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7章:査察でござる
サムライ!ニンジャ!ゲイシャ!
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「わ、わぁ……」
「ヘラ様、感想の語彙がなさすぎてなんか小さくてかわいいやつみたいになってますよ」
無人島の長いポータルを抜けると異国であった。そこは港町だった。
多くの家屋は小さな平屋の木造で簡素な作りで、馬車が一台通れるかと思われるほど狭い石畳みの道路の脇に身を寄せ合うように立ち並ぶ。海に近い漁村であるため、小さな漁船や舟が港に停泊し、港の周りには魚市場や漁具店が点在していて、漁師や商人、さらにはそれらを対象にした商売で活気づいていた。
驚くべきことに、その中には魔物もいるのだ。
大柄なオークは港に届く大きな荷物を軽々と運んでいるし、漁船を曳くのは力持ちのゴーレム、それに、商店に目を向ければずるがしこいゴブリン達が商いをしている。そう、他の領地ならば容赦なく人々を襲うそれらすら、この営みの中に何の違和感もなく組み込まれている。
つまり、人と魔物の共存がこの村では実現できている。
これはこれで良き風景ではないか。女神の悔しがる姿が目に浮かぶようだ。
「あ、なんかいい匂いがしますね」
「とれたて新鮮な海の幸を焼いているみたいです」
「キミ達、食べなくても平気じゃないの?」
「「それとこれとは別!!」」
また、村の奥の方にある小高い山には、小さな神殿、オフィーリア曰く、ジンジャ、というこの領地独自の信仰が奉られていた。神はあの全能とかぬかしよるすっとこどっこい女神だけじゃないのだ。
海だけではなく、森の木々にも囲まれたこの村では、これらの樹木を家やジンジャ、そして、漁船なんかの材料として利用してきたのだろう。
この漁村は、簡素で自然と共存する美しい場所だ。村人たちは互いに助け合い、自然の恵みを大切にするその風景は確かに息づいている。
穏やかで、あの波のように静かな村。
だが。
それでも、この静かな小村にも、あの荒廃しきった世紀末なントゥンガネーリャとはまた違った殺伐とした趣を感じざるを得ない。
行き交う者どものあのぎらついた眼を見よ。
漁師や村人ではない。明らかにはぐれ者、ならず者の類。
あれは人間というよりは、飢えた獣の方に近い。魔物でさえ彼らに怖気づいて息を潜めている。……いや、ここ魔王領だよね? 本当に支配できたんだよね?
斬るか斬られるか、生きるか死ぬか。君たちはどう生きるか。そんな刹那的な緊張がこの村全体、いや、領地全体に張り詰めている。
「領主は、魔刀・鐵(マトウ・クロガネ)、魂を持つ意思ある刀剣か。今は魔人の女に憑依しているらしいが」
ここが一体どうなっているのか、一先ずはそやつに会って現状を確かめねばなるまい。この領地からの定期報告はしばらくの間滞っている。この村のピリピリした様子はただごとじゃない。不穏な空気が漂っている。
査察といえば、もちろんお忍びで、だ!
というわけで。
「サムライ、ゲイシャ、ニンジャ!」
「ベタ過ぎます。というより、和風の世界観の場所出しとけば受けるやろ、みたいな見え透いた腹積もりが気に入りません」
「ボロクソ言うじゃん!」
とにもかくにも、我らが魔物、ひいては査察中の先代魔王御一行だと気付かれないように変装しなくてはいけない。毎回の衣装チェンジも旅の醍醐味になってきたな。オシャレなファッショニスタになってやってもいい。アニメ化した暁には、ハイブランドとのコラボレーションも期待できるな!
「うはは、アイアム・ナンバーワン・ゲイシャ!」
キモノと呼ばれるきらびやかな民族衣装は、幾重にも重ねられた布地とそれらを留める帯で少し動きづらいが、これはこれでかわいらしくていいじゃないか。どうやら我がイメージカラーである黒は、この領地の風習ではあまりいい色ではないらしく、確かにこの豪華絢爛なる衣装には少々合わない。
ということで、今回はド派手な真紅の布地に金銀のきらびやかな刺繍と良くわからん華やかな装飾。我が美しき銀髪を美しく結わえ、しゃんらと鳴るかんざしの趣も風情がある。
「良くお似合いです、ヘラ様。まるでお人形、拘束して飾っておきたいくらいです」
「発想が怖い!」
「着物は乱れて着崩れるのが色っぽいんすよねー」
「発想がおっさんやないか!」
無意識なのだろうか、はぁはぁとキモい吐息を吐きながら、ジリジリとにじり寄ってくるふたりからしゃなりしゃなりと距離を取る。いつだって我の命と貞操と、ついでにR18の危機はこやつらの所業だ。
「っていうか、アタシがサムライって」
「キミがゲイシャは色々とマズいのよ」
オフィーリアはぶーぶーと文句を言っているが、長身に渋い色のハカマ姿の金髪黒ギャルサムライは良く似合っている。ボリュームのある金髪のポニーテールが乾いた風になびく様子はこやつの周囲を華やかに彩っているようだ。おそらくあの豪華絢爛なカタナは飾り物だろうが。
見た目だけは、見た目だけはいいんだよなあ。喋らず動かず、そのパリピな素性を知らなければ確かにカッコイイのだ。町娘の視線も悉くかっさらっている。目立つのは良くないが、これも致し方なし。
「これは……」
グロリアは黒いフードを被り黒いマスク、怜悧な青い瞳だけを出し、それ以外は覆い隠している。全身を覆うようなぴったりとした黒い衣装は、網タイツや脇が開いたデザインで意外にも露出多め。機動力、そして、チラリズム重視といったところか。
「この衣裳、隠密には最適かと思われますが、公衆の面前ではただの痴女ではないでしょうか」
確かに白昼堂々小さな子どもも見ている中で着るには、いささか露出というか、身体のラインとかがはっきりわかりすぎているかもしれぬ。全年齢対象ではないし、健全でもなければ、全く忍んでもいない。
「羞恥プレイだというのなら喜んで享受しますが」
「断じて違うが!?」
「感度3000倍は伊達じゃありませんよ」
「あれはまた違うだろ!」
なぜいつもそっち方向に持っていこうとするのだ、こやつは。ノリノリで道の真ん中に行こうとするな。
まあ、我らの出で立ちがこの小村では悪目立ちしてしまうのは致し方ない。なにせ我らは主人公だからな、シルエットだけでそれだとわかるようなキャラデザじゃなきゃ見向きもされぬからな。
「ヘラ様、感想の語彙がなさすぎてなんか小さくてかわいいやつみたいになってますよ」
無人島の長いポータルを抜けると異国であった。そこは港町だった。
多くの家屋は小さな平屋の木造で簡素な作りで、馬車が一台通れるかと思われるほど狭い石畳みの道路の脇に身を寄せ合うように立ち並ぶ。海に近い漁村であるため、小さな漁船や舟が港に停泊し、港の周りには魚市場や漁具店が点在していて、漁師や商人、さらにはそれらを対象にした商売で活気づいていた。
驚くべきことに、その中には魔物もいるのだ。
大柄なオークは港に届く大きな荷物を軽々と運んでいるし、漁船を曳くのは力持ちのゴーレム、それに、商店に目を向ければずるがしこいゴブリン達が商いをしている。そう、他の領地ならば容赦なく人々を襲うそれらすら、この営みの中に何の違和感もなく組み込まれている。
つまり、人と魔物の共存がこの村では実現できている。
これはこれで良き風景ではないか。女神の悔しがる姿が目に浮かぶようだ。
「あ、なんかいい匂いがしますね」
「とれたて新鮮な海の幸を焼いているみたいです」
「キミ達、食べなくても平気じゃないの?」
「「それとこれとは別!!」」
また、村の奥の方にある小高い山には、小さな神殿、オフィーリア曰く、ジンジャ、というこの領地独自の信仰が奉られていた。神はあの全能とかぬかしよるすっとこどっこい女神だけじゃないのだ。
海だけではなく、森の木々にも囲まれたこの村では、これらの樹木を家やジンジャ、そして、漁船なんかの材料として利用してきたのだろう。
この漁村は、簡素で自然と共存する美しい場所だ。村人たちは互いに助け合い、自然の恵みを大切にするその風景は確かに息づいている。
穏やかで、あの波のように静かな村。
だが。
それでも、この静かな小村にも、あの荒廃しきった世紀末なントゥンガネーリャとはまた違った殺伐とした趣を感じざるを得ない。
行き交う者どものあのぎらついた眼を見よ。
漁師や村人ではない。明らかにはぐれ者、ならず者の類。
あれは人間というよりは、飢えた獣の方に近い。魔物でさえ彼らに怖気づいて息を潜めている。……いや、ここ魔王領だよね? 本当に支配できたんだよね?
斬るか斬られるか、生きるか死ぬか。君たちはどう生きるか。そんな刹那的な緊張がこの村全体、いや、領地全体に張り詰めている。
「領主は、魔刀・鐵(マトウ・クロガネ)、魂を持つ意思ある刀剣か。今は魔人の女に憑依しているらしいが」
ここが一体どうなっているのか、一先ずはそやつに会って現状を確かめねばなるまい。この領地からの定期報告はしばらくの間滞っている。この村のピリピリした様子はただごとじゃない。不穏な空気が漂っている。
査察といえば、もちろんお忍びで、だ!
というわけで。
「サムライ、ゲイシャ、ニンジャ!」
「ベタ過ぎます。というより、和風の世界観の場所出しとけば受けるやろ、みたいな見え透いた腹積もりが気に入りません」
「ボロクソ言うじゃん!」
とにもかくにも、我らが魔物、ひいては査察中の先代魔王御一行だと気付かれないように変装しなくてはいけない。毎回の衣装チェンジも旅の醍醐味になってきたな。オシャレなファッショニスタになってやってもいい。アニメ化した暁には、ハイブランドとのコラボレーションも期待できるな!
「うはは、アイアム・ナンバーワン・ゲイシャ!」
キモノと呼ばれるきらびやかな民族衣装は、幾重にも重ねられた布地とそれらを留める帯で少し動きづらいが、これはこれでかわいらしくていいじゃないか。どうやら我がイメージカラーである黒は、この領地の風習ではあまりいい色ではないらしく、確かにこの豪華絢爛なる衣装には少々合わない。
ということで、今回はド派手な真紅の布地に金銀のきらびやかな刺繍と良くわからん華やかな装飾。我が美しき銀髪を美しく結わえ、しゃんらと鳴るかんざしの趣も風情がある。
「良くお似合いです、ヘラ様。まるでお人形、拘束して飾っておきたいくらいです」
「発想が怖い!」
「着物は乱れて着崩れるのが色っぽいんすよねー」
「発想がおっさんやないか!」
無意識なのだろうか、はぁはぁとキモい吐息を吐きながら、ジリジリとにじり寄ってくるふたりからしゃなりしゃなりと距離を取る。いつだって我の命と貞操と、ついでにR18の危機はこやつらの所業だ。
「っていうか、アタシがサムライって」
「キミがゲイシャは色々とマズいのよ」
オフィーリアはぶーぶーと文句を言っているが、長身に渋い色のハカマ姿の金髪黒ギャルサムライは良く似合っている。ボリュームのある金髪のポニーテールが乾いた風になびく様子はこやつの周囲を華やかに彩っているようだ。おそらくあの豪華絢爛なカタナは飾り物だろうが。
見た目だけは、見た目だけはいいんだよなあ。喋らず動かず、そのパリピな素性を知らなければ確かにカッコイイのだ。町娘の視線も悉くかっさらっている。目立つのは良くないが、これも致し方なし。
「これは……」
グロリアは黒いフードを被り黒いマスク、怜悧な青い瞳だけを出し、それ以外は覆い隠している。全身を覆うようなぴったりとした黒い衣装は、網タイツや脇が開いたデザインで意外にも露出多め。機動力、そして、チラリズム重視といったところか。
「この衣裳、隠密には最適かと思われますが、公衆の面前ではただの痴女ではないでしょうか」
確かに白昼堂々小さな子どもも見ている中で着るには、いささか露出というか、身体のラインとかがはっきりわかりすぎているかもしれぬ。全年齢対象ではないし、健全でもなければ、全く忍んでもいない。
「羞恥プレイだというのなら喜んで享受しますが」
「断じて違うが!?」
「感度3000倍は伊達じゃありませんよ」
「あれはまた違うだろ!」
なぜいつもそっち方向に持っていこうとするのだ、こやつは。ノリノリで道の真ん中に行こうとするな。
まあ、我らの出で立ちがこの小村では悪目立ちしてしまうのは致し方ない。なにせ我らは主人公だからな、シルエットだけでそれだとわかるようなキャラデザじゃなきゃ見向きもされぬからな。
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