一日の終わり

日暮マルタ

文字の大きさ
上 下
1 / 1

一日の終わり

しおりを挟む
 今日は学校を休むように言われた。目玉焼きを焼きながら、父が気怠げに言葉を紡ぐ。
「前々から言ってきたけど、お前な、今日辺りラストだぞ。父さんが調達してもいいけど、いつかは独り立ちするんだから、自分で調達してこいよ」
 焼けた目玉焼きが食卓に並び、席に着く。曖昧な返事をしておく。父親は非常に興味無さそうな態度で、諦めたかのような投げやりさがある。ちら、ちら、と顔を見られるのも、見納めだとでも思われているのかもしれない。
 父親は食人鬼だ。その娘である私もそうだ。人を食わねば生きていけない。ただ、人肉というのはコスパが良いようで、一度食べると十五年は食べなくて済む。私のことは十五年前に母親が身を挺して延命したのだと父親が言っていた。
 学校には連絡しておくから、と父親が勝手に電話をし始めた。悔いなく過ごせよ、と言い残し、彼は職場に出かける。

 自室のベッドに座る。今日も学校に行こうと思っていたんだけどな。どうやって過ごそうか考えながら、なんとなく、一番気に入っていた私服に着替えた。まだ朝早い。携帯で恋人に、今日一日付き合ってくれないか、とメールした。学校で? と言われるので、欠席して、と伝えると、「無理! 部活あるし! 笑」と返ってくる。
 まあそうだよな……。健全な学生だ。
 仕方なく、一人で出かけた。あてもなく出歩くと、いつの間にやら、よく遊びに来ていたショッピングモールに辿り着く。友達や同級生と、楽しく遊んでいた場所だ。
 いつも賑やかな場所だが、今日はやけに子連れの母親が多い。肘に買い物袋とバッグを提げて重そうにしながら、車通りの多い場所ではずっと子供の手を握っている。
 ぼんやりと歩いていたら、急に肩を掴まれた。ぎょっとして振り向くと、いわゆる「おまわりさん」といった格好の男性二人が睨んでいた。
「学校は?」
 しどろもどろになりながら、開校記念日だと答えた。今日は特に、警察には会いたくなかった。何も悪いことはしていない、まだ。
 警察は相当怪しんで、どこの学校だとか聞いてきた。私は必死に、親の許可があります、親に電話してくれればわかります、と携帯の電話帳を開いて押しつけたりしていた。すると警察は電話することもなく、睨みながら私を解放した。
 なんとなく日影に移動して一息吐く。そして子連れの母親が多いのは、平日の午前だからだ、と気付いた。世の中はなんて窮屈なんだ。
 その後は思いつく限りの贅沢を尽くし、警察や人の目に怯え、むなしくなって登校した。欠席連絡のあった私が登校したので、先生は驚いていたが、同級生は安心したように喜んでくれた。少し寂しい気持ち以外は、驚くほどいつも通りの時間が過ぎていった。

 夕陽に照らされた、赤い道を歩く。左隣の恋人は、時々右手を私の左手にぶつけてくるが、握ってはこない。アピールが煩わしい。
「今日で最後かもしれない」
 唐突に思われただろうか。そうだろうな。恋人は焦ったように、どうしたのか、俺が何かしたか、と聞いてくる。
 例え話だと前置きして、私がもし、人を食わないと生きられないとしたらどうする? と聞いた。言いながら、馬鹿馬鹿しい話だと思った。
 彼は思いの外真剣そうに、「もしお前がそうなら、その時は俺を食えよ」と言った。
 真摯な気持ちを伝えようと、ただそれだけの言葉だ。中身なんてない。私の例え話を信じてもいない。仮初の、真摯な気持ちだ。軽薄な言葉だ。
「できないよ」
 だから少し笑ってしまった。私の言葉は、どれだけ吐き出しても誰にも届かず、何の意味を得ることもできないのだ。
 私が笑ったから、彼氏も笑った。
「俺達、別れないよな」
 彼は安心していたようだ。眩しい夕陽はもう完全に沈み、何かが終わっていく。

 父親が私をからかっているのかと思ったことは何度かある。だけど、何度か家で見かけた、白い大きな毛の生えていない肉は、どうやら現実の物らしい。父親の兄や親戚が遊びに来た時、私は自室に引きこもっていた。宴会の後の台所は、生臭い。
 私が家に帰った時、父親は既に家にいた。なぜ制服を着ているんだ、と呆れられる。
 自室で着替えて、学校の宿題をした。明日からも日々が続きそうな気がした。それか、最後までいつもと同じことをしていたかったのかもしれない。現実味がない。
 いつものように父親が居間から私を呼ぶ声がして、食卓に着いた。どうせ駄目だったんだろうけど、という明らかな落胆を声色に隠さないまま「どうだった」と父が問う。
 勝手に目が泳いだ。ごまかすように少し微笑む。
「私は人が好きだから」
「そうか……」
 父親は大きなため息をついて、ナイフを動かした。お前の母親も人が好きだった、母親は食人鬼ではなかったと、いつかも話してくれた思い出話をぼやくように呟く。
「お前達が人を好きなように、俺だって家族が好きなんだよ」
 そういえば今日の夕食は肉だった。なんだか懐かしい味がする。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

アスノヨゾラ哨戒班

古明地 蓮
現代文学
これまた有名曲な、アスノヨゾラ哨戒班と、キミノヨゾラ哨戒班を元にした小説です。 前編がアスノヨゾラ哨戒班で、後編がキミノヨゾラ哨戒班になります。 私の独自の解釈ですので、そのところはよろしくお願いします。

ぬくもり

氷上ましゅ。
現代文学
友達が家に遊びに来るので迎えに行った時に思いついた話に加筆してます。 同名の小説が自分のLINEVOOMにありますがそれに加筆してます。何卒。

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます

夏ノ宮萄玄
BL
 オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。  ――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。  懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。  義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

パリ15区の恋人

碧井夢夏
現代文学
付き合い始めて4か月。 実家暮らしの二人はまだ相手のことを深く知らない。 そんな時、休みが合ってパリに旅行をすることに。 文学が好きな彼女と建築が好きな彼。 芸術の都、花の都に降り立って過ごす数日間。 彼女には彼に言えない秘密があった。 全編2万字の中編小説です。 ※表紙や挿絵はMidjourneyで出力しました。

【完結】たぶん私本物の聖女じゃないと思うので王子もこの座もお任せしますね聖女様!

貝瀬汀
恋愛
ここ最近。教会に毎日のようにやってくる公爵令嬢に、いちゃもんをつけられて参っている聖女、フレイ・シャハレル。ついに彼女の我慢は限界に達し、それならばと一計を案じる……。ショートショート。※題名を少し変更いたしました。

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

パパのお嫁さん

詩織
恋愛
幼い時に両親は離婚し、新しいお父さんは私の13歳上。 決して嫌いではないが、父として思えなくって。

処理中です...