引退魔王お忍び領地査察紀行

儀仗空論・紙一重

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番外編:ながされて無人島

シリアスなサバイバー

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「幸いこの無人島には植物が生えていますし、活火山があります。植物が育つということは土壌に水が蓄えられています。また、火山があるということは地熱で温められた水、つまり温泉がある可能性もありますね。私達には必要ないかもしれませんが、安全が確認できない水源の場合は煮沸殺菌をしましょう」

 ずんずんと容赦なく森の奥に分け入りながら、我らはひとまず火山のふもとを目指すことにした。そう、温泉だ。あ、いや違った、水源だ。我らは水源を、あわよくば温かくてまったりできそうな水源を探しているのだ。

 ドレスは昨日のオフィーリアに倣って動きやすいようにビリビリ裂いていて、もう見るも無残なただのぼろ布と化している。もちろんヒールなんて履いてられなくて裸足だ。でもワイルドな我もカワイイだろ?

「野生の中でも気品を失わないヘラ様、流石です」

「ふふふん、そうだろ、我は誇り高き先代魔王だからな!」

「無防備で健気な感じがたまらないっす」

「やめろ!」

 幸い、活火山とはいってもすぐに噴火するようなことはなさそうで、時おりもくもくと黒煙が上っているだけだ。

「それにしても、なんかやたらと詳しいじゃないか、グロリア」

「これくらいなら当然です」

「おお、グロリア、アンタって結構サバイバーってカンジ?」

「スライムが吸収できるのは物だけではありません、知識もどんどん吸収できるのです」

「それなのにおバカなの?」

「え?」

「え?」

 昨日は無理やり野宿というモノをしてみたが、予想以上に過酷だった。

 今までの旅の中でももちろん野宿というのはあるにはあったが、我が魔道具や魔法などでぞんがい快適に過ごしていたものだ。

 しかし、我が勝手にアイテム・魔法禁止縛りをしたせいで、その辺の草葉を集めただけのベッド(とも呼べないような粗末な物だったが)は背中も腰も、むしろ全身が痛くなるわで、砂浜に寝ていた方がまだマシなレベル。

 それに、潮風に晒されているせいで全身がベトベトで寝苦しいったらありゃしない。

 そして、今にも無防備な我に襲い掛からんとする2匹の猛獣もとい、グロリアとオフィーリアの荒い吐息のせいでまともに眠れる気がしなかった。

「夜も安全に行動するために火を起こしましょう」

 小休憩がてらその辺に腰掛けていた我らに、ふとグロリアがそう提案してきた。そうだ、火! 火こそ文明たる我らの最強のツールではないか。火と元気があれば何でもできる!

「お、いいな、サバイバルっぽい!」

「はあ、魔法が使えれば一発なのに」

 オフィーリアの愚痴は聞こえないフリでそっとスルーしておく。それにしてもこんな適当な場所で火なぞ起こせるのだろうか。

「いえ、ここでは厳しいので、さっき拾っておいたそれっぽい流木が置けそうな、開けた場所を探しましょう」

「準備がいいな!」

 どうしてグロリアがこんなにもサバイバルに長けているのか。我は今まで気づくことはなかった。そういう機会がなかったからと言ってしまえばそれまでだが。

 そういえば、我はこやつらの過去を知らない。ステラに魔改造されて我の護衛となる前のことをこやつらから聞いたことなぞなかった。

 そういえば、そもそも魔物の魔改造って何? 一体何があってそんな得体の知れないものを受け入れたのだ、こやつらは。いや、もしかしたら、そうせざるを得ないような理由があったのか。

 なんだか話が重くなりそうでなんとなく避けていたというかなんというか。ほら、触れられたくない過去って誰にでもあるじゃん? こやつらに限ってそういうのはないとは思うが、念のために、ね。この査察紀行はあたま空っぽで読め詰め込みながら読んでほしいのだ。重い話は要らん要らん。

「そういえば、キミ達って魔王城に来る前はどこで何してたの?」

 そうは言いつつ、もしかしたらこやつらをもっとよく知ることができるいい機会なのかもしれない。準レギュラーとしての確固たる地位を築いているこやつらだ、どうせならキャラクターの深掘りもしっかりしなくてはな。

「生い立ちなんて大したモンじゃないですよ? アタシはどこにでもいるサキュバスと一緒です。娼館で生まれて、娼館で育った。それだけっすよ」

 オフィーリアは素っ気なくそう言って、また木の棒と板と格闘を始めたが。……ああ、これは重くなるヤツだ。

 それだけ、だというその言葉が何を意味しているのか、いくら先代魔王である我であってもわかる、わかってしまう。娼館で生まれ育った、というならば、男の精を糧にするサキュバスがどのような暮らしをしていたかなぞ想像に容易いことだろう。

「ま、結局アタシらのことがバレそうになった娼館の管理人はそこの娼婦全員殺して、アタシはギリギリ逃げ延びたんですけどね」

 こんなテンアゲの陽キャパリピのクセして、過去がめちゃくちゃ重いのはやめてほしい。今後の接し方に大いに影響を及ぼしてしまうのだが。

「アタシ達って、今じゃエロ同人とかゲームで引っ張りだこですけど、結局のところ低級のそんな強くない魔物なんすよ」

 爪が割れないように慎重に木の棒を擦って火を起こそうとしているオフィーリアは、集中しているのか視線をそっちに向けたままだ。俯いた瞼の長い金色のまつ毛が揺れる。いつになく真剣なオフィーリアの表情が、ぎしりと我の慎ましやかな胸を締め付けているような気がした。

「それから、アタシは正体隠して誰もいなかった協会でシスターっぽいことしながら、近くの村の男どもを美味しくいただいてました」

「神聖なるシスターに化けてるところが質が悪いな」

「ま、さすがにバレて、村中から凌辱からの性奴隷っていうエロ同人黄金パターンだったんすけど、何とか逃げ延びた先でステラ様に救われてって感じです」

「ステラやるじゃん」

 そういうことなら、こやつがステラに忠誠を誓っているのも納得がいく。きっとオフィーリアはステラのためなら喜んで命を投げ出すだろう。だからこそ、マッドサイエンティストによる魔改造もすんなりと受け入れられた。

「グロリアは? ……あ、い、いや、話したくなければ別に……」

 オフィーリアの話が大分重くて、聞いているこっちが意気消沈としているのだ、これでグロリアの過去もめちゃ重だった日にはもう我は立ち上がれぬかもしれない。

「私はスライムとして最低限の擬態は可能でしたが、擬態したもののように振る舞うための知識がなく、そのため人間どもに捕まり、性処理としての玩具にされていましたね」

「最悪じゃん」しまった、重いやつだ、これ。

「そこで人間としての知識、ヒトを悦ばせる方法は得ることができましたので」

「キミの知識の偏りはここからなのか」

「そんなただの玩具でしかなかった私を不憫に思ったのか、そこから攫ってくれた人間がいました。彼は深き森の奥に住んでいた木こりだったので、そこでサバイバル術を教えてもらいました」

 男に連れ出されたその瞬間に、グロリアはようやく自らの生を実感したのだろう。その時のことを話すグロリアは相変わらず無表情ではあったが、そのメガネの奥の蒼い瞳は楽しかった思い出にきらきらと輝いているようだった。

 だけど。

「そこで幸せに暮らしました、とはいかなかったの?」

「彼は私の正体に気付いてしまいました。私は彼の下を追い出されました」

 グロリアもずいぶんとあっさりと言うが。

その木こりにも葛藤はあったはずだ。最愛の者を神に仇なす魔物として殺すべきかどうか。それをしなかったのは、彼なりの優しさ、そして、グロリアを本当に愛していたのだということだろう。

「私には行く当ても目的も生きる意味もありませんでした。自暴自棄で空虚な粘泥に過ぎない私を拾ってくれたのがステラ様でした」

ステラを辺境の地に赴任させていて本当に良かった。こうして外の世界にステラが行かなければ救えなかった命が確かにあったのだ。

 種族の違い、人間と魔物の絆。そういうものを我は否定したくない。人間は確かに愚かで忌まわしいが、それは女神に与して、魔物を迫害するくせに、存在が矮小で些末だからに他ならない。

 こやつらの人生もとい、魔生散々じゃないか、全く報われない。なんか予想以上に重苦しい身の上話に、思わずずずーんと落ち込んでしまっていると。

「あ、ヘラ様、アタシ達のことかわいそーとか思わないでね、そっちの方がメンタルにクるんですから」

「私達はヘラ様の護衛として今十分楽しんでいます。こんな可愛らしい少女に合法的に近付けるなんて最高です」

「オフィーリア、グロリア、キミ達ってやつは……さっき何か変なこと口走らなかった?」

「ヘラ様! 火、火が点きますよ! そっと息を吹きかけてください!」

「ひ、ひぃッ! こ、これはどどどど、どうするのだ!?」

「めちゃくちゃパニクってるじゃないすか、ヘラ様。はあ、これだから、お城育ちのお姫様は」

「キミもどっちかというとこっち側だからね!?」
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