引退魔王お忍び領地査察紀行

儀仗空論・紙一重

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5章:完璧で究極の査察

査察のために飛び出せアイドル!

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「な、なんじゃ、こりゃあ……」

 なにこれ、こわい。思ってもみなかった目の前の光景がとても信じられず、つい、切ない吐息のように声が漏れ出てしまう。「うーん、センシティブ」「でゃまれ!」

 有刺鉄線と謎の錆び付いた鉄の塊、そして、有毒ガスで彩られた、血染めの火山。これで未だに神の加護がこの地にあるとは到底思えない。

 軋むような金属音とどこからともなく聞こえる不穏な悲鳴が奏でる重低音が、身体を内側から震わせる。太古のリズムは確かに奥底の本能を、そして、根源的な恐怖を無理やり呼び起こさせられるような気がした。

 そう、ここが人はおろか、並大抵の魔物すら住めるような環境ではないのは一目でわかった。あまりにも劣悪、あまりにも野蛮。

 しかし、それなのに。

「なぜ、このような廃棄物置き場のような場所に魔物や人間どもがいるのだ?」

「さあ、小生らには計り知れぬでござるな」

 機械の寄せ集めのような尖塔からときおり噴き上がる炎に歓喜し、さらに勢いを増す何かを叩く重低音。我らには計り知れない治安の下で何かしらの退廃的な生活を営んでいる。とてもじゃないがこの環境が良い影響を与えるようには思えぬ。

 常にどこかで誰かの悲鳴や怒号が飛び交い、道らしきものは常にぬるりと赤黒く染まって乾くことがない。我のブーツやサクリエルのロングドレスを容赦なく汚すそれが、血なのか工業油なのかは我らにはわからなかった。

 ありとあらゆる魔物達、いや、人間達さえもが血で血を洗う弱肉強食の世界に成り果てていた。世紀末かな?

 魔物や人間、それにエルフやドワーフなんかの亜人種、あの奇抜な服装とナメきった表情は転生者か。種族も職業も、そして、生い立ちも様々な者どもがいたが、どいつもこいつも完全に目がイっちゃってるし、髪型がめっちゃパンクで、肩パッドがトゲトゲしている。モブのクセが強い。

「神聖暦199X年。世界は核の炎に包まれた。海は枯れ、地は裂け、全ての生物が死滅したかのように見えた。だが、魔物も人類も死滅していなかったのか?」

「ヒャッハーッとか叫ぶヤツが現れないか不安でござる」

 おもむろに転がっている火炎放射器と思われるガラクタをツンツンしながら、さすがのサクリエルもドン引きしてらっしゃる。

「小生らもそろそろ劇画タッチになった方がよろしいのでは?」

「そういうメタいのはいいから」

 風景が全体的に赤黒いし、煙たいし、なんか不快な臭いがする。鼻に付くこの刺激臭が、有毒ガスや血の匂いのような物理的なものではないことはなんとなくわかる。じりじりと首筋を焦がす危機感、その気配に余計に不安になる。

「これ、我のような可憐な美少女が踏み入れていいところじゃない気がする」

「油断していると、小生達なんてあっという間にエロ同人されてしまいそうでござる」

 女、暴力、クスリ! そんなどす黒い欲望と野蛮な雰囲気をひしひしと感じる。我のような高貴なゴスロリ美少女が、薄汚い男どもに路地裏に連れ込まれて無理やり乱暴されるなぞ誰も見たくはないだろう。「小生、需要はあると思う」「にゃ、にゃいわ!」

 と、とにかく警戒だけは怠らぬようにせねば。不測の事態に対応できなければあっという間にエロ同人されてしまう。いくら我らがすごい魔物とはいえ、油断からの不意打ちは対処が難しい。美少女と美女の二人組はこの無法地帯では色々と危うい。

「何があってこんなことになったのだろうか」

「ふひっひ、これは事件の匂いがしますな、ヘラ氏」

「しない」

「素っ気もない!」

 サクリエルの戯言はさておき、この有り様はさすがに容認できない。そういえば、最近火炎獣領からの報告が滞っていたのはこういう事情があったからか。やはり、自分の目で確かめなければわからぬこともある。査察は大事。やはり我のライフワークは間違いないな。

「ところで肝心のファジムのやつは一体どこに行ってしまったのだ」

 元はと言えば、ファジムの不在こそこの現状の原因かもしれぬのだ。これはいよいよガツンと言わなければならぬ。場合によってはステラにも報告する必要もあるかもな。

「あやつもイフリートだしなあ、どっか行っちゃったのかなあ」

「自由奔放こそイフリートでござるからな」

 元々星の自然環境から発生する純粋な魔力、マナの精霊であるイフリートは、基本的に誰にも縛られない自由な気質だ。

 地上で発生したイフリート達は、人間に友好的だったり、逆に危害を加えようとしたり、自らを使役しようとする愚か者に無理難題を突き付けて陥れようとする者もいる。それは我らのような魔物に対しても然り。

 だからこそ、イフリートと呼ばれる種族を配下に置くことはとても難しい。話せばわかってくれる可能性もある忠義に篤いドラゴンよりも、だ。あやつらはとても自由なのだ。この世で最もふざけた能力と言っても過言ではない。

 それを、魔界のマナと我の魔力で形作った闇を司るイフリートこそがファジムだった。

 そんな由縁がある故に、ファジムが我を裏切るとは思ってなかった、というか、考えもしなかった。

 いうなれば、我が息子のような存在だ。ファジムが裏切るはずがないのだ。

だから、だから……

「え、ちょ、ちょっと待って、やばい、無理、尊すぎてしんどいでござる!」

「え、何? うるさ」

 ああ~、とうとう喪女のイヤなところ出ちゃったなあ。自分で言うのもアレだが、てぇてぇを見たときはキャーキャー言ってないで、そっと見守り、崇め奉りなさいよ。素人は黙っとれ。そういうのは承認欲求強めの自撮り重加工自称キモオタ女子だけでいいって。

 サクリエルは、我とファジムの関係を聞くと、ふるふると震えながらただでさえアレな情緒をさらに不安定にさせる。大丈夫か、こやつ、今にも四散爆散するのではないか? いや、してもいいか。「ひ、ひどいでござる!」「うわ、心の中を読むな! キモい!」

「そうだ、これを見てくだされ、ヘラ氏」

 サクリエルが勢いよく指差す先には、何か円形のとてつもなく大きな建物の入り口と、大きなぼろ布に真っ黒な油か血で何かが描かれた垂れ幕のような物。そのぼろ布がぬるりとした風にはためいていた。

「世界最強決定トーナメント大会?」

「スゲーバカなネーミングでござる」

 そういえば、なんかここに来る前にキモコピペでそれっぽいこと言ってたな。いわゆるルール無用の武闘大会的なやつか。しかし、これは。

「優勝者にはどんな要望も叶えられる特権が与えられるらしいでござる」

「まさに世紀末覇王が考えそうなことだな」

「よっしゃ、これに参加して小生達の手でファジム氏を見つけましょうぞ! 小生、ヘラ氏とファジム氏とのイチャイチャした絡みが見たいでござる!」

「貴様の熱意には、なにやらどんよりとした邪なむさ苦しさを感じる」

 なんか急に滾っているヤツがいるなあ。むわりとした邪念が渦巻いているのが完全に見える化してるなあ。こやつ、やる気出してもキモいのか。ダメだ、どうしようもないな。

 いや、しかし、これはこれでサクリエルの提案が解決に一番手っ取り早い方法かもしれぬ。この大会で優勝すればファジムの不在と、この領地の世紀末な無法地帯の理由がわかるのではなかろうか。

「さくっと優勝してこの領地の治安を取り戻そう」

 こんなん、先代魔王かつ超絶美少女の我が出場すれば余裕やろがい。こういう武闘大会の時、主人公は必ず優勝するんよ。そうじゃないと、ポッと出のモブ同士の対戦を永遠と見せられ続ける、とかいう打ち切り漫画の典型的なテコ入れのダメパターンみたいな地獄が発生してしまう。

 それに、今回は知っている限りネームドキャラは我とサクリエルだけだ。ファジムの名もない。そうなってくると大乱闘オールスターでもあるまいし、そもそもバトルモノでもないからな、どんな対戦カードでも面白くなる要因が皆無だ。

 こんな茶番はさっさと終わらせてしまうに限る。

「そうと決まればさっさとエントリーしに行くぞ」

「ほげ?」

「何を呆けた面をしているのだ? サクリエル、貴様も参加するんだろうがああ!!」

「イヤでござる、働きたくないでござる! 小生は陰ながらヘラ氏のセコンドを」

「何言ってるのだ、そんなもん我には不要だ!」
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