引退魔王お忍び領地査察紀行

儀仗空論・紙一重

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8章:引退魔王敗れたり

魔生楽ありゃ苦もあるさ

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 何もかも失った。

 いや、まだふたりが死んだと決まったわけじゃない。きっと生きている。オフィーリアだってステラにこの重大な謀叛のことを伝えているはずだ。

 それでも、この喪失感は本物だ。

 高下駄を脱ぎ捨てて、鬱陶しい着物も無残に破られて、かんざしが抜け落ちた髪はぐしゃぐしゃ、今は全身ボロボロで酷い有り様だ。こんなの誰にも見せられぬ、薄い本されてしまう。

 逃げに逃げて、どこかの知らない浜辺を我は独りとぼとぼと歩いている。知らない土地で独りぼっちというのがここまで寂しいとは思わなかった。旅は道連れ世は情け、とは上手く言ったものだ。

 魔界を支配するときは独りだったのに。

 それをあの時はどうとも思わなかったのに。

 今はただただ胸が締め付けられるような寂しさと共に。

 あやつらと旅を共にする中で、我はこの孤独を苦痛だと思ってしまうようになってしまった。

 我は弱くなってしまったのか。

 ステラに魔王としての力と権能を全て譲り渡したからだけじゃない。

 この可憐な人間の美少女の身体にバ美肉したからじゃない。

 我は、このお忍び領地査察紀行で、大切だと思える仲間を得てしまったのだ。

 四天王も五大魔将も悪魔六騎士も裏七魔賢神も正直どうでもよかった。人数増えてきてよくわからんくなってたし。

我があやつらのことをこんなにも思っていたと、愚かにも今さら気付いたのだ。

 寝込みを襲うやべーヤツらとしか思っていなかったはずなのに。

 ステラが自身の策略のために同行させたただの護衛だと思っていたはずなのに。

 ただのクソ強い準レギュラーくらいの侍だとしか思っていなかったのに。

「うわあああああああ、悔しいッ!! 我最強の先代魔王なのにいいいいい!!!」

 我の魂の叫びを聞くものはなく、それは木霊することもなく波間へと飲み込まれていった。

 渾身の地団駄は砂浜をざりざり擦るだけだった。

 それでも、この慎ましやかな胸の内を思いっきり発散すれば、ほんのすこーしは気分も落ち着いてくる。そうだ、我らはまだ負けたわけじゃない。我らはただの査察、魔王軍とは違うのだ。

 今は、城に残してしまったグロリアと刹鬼丸の生存を信じて、我ができることを模索していくしかない。負けたとしてもエロ同人向けのシチュエーションだしドМのグロリアはまあいいとして。ただの男である刹鬼丸は無残なことにならなければいいが。

 我のできることをする、とは言いつつも。

 生体認証の登録を渋っていたせいで、あの無人島へとワープするポータルも我ひとりでは使えない。クソぉ、こんなところでどーでもいい伏線を回収しなくてもいいのに。

 魔法を使って空を飛ぶことはできるが、それも限られた時間のみ。この島国から脱出できるかどうかはわからない。

 こうなると、我はただの人間の美少女でしかないのだ。

 何も知らぬ島国でただ独り。

 飲まず食わずでも生きてはいける。こうなったら物乞いでも夜盗でも、なんならこの身体を売ってもいい。ただ生き延びる、それだけを考えるなら、だ。

 だけど、それは最後の手段にしておく。我は気高き先代魔王、あのような乞食女子とは違うのだ。自分から物乞いしといて、相手を晒して金品巻き上げようなど夜盗のすることに他ならぬ。しょーもない美人局もびっくりのガバガバな手口だ。

 だから。

 もはや、できるのはひたすら考えることだけだった。

 この状況からどうすればいいのか。

 あやつの異常なまでの強さはなんだったのか。

 そういうのを考えることで、このサイテーサイアクな気分も紛れるしな。

 さらさらの砂浜に足を取られて膝をつく。ふ、我に膝をつかせたのは、あのときの勇者以来だな。

 ボロボロの着物を脱ぎ捨てて、真っ白な肌襦袢だけになる。ここなら誰も見てないし下にはちょっとセクシーなおパンティーも履いてるし大丈夫だろ。

 がさり、砂から少し離れたところの木陰に三角座り。ああ、こういうとき、さっとハンカチを敷いてくれる気の利いた護衛が今はいない。

 いくら奇襲を受けたとはいえ、手も足も出ない、完膚なきまでに完全な敗北だった。我一人が逃げ出すだけで精一杯だった。

「……仲間の一人も守れず、何が先代魔王だ……」

 そう独りごちたところで、何も変わらない。過ちを悔いることは時間の無駄。

 これは我が慢心が招いたことに他ならない。

 明らかにこの魔王領で一番の最低評価は我だった。

 絶海の孤島でただ独り。これじゃあ、完璧にサバイバルだ。

 だけど、我がしたかったのはこういうことじゃないじゃん。もっとこう、心躍る大冒険のヤツじゃん。

 悔しさと無力感に思わず抱えた両の太ももの間に顔を埋めた。こんな惨めな気持ちは久しぶりで、魔王と名乗ってからは一度たりともなかった。

「……ねえ、お姉ちゃん、どうしたの?」
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