木を揺らさないようにじっと隠れて、葉に身を隠した。
獣が一歩、また一歩と近付いてくるたび、僕の心臓の音は速くなる。見つかったらどうなるのか。あの血と肉の詰まった皮袋のように、骨や臓物をぶちまけて死んでしまうのか。逃げられるほど足に自信がない。震えをおさえつけて、手を組み何かに祈った。獣が目の前まで来る……むわっと鼻腔を悪臭が通り、肺の中いっぱいに悪臭が満ちた。生臭くて、嘔吐きそう。体内に汚れた酸素が回る。目をつぶっている内に、臭いが遠のいていった。僕は縋るように手と手を握り合わせて、しばらくその場から動かなかった。
震えが治まった頃、おずおずと獣の行った方向を見る。獣の姿は見当たらない。僕は獣がやってきた方向に歩いていった。こっちに行けば遭遇しないはず。死体が落ちていて、赤くて臭い血が水たまりを広げていた。うつぶせに倒れるような形で、手の爪にはもがいたのだろう、土が詰まっていた。髪が短いから男じゃないかな。勇気をだして触ってみたら、もう随分と冷えていて、固くなっていた。薄気味悪い。人間だったもの。水や食料を持ってはいないだろうか、と所持品を漁る。僕はここで倒れるわけにはいかない。死体から手に入れた血まみれのパンをちぎって口にし、少ない水で流し込んだ。
不気味な唸り声が四方から聞こえる。よくよく耳を傾けてみると、なんだか人の声にも思える。わからないはずの言葉が、具体性を帯びて輪郭を作り上げるのを予想してしまった。そしてそれが本当のことだとなんとなくわかっていた。僕は立ちあがる。カラスかコウモリか、何かが飛び立った。
鬱蒼と茂る木々を掻き分けて、あてもなく進んだ。押しのけた枝が僕の体を鋭く叩く。探している妹の顔を思い出そうと記憶を巡らせるが、モヤがかかったように思いだせない。森は僕を歓迎しないようで、いつまでも行く手を阻む。酷く悪趣味な囲いの檻にいるような気がした。ほんの少しの身じろぎで、僕の皮膚は裂けて血が滲む。寒さがいっそ救いだった。痛みが誤魔化されるから。
ふいに視界がひらけた。獣道を見つけた。大人よりも大きい動物が通った形に木が歪められている。ほのかに獣の悪臭が匂った。僕は迷わず獣道を進んだ。喉が渇いていた。辿れば水場に着くかもしれないと思った。
進むにつれて悪臭は段々と濃くなっていった。生臭い汗と鉄の臭い、胃の内容物をぶちまけて保温し続けたみたいなおぞましさ。広い道に出た。人が手入れした跡がある。その道に黒い何かはいた。その獣は静かに座り込んで前足を器用に動かし、鉄……血の匂いのする袋に組み付いていた。袋? いや、あれは人だ。血が飛び散っている。肉を切り裂いて咀嚼する音が耳に響く。獣の尾は二本あり、真っ黒い毛皮に草木が付着していた。獣は人を貪るのに夢中だが、僕がじゃり、と足音を立てたから耳をピンと立てて顔を上げた。僕は息の音にも気を付けて、いないように振舞った。気づかれてはいけない。
獣はゆっくりと死体から離れ、こちらに歩いてきた。僕は思わず声が出そうになって、そっとその音を殺した。獣は四足で犬のようだったが、正面から見ると、トンボや虫の目のように、いくつもの眼球が集合した腫瘍にも見える目があった。僕は草木を揺らさないようにじっと隠れて、葉に身を隠した。
獣が一歩、また一歩と近付いてくるたび、僕の心臓の音は速くなる。見つかったらどうなるのか。あの血と肉の詰まった皮袋のように、骨や臓物をぶちまけて死んでしまうのか。逃げられるほど足に自信がない。震えをおさえつけて、手を組み何かに祈った。獣が目の前まで来る……むわっと鼻腔を悪臭が通り、肺の中いっぱいに悪臭が満ちた。生臭くて、嘔吐きそう。体内に汚れた酸素が回る。目をつぶっている内に、臭いが遠のいていった。僕は縋るように手と手を握り合わせて、しばらくその場から動かなかった。
震えが治まった頃、おずおずと獣の行った方向を見る。獣の姿は見当たらない。僕は獣がやってきた方向に歩いていった。こっちに行けば遭遇しないはず。死体が落ちていて、赤くて臭い血が水たまりを広げていた。うつぶせに倒れるような形で、手の爪にはもがいたのだろう、土が詰まっていた。髪が短いから男じゃないかな。勇気をだして触ってみたら、もう随分と冷えていて、固くなっていた。薄気味悪い。人間だったもの。水や食料を持ってはいないだろうか、と所持品を漁る。僕はここで倒れるわけにはいかない。死体から手に入れた血まみれのパンをちぎって口にし、少ない水で流し込んだ。
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