イマジンコード・オーバー・ザ・シンギュラリティ~少年は幻想魔剣の夢を見るか~

儀仗空論・紙一重

文字の大きさ
上 下
5 / 48
1.SINGULARITY

少年は魔剣の真髄を垣間見るか

しおりを挟む
「……我が工房へようこそ、全く歓迎いたしませんが」

「へえ、ここがルジネの秘密基地なんだ、意外と片付いてるじゃない」

「片付けられない女の代表みたいなお前にだけは言われたくねえ」

 渋々メグリを招き入れると、オレは壁に付いている工房の電源を乱暴にぶっ叩く。チカチカと数回点滅して抗議する古ぼけた白い明かりが工房全体を照らす。

 改めて見ると人を招くにはあまりにも狭いスペースだ。まあ、誰かを招待するための場所じゃないしな。

簡素な作業机と様々なガラクタで取っ散らかった作業台、それにちょっとした工具棚だけがある。幼なじみとはいえ、そんな場所に連れて来られた女の子は総じて幻滅だろうが。

「よくこんなところ見つけたね」

「こんなところだからこそ見つけたんだよ。誰ももう草と土と虫まみれの内殻なんて興味ないだろ?」

 ここはあの橋の下をさらに進んだ誰も気にすら留めないような場所にある。もっと進めば内殻にも行けるかもしれないな。頼まれたってぜってー行かねえけど。

「コイツを改造する」

「ねえ、ルジネ、そんなオモチャを弄るよりちゃんとお金貯めて身体改造しちゃった方がいいと思うけどな。そんなの時代遅れじゃん」

 まあ、完全にメグリのおっしゃる通りで、未練がましくバカなことをしているという自覚は確かにある。それ故に否定もできやしない。 

「ま、ある意味では革新的だよ」そう、オレの中ではな。

 作業台に乗せていたガラクタ共を何の感慨もなく脇にどける。もう、こいつらとはおさらばだ、短い付き合いだったけどそれじゃあな。

 そうして空いたスペースに右腕を覆っていた籠手を置き、そして、ポケットからジャンク屋からお借りしたパーツを取り出す。

「で、その気持ち悪い物体は何なの?」 

「は? これの魔力が見えないのか?」

「視えない、というか、これからはナノマシンの反応すらないわよ?」

「なんじゃそりゃ、メグリの魔眼も節穴かよ、あとでちゃんとメンテしてもらえよ」

 きしりきしりと蠢く超精密機器が垣間見える彼女の魔眼、“LOVE & JOY”は何でもお見通しの義眼だ。オレンジ色のLOVEで物の性質を視て、青眼のJOYで解析を行う。まあ、何でもかんでも視えすぎるのも不便らしくてしっかり制御はしているみたいだ。

 それがこのタイミングで不良なんて……あ、さっきの攪乱魔法か。やべ、もうこの話題には触れないでおこう。だけど、視覚機能はちゃんとしているのはなんだ、故障じゃないのか。

「そんなんじゃないわ、本当に何も視えないんだってば」

 ぶつぶつ文句言ってるポンコツのメグリは放っておいて、オレは早速作業に取り掛かる。

 本当なら明日にしようかと思っていたけど、どうやらオレもわくわくしているみたいだ。

 オレの世界はもうすぐ変わる。

 そのための力を手に入れた。

 なら、ぐっすりおやすみしてる場合じゃないだろ?

「それにしてもこれは元は一体何のパーツだったんだろうな、何かの欠片か?」

「ルジネにもわかんないんじゃん」

 メグリのことは無視して改めてまじまじと戦利品を眺めてみる。

 手のひらに収まってしまうほどの黒いパーツには回路も接続できそうな箇所もない。まるで巨大なオニキスを砕いたその欠片みたいだ。ん? 何か引っ掻いて刻まれた赤い紋様のようなものが表面にうっすらと光っている。何かの文字みたいにも見えるけどよくわからないな。

 こんな素材は見たこともない。

 だが、この血みたいにドス黒い欠片がとてつもない魔力を秘めているのは明らかだ。オレにはわかる、こいつはとんでもない物だ。

「触るんじゃないぞ、これは」

「言われなくても触らないよ、キモいもん」

 しかしながら。

 どこからどう見ても籠手の機構に接続できそうになくてパーツが組み込めない。

 せめてこの魔力だけでも抽出できるように。いや、これ自体を改造してしまうのも手かもしれない。

 などと悪戦苦闘するうちに。

「痛ッ!」

「だ、大丈夫!?」

「へ、平気だ、ちょっとひび割れで切っただけだ」

 手が滑って欠片のひび割れで指を切ってしまった。クソ、欠片に血が付いちまった。

 慌ててその辺の布切れで血を拭おうとしたその瞬間。

「な、なんだ!?」

 かたん。

 突然、欠片が痙攣する。 

 そして、欠片があたかも生きているかのようにぐじゅりと膿み出し、無数の黒い蛆虫がのたうつ蠢きで拡大していく。

「ひッ……」

 思わず飛び退くオレとメグリ。

 ぐちゃぐちゃと不快な音を立てて暗黒が広がり撒き散らされる光景は、いくらなんでも気持ち悪すぎる。

 そして。

 恐れおののくオレ達の目の前に姿を見せたのは。

「な、なんだ、これ……」



 それは、ーー漆黒の大剣。



 メグリの小柄な身体なら隠れてしまえそうなほど幅広な両刃はオレの身長くらい、大体170センチはあって、一筋の光すら呑み込んでしまいそうな絶望的に暗いオニキスブラックだった。

 あの欠片と同様のなめらかに輝く剣身には爪で引っ掻いて削ったようなおぞましい紋様が赤く刻まれていて、それは心臓の脈動が如くどくんどくんと淡く輝いていた。

 そんな大剣を握るための柄は無数の漆黒の骨を寄せ集めた意匠を施されていて。

 あまりにもグロテスクな様相。

「……ね、ねえ、これ、本当に聖遺物なの?」

「……知らねえよ」

 半ば呆然としながらぼそりと答える。

 それもそうだろ。

 そんなこと言われたってこんな気持ち悪い聖遺物なんて見たことも聞いたこともない。

 これは。こんなものは。

 きっと何か呪いのアイテムとか使用者の命を削る魔剣だ、そうに違いない。

 そうじゃなきゃいけない、そんな気さえするほどに、あまりにも、聖遺物、というイメージからはかけ離れすぎている。

 マジかよ、完全にハズレじゃないか。

「ルジネが未だに中二病を患っているとしてもさすがにこんなのをイメージするなんて」

「い、いや、オレじゃないって。誰がこんな気持ち悪いもんイメージするかよ」

 オレとメグリはおそるおそる近づいてみるけど、お互いなんとなく触れてみようとは思えず。

 腐乱死体なんて見たことないけど、作業台に乗せられた大剣を覗き込むオレ達の様子はまさにそういう不快なものを見ているような気分だった。

「っていうか、すごいエフェクトだったね、まるで本物みたいだったわよ」

「いや……」

 あの気持ち悪すぎる顕現が、そして、この指先に確かにじくじく感じる痛みがヴァーチャルだと?

 確かにオレは出血もしているが、そんなはずがない。これはただのエフェクト、あまりにもリアルだけど、たかがエフェクトだ。

 だけど。

 あの欠片は、籠手の中にはもうなかった。 

 ならば、この目の前にある大剣はなんだ?

 どうやって出力されたんだ? こいつから出ている魔力か?

 ……マジで何なんだよ、これ。

 ただただ目の前の不快感しか催さない魔剣を眺めているだけのオレの脳髄に。 

(そなたが新たなるわらわが主かや? ならばわらわをその心臓に突き刺すがよい)

「うわッ!?」

 突然。

 まるで地獄の底に引きずり込もうとする蠱惑的な悪魔の囁き。

 見え透いた罠に、それでもなお飛び込んでしまいそうになる甘美なる調べ。

 質の悪い催眠アプリにでもあてられたみたいに、くらくらりと思考が歪んでいく気がした。

「どうしたの?」

「……この聖遺物から声がした」

「それじゃあ、契約イベントに進むのね?」

「そ、そういうのもあるんだっけか」

「うん、聖遺物にもよるけどね」

 しかし、この大剣、いや、魔剣から発せられた声の通り、そのグロテスクな切っ先を心臓に突き刺すかどうかは。

 ……さすがに悩むだろ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

田舎の雑貨店~姪っ子とのスローライフ~

なつめ猫
ファンタジー
唯一の血縁者である姪っ子を引き取った月山(つきやま) 五郎(ごろう) 41歳は、住む場所を求めて空き家となっていた田舎の実家に引っ越すことになる。 そこで生活の糧を得るために父親が経営していた雑貨店を再開することになるが、その店はバックヤード側から店を開けると異世界に繋がるという謎多き店舗であった。 少ない資金で仕入れた日本製品を、異世界で販売して得た金貨・銀貨・銅貨を売り資金を増やして設備を購入し雑貨店を成長させていくために奮闘する。 この物語は、日本製品を異世界の冒険者に販売し、引き取った姪っ子と田舎で暮らすほのぼのスローライフである。 小説家になろう 日間ジャンル別   1位獲得! 小説家になろう 週間ジャンル別   1位獲得! 小説家になろう 月間ジャンル別   1位獲得! 小説家になろう 四半期ジャンル別  1位獲得! 小説家になろう 年間ジャンル別   1位獲得! 小説家になろう 総合日間 6位獲得! 小説家になろう 総合週間 7位獲得!

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ブレイブエイト〜異世界八犬伝伝説〜

蒼月丸
ファンタジー
異世界ハルヴァス。そこは平和なファンタジー世界だったが、新たな魔王であるタマズサが出現した事で大混乱に陥ってしまう。 魔王討伐に赴いた勇者一行も、タマズサによって壊滅してしまい、行方不明一名、死者二名、捕虜二名という結果に。このままだとハルヴァスが滅びるのも時間の問題だ。 それから数日後、地球にある後楽園ホールではプロレス大会が開かれていたが、ここにも魔王軍が攻め込んできて多くの客が殺されてしまう事態が起きた。 当然大会は中止。客の生き残りである東零夜は魔王軍に怒りを顕にし、憧れのレスラーである藍原倫子、彼女のパートナーの有原日和と共に、魔王軍がいるハルヴァスへと向かう事を決断したのだった。 八犬士達の意志を継ぐ選ばれし八人が、魔王タマズサとの戦いに挑む! 地球とハルヴァス、二つの世界を行き来するファンタジー作品、開幕! Nolaノベル、PageMeku、ネオページ、なろうにも連載しています!

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

処理中です...