引退魔王お忍び領地査察紀行

儀仗空論・紙一重

文字の大きさ
上 下
62 / 71
7章:査察でござる

謀叛、ご乱心

しおりを挟む
 おそらく初めからどこかに潜んでいたのだろう。無軌道、無機質に殺到する無数のサムライどもはどこか、あの気持ち悪くカサカサ動く昆虫を思わせた。簡素ではあるが贅沢な造りとなっていたこの部屋にはふさわしくない無礼者どもだ。

 鋼と革で緻密に編み込まれた真っ黒な鎧兜に刀や槍、薙刀や大槌のような様々な武器を携えてはいるが、機械と魔力で奇怪に変質した異形のカタチをしていた。

「マジでキモイ!」

 とは、オフィーリアの叫び声。まあ、こやつだけではなく、我も根源的な嫌悪に吐き気を催しそうだ。

 どれもこれも元の造形から大きく歪んで捩じ曲がっていた。

 ある者は、その腕は2本ではなく、3本4本、その全てに武器を持つ者、6本生えた腕のうち4本と元の足で床を這い回る者。剥き出しの赤黒い肋骨をかちゃかちゃと気持ち悪く動かしながら突進してくるもの。背中から伸びた棘の生えた触手を乱雑に振り回すもの。畳をじゅーじゅー溶かす血を吐き出すもの。

 そんなグロテスクな悪夢の吐瀉物みたいなやつらが殺戮本能のままになだれ込んでくる様は、恐怖以外の何物でもない。どうしてあやつらはこっち向かってくるんだろうな!

 それらの異形に同じような機構はあまり見られなかったが、唯一共通していたのは、もはや意思が、というよりもまともな思考、いや、もしかしたら生命活動すら感じさせないような、濁った灰色の眼球だけだった。

 それらは人間でも魔物でもない。いや、あるいは、かつてはそうであって、今は違うものに成り果てたのか。

 この忌まわしき改造技術が何なのか我らには計り知れないし、今はゆっくり観察しているような余裕ももちろんない。人間だけではなく、我が同胞である魔物をもここまで捻じ繰り回すとはマジ許すまじ。

「あっは、このおなごは殺すなよ? 手足くらいはもぎ取っても死なぬだろうがな!」

 魔王より遣わされた使者を殺し、叛逆の狼煙とする。

 つまり。

 明確な宣戦布告。

 初めからこれが狙いだった。

 謀られた。刹鬼丸を差し向けたときからこうなると予測していたのかもしれぬ。そうでなければ、この部屋に押し寄せる異形のサムライどもの説明がつかぬ。

「オフィーリア、キミはステラの元へ!」

「りょ!」

「軽いな!」

 この中で唯一飛行能力を有するサキュバス、オフィーリアのために一瞬の隙を無理やり作り出す。この大群の中ではポータルの起動はおろか、転移魔法すら使うことができない。ここではサキュバスの翼膜が役に立つ。

「なんじゃ、主を捨て置いて逃げ出すとはなんとも情けない護衛だな」

「ふっ、あやつは我が友だ。あやつが忠誠を誓うのは我じゃない」

「薄情な友達だなあ」

「それが信頼の証、てやつじゃないのかねえ!」

 くるりとリーゼに背を向けた我と入れ替わるように、黒き群体から跳躍する鋭き影。

 威勢よく飛び掛かりながらも妖刀は腰に差したままの居合の構え。

「おや、刹鬼丸、今度の飼い主は貴様を可愛がってくれたか?」

「はッ、あんたよりは色気があっていいぜ!」

「え、う、嘘!? わ、我がダイナマイトセクスィー!?」

「ヘラ様、キュンッとしてる場合じゃありません!」

 遠くから聞こえるグロリアの声にハッと我に返ると、すぐ目の前で刀を振り上げるサムライを右手から放った魔力弾で反射的に撃ち抜く。ほとんど錬成されていない魔力弾では威力はない。そやつの鎧を穿ち、わずかによろめかせただけ。だが、それでいい。

 我はそやつを精一杯の体当たりで倒すと、改めて右の手のひらを正面にかざす。一瞬さえあればいいのだ。

「刹鬼丸、巻き込まれるなよ!」

 刹鬼丸の言葉を聞く暇もなく。魔法陣の展開、どす黒い魔力が稲光のようにバチバチと弾ける。この驚嘆すべき我が魔力を垣間見てなお、無謀にも向かって来ようとするサムライもどきに、思わず嘆息。我は右手を魔法陣とともに高々と掲げる。

「略式詠唱簡易黒魔法、“形骸神無し(カタカムナ)”!」

 高らかに叫び、天井に向かって解き放たれた黒き魔法。しかし、本来の1/10の威力もない。だが、それで十分。そのカタチを奪う、という黒き光の如き魔法が我を中心に炸裂すれば、機械と魔力でキモく組み上げられたサムライの身体をバラバラにする。

 黒光が稲妻のようにサムライを射抜けば、ぼたぼたと肉塊が崩れ落ちる。魔法の精度を限界まで落としたせいで、カタチを無に帰すまではいかなかったが、ここまでやればもう動けないだろう。

「ヘラ様、少し触手の先が切れちゃったのですがどうしてくれるのですか」

「ごめんて! それぐらいで済んでよかったな!? というか、キミ、わりとギリギリのとこにいたのかよ!」

 他愛もない戯言なんて今はどうでもいい。消失したグロリアの触手の先っぽくらいどうでもいいのだ。どうせ黒塗りに修正されるのだからな。

 サムライはまだまだこの部屋へと殺到してくる。クソ、1匹見つけると30匹はいる、というのはあながち嘘じゃないのか。

「くそ」

 刹鬼丸の小さな、しかし、切実な悪態が背中越しに聞こえた。

 剣の魔人同士の戦い、それは熾烈を極めるかと思っていたのだが。

 がぎり、およそ、鍔迫り合いだとは思えない鈍い音に思わず振り返る。

 そもそも、刹鬼丸の剣術は神速の居合だ。それが鍔迫り合いをしている時点で何かがおかしい。

 豪奢な着物の長い袖が垂れて、リーゼの細い腕が露わになる。それは刹鬼丸という無双の剣豪と真剣勝負をするにはあまりにもふさわしくない、華奢な女の腕に他ならなかった。まあ、我も魔力で身体能力を補完しながら戦っていたから見た目とのギャップはそれほど気にはしないが。

 ぎりぎりと互いの刃が擦れるたび、魔刀・鐵から染み出す瘴気が悲鳴のように周囲を蝕んでいく。そうなのだ、この瘴気による侵蝕こそが魔界化の現象なのだ。

 妖刀、成ル阿救世鍵炉火を携えた刹鬼丸ですら全く太刀打ちできないとは。あれは、魔刀・鐵のように意思こそ持たぬが、概念ごと実存を斬る、ということに重点を置いた刀のはずだ。

 上手く扱えるかわからない、刹鬼丸はそう言っていたが、剣を極め、その究極の一太刀によって魔人となった彼にこそこの妖刀はふさわしい。

 それを斬り結ぶとは。 

「ヘラ殿、俺にはリーゼの足止めしかできやしねえ。今のうちにさっさと逃げてくれねえかな」

 リーゼがゆらりと舞うように振るった刀に押し負けて、飛び退いた刹鬼丸が畳を四肢で擦りながらこちらを見ずに叫ぶ。

 いや、もはや鍔迫り合いすらできていなかった。リーゼの魔力は初めよりどんどん増大しているように思えた。

 あれは、まさか。

「ヘラ様、行ってください! 私達は必ず追いつきますので!」

「死亡フラグ!」

 グロリアはスライムだ、元々物理的攻撃は効かない。

 しかし、多勢に囲まれて際限なく切り刻まれれば当然弱ってくる。それに、グロリアの感度3000倍を誇る媚薬はこの改造サムライには効果がないらしい。

 それでも、グロリアが必死に切り開いてくれた活路だ、それを活かさずして査察が務まるだろうか!
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語

六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

処理中です...