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一日の終わり
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今日は学校を休むように言われた。目玉焼きを焼きながら、父が気怠げに言葉を紡ぐ。
「前々から言ってきたけど、お前な、今日辺りラストだぞ。父さんが調達してもいいけど、いつかは独り立ちするんだから、自分で調達してこいよ」
焼けた目玉焼きが食卓に並び、席に着く。曖昧な返事をしておく。父親は非常に興味無さそうな態度で、諦めたかのような投げやりさがある。ちら、ちら、と顔を見られるのも、見納めだとでも思われているのかもしれない。
父親は食人鬼だ。その娘である私もそうだ。人を食わねば生きていけない。ただ、人肉というのはコスパが良いようで、一度食べると十五年は食べなくて済む。私のことは十五年前に母親が身を挺して延命したのだと父親が言っていた。
学校には連絡しておくから、と父親が勝手に電話をし始めた。悔いなく過ごせよ、と言い残し、彼は職場に出かける。
自室のベッドに座る。今日も学校に行こうと思っていたんだけどな。どうやって過ごそうか考えながら、なんとなく、一番気に入っていた私服に着替えた。まだ朝早い。携帯で恋人に、今日一日付き合ってくれないか、とメールした。学校で? と言われるので、欠席して、と伝えると、「無理! 部活あるし! 笑」と返ってくる。
まあそうだよな……。健全な学生だ。
仕方なく、一人で出かけた。あてもなく出歩くと、いつの間にやら、よく遊びに来ていたショッピングモールに辿り着く。友達や同級生と、楽しく遊んでいた場所だ。
いつも賑やかな場所だが、今日はやけに子連れの母親が多い。肘に買い物袋とバッグを提げて重そうにしながら、車通りの多い場所ではずっと子供の手を握っている。
ぼんやりと歩いていたら、急に肩を掴まれた。ぎょっとして振り向くと、いわゆる「おまわりさん」といった格好の男性二人が睨んでいた。
「学校は?」
しどろもどろになりながら、開校記念日だと答えた。今日は特に、警察には会いたくなかった。何も悪いことはしていない、まだ。
警察は相当怪しんで、どこの学校だとか聞いてきた。私は必死に、親の許可があります、親に電話してくれればわかります、と携帯の電話帳を開いて押しつけたりしていた。すると警察は電話することもなく、睨みながら私を解放した。
なんとなく日影に移動して一息吐く。そして子連れの母親が多いのは、平日の午前だからだ、と気付いた。世の中はなんて窮屈なんだ。
その後は思いつく限りの贅沢を尽くし、警察や人の目に怯え、むなしくなって登校した。欠席連絡のあった私が登校したので、先生は驚いていたが、同級生は安心したように喜んでくれた。少し寂しい気持ち以外は、驚くほどいつも通りの時間が過ぎていった。
夕陽に照らされた、赤い道を歩く。左隣の恋人は、時々右手を私の左手にぶつけてくるが、握ってはこない。アピールが煩わしい。
「今日で最後かもしれない」
唐突に思われただろうか。そうだろうな。恋人は焦ったように、どうしたのか、俺が何かしたか、と聞いてくる。
例え話だと前置きして、私がもし、人を食わないと生きられないとしたらどうする? と聞いた。言いながら、馬鹿馬鹿しい話だと思った。
彼は思いの外真剣そうに、「もしお前がそうなら、その時は俺を食えよ」と言った。
真摯な気持ちを伝えようと、ただそれだけの言葉だ。中身なんてない。私の例え話を信じてもいない。仮初の、真摯な気持ちだ。軽薄な言葉だ。
「できないよ」
だから少し笑ってしまった。私の言葉は、どれだけ吐き出しても誰にも届かず、何の意味を得ることもできないのだ。
私が笑ったから、彼氏も笑った。
「俺達、別れないよな」
彼は安心していたようだ。眩しい夕陽はもう完全に沈み、何かが終わっていく。
父親が私をからかっているのかと思ったことは何度かある。だけど、何度か家で見かけた、白い大きな毛の生えていない肉は、どうやら現実の物らしい。父親の兄や親戚が遊びに来た時、私は自室に引きこもっていた。宴会の後の台所は、生臭い。
私が家に帰った時、父親は既に家にいた。なぜ制服を着ているんだ、と呆れられる。
自室で着替えて、学校の宿題をした。明日からも日々が続きそうな気がした。それか、最後までいつもと同じことをしていたかったのかもしれない。現実味がない。
いつものように父親が居間から私を呼ぶ声がして、食卓に着いた。どうせ駄目だったんだろうけど、という明らかな落胆を声色に隠さないまま「どうだった」と父が問う。
勝手に目が泳いだ。ごまかすように少し微笑む。
「私は人が好きだから」
「そうか……」
父親は大きなため息をついて、ナイフを動かした。お前の母親も人が好きだった、母親は食人鬼ではなかったと、いつかも話してくれた思い出話をぼやくように呟く。
「お前達が人を好きなように、俺だって家族が好きなんだよ」
そういえば今日の夕食は肉だった。なんだか懐かしい味がする。
「前々から言ってきたけど、お前な、今日辺りラストだぞ。父さんが調達してもいいけど、いつかは独り立ちするんだから、自分で調達してこいよ」
焼けた目玉焼きが食卓に並び、席に着く。曖昧な返事をしておく。父親は非常に興味無さそうな態度で、諦めたかのような投げやりさがある。ちら、ちら、と顔を見られるのも、見納めだとでも思われているのかもしれない。
父親は食人鬼だ。その娘である私もそうだ。人を食わねば生きていけない。ただ、人肉というのはコスパが良いようで、一度食べると十五年は食べなくて済む。私のことは十五年前に母親が身を挺して延命したのだと父親が言っていた。
学校には連絡しておくから、と父親が勝手に電話をし始めた。悔いなく過ごせよ、と言い残し、彼は職場に出かける。
自室のベッドに座る。今日も学校に行こうと思っていたんだけどな。どうやって過ごそうか考えながら、なんとなく、一番気に入っていた私服に着替えた。まだ朝早い。携帯で恋人に、今日一日付き合ってくれないか、とメールした。学校で? と言われるので、欠席して、と伝えると、「無理! 部活あるし! 笑」と返ってくる。
まあそうだよな……。健全な学生だ。
仕方なく、一人で出かけた。あてもなく出歩くと、いつの間にやら、よく遊びに来ていたショッピングモールに辿り着く。友達や同級生と、楽しく遊んでいた場所だ。
いつも賑やかな場所だが、今日はやけに子連れの母親が多い。肘に買い物袋とバッグを提げて重そうにしながら、車通りの多い場所ではずっと子供の手を握っている。
ぼんやりと歩いていたら、急に肩を掴まれた。ぎょっとして振り向くと、いわゆる「おまわりさん」といった格好の男性二人が睨んでいた。
「学校は?」
しどろもどろになりながら、開校記念日だと答えた。今日は特に、警察には会いたくなかった。何も悪いことはしていない、まだ。
警察は相当怪しんで、どこの学校だとか聞いてきた。私は必死に、親の許可があります、親に電話してくれればわかります、と携帯の電話帳を開いて押しつけたりしていた。すると警察は電話することもなく、睨みながら私を解放した。
なんとなく日影に移動して一息吐く。そして子連れの母親が多いのは、平日の午前だからだ、と気付いた。世の中はなんて窮屈なんだ。
その後は思いつく限りの贅沢を尽くし、警察や人の目に怯え、むなしくなって登校した。欠席連絡のあった私が登校したので、先生は驚いていたが、同級生は安心したように喜んでくれた。少し寂しい気持ち以外は、驚くほどいつも通りの時間が過ぎていった。
夕陽に照らされた、赤い道を歩く。左隣の恋人は、時々右手を私の左手にぶつけてくるが、握ってはこない。アピールが煩わしい。
「今日で最後かもしれない」
唐突に思われただろうか。そうだろうな。恋人は焦ったように、どうしたのか、俺が何かしたか、と聞いてくる。
例え話だと前置きして、私がもし、人を食わないと生きられないとしたらどうする? と聞いた。言いながら、馬鹿馬鹿しい話だと思った。
彼は思いの外真剣そうに、「もしお前がそうなら、その時は俺を食えよ」と言った。
真摯な気持ちを伝えようと、ただそれだけの言葉だ。中身なんてない。私の例え話を信じてもいない。仮初の、真摯な気持ちだ。軽薄な言葉だ。
「できないよ」
だから少し笑ってしまった。私の言葉は、どれだけ吐き出しても誰にも届かず、何の意味を得ることもできないのだ。
私が笑ったから、彼氏も笑った。
「俺達、別れないよな」
彼は安心していたようだ。眩しい夕陽はもう完全に沈み、何かが終わっていく。
父親が私をからかっているのかと思ったことは何度かある。だけど、何度か家で見かけた、白い大きな毛の生えていない肉は、どうやら現実の物らしい。父親の兄や親戚が遊びに来た時、私は自室に引きこもっていた。宴会の後の台所は、生臭い。
私が家に帰った時、父親は既に家にいた。なぜ制服を着ているんだ、と呆れられる。
自室で着替えて、学校の宿題をした。明日からも日々が続きそうな気がした。それか、最後までいつもと同じことをしていたかったのかもしれない。現実味がない。
いつものように父親が居間から私を呼ぶ声がして、食卓に着いた。どうせ駄目だったんだろうけど、という明らかな落胆を声色に隠さないまま「どうだった」と父が問う。
勝手に目が泳いだ。ごまかすように少し微笑む。
「私は人が好きだから」
「そうか……」
父親は大きなため息をついて、ナイフを動かした。お前の母親も人が好きだった、母親は食人鬼ではなかったと、いつかも話してくれた思い出話をぼやくように呟く。
「お前達が人を好きなように、俺だって家族が好きなんだよ」
そういえば今日の夕食は肉だった。なんだか懐かしい味がする。
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