引退魔王お忍び領地査察紀行

儀仗空論・紙一重

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3章:「査察へ行こうぜ……久しぶりに……キレちまったよ……」

(温泉に)行かないか

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「これこそ我が村に古くから伝わる聖剣じゃ!」

「ほえー」

 査察の前にふわっと立ち寄った人間の小村にはなんかしょーもない言い伝えがあるらしい。上の空で聞いていたから詳細はわからぬ。グロリアに聞いてもわからなかったから、こやつもぼーっと聞いておったな。

 そんなつまらぬことはどうでもいいと、なんか聞き流して本日のお宿に行こうとしたのだが、なぜかこの村の奴らは我々を一向に離してくれない。我は早くここの温泉で風情ある雪景色を見たいのに!

 仕方なくこの村の長だというよぼよぼのちっさいジジイを筆頭に数人の村人に取り囲まれて、この村の伝承を聞かされるハメになってしまった。そんなもん、我は一切興味ないぞ。く、くぬぅ、温泉……

 ちなみに、我らはこの氷閃竜領、ジギンドァガゥダの査察に入るにあたり、服を新調している。いわゆる寒冷地仕様だ。「それだとなんか強そうっすね」「ふふふん、そうだろ?」

 我は黒いゴスロリドレスの上にもふもふのフード付きロングコートを羽織り、というよりも羽織らされた。頭にもふっとかぶったフードに付いている大きな獣耳には異議を唱えつつ、遺憾の意を表明したい。それに、この可愛らしい手袋はなんだ、ふかふかじゃないか。

 オフィーリア達もさすがに黒いスーツではどうしようもなく、仕方なく(?)、人間の商店で入手した、羽毛が詰められたもこもこの分厚い外套と「あ、これ、ダウンっていうみたいですよ」マフラーと手袋を装備していた。「つまり、山ガールってことぉ?」

 スライムであるグロリア以外は別に寒さに弱いわけではないが、カモフラージュも兼ねてというわけだ。

「そろそろ私の身体が砕けてバイオレンスでセンシティブなことになりそうなのでヘラ様の人肌で温めてもらえますか、もちろん裸同士でお願いします」

「ダメに決まってる」

 そんなこんなでうきうきと温泉に向かおうとしたのだが、見てくれよ、この絶望的な有り様を。温泉、温泉! ワレ、オンセン、ハイリタイノニ。

 で、そんなこっちの気も知らないで、長老がしわがれた声で高らかに宣った伝承がこちら。



『ーー危難の時/訪れし三人の勇者達/聖剣を引き抜き/氷竜討ち滅ぼすだろうーー』



 ざ、雑ぅ~……

 こんなんどうとでも解釈できるではないか。

 それでも、この村は今まさに危難の時らしく、そして、我らはちょうど3人で、いや、そんな絶妙なピタゴラスイッチ要らんって。

「ねえええ、ヘラ様ー、アタシも温泉行きたかったああー」

「我だってそうだ、なんだこの茶番は」

「どうせ聖剣なんてパチモンです、さっさと選定に失敗しましょう」

 温泉に入りたい、という強い思いが高まっているのは我だけではないらしく、我の後ろからぶつぶつと不平不満を呟く呪詛が聞こえる。えーい、鬱陶しいぞ、このアマども!

 みんなお待ちかねの温泉回がすぐそこなのだ。こんなところで無駄な時間を過ごしている場合ではない。視聴率に影響が出てしまうではないか!

 で、温泉にも行けず案内されたのは、今にも崩れ落ちそうな薄暗い洞窟の奥、雪まじりの陽光がうっすら差し込むひらけた場所。

 そして、そこにあったのは。

「いや、ちょっとした観光名所になっとるやないか!」

 思った以上に賑わっておりゅ。どうしてこうなった。

 だから執拗に我らをここに連れて来ようとしたのか。こんなことしなくても秘境の温泉をアピールすればいい観光資源になりそうなものを。

 そこにあったのは、岩に突き刺さった聖剣の前で自撮りをする旅人やバカップルで賑わっている光景だった。横に聖剣まんじゅうも売ってるぞ。

「しかも、聖剣引き抜きチャレンジに金取るんか」

 列の最後尾に並んで受付のお姉さんにお金を払う。混雑しないように列形成まで完璧だ。なんこれ?

 商魂たくましすぎる。

 完全に観光資源を活かしにかかってる。聖剣を引き抜けなかった人は温泉でその汗をまったり流す。我ら魔王軍としては、完全にこやつらを滅ぼしにかかっていたはずなのだが、その対抗手段をこんな形で活用してくるとは、我も思ってもみなかった。人間、恐るべし。

 ま、ここまで来てしまったら、温泉のことは一旦置いといて。ちゃんと料金は払ったんだ、せっかくなんだから料金分はしっかり見学させてもらうぞ。「意外とケチケチしてるんすね」「コスパを重視していると言ってくれ」

 しかし。

 こんなみすぼらしいなまくらが聖剣ねえ。

 我が城へと攻め入ってきた勇者どもは皆大層ご立派な武器や防具を装備して挑んできた。売ったら結構高いんで、魔王城の維持管理費としてありがたく有効活用させていただいています。

 今にもぽっきりと折れてしまいそうな錆び付いた剣身と、いたってシンプルな持ち手。ずいぶんと古いものだということはわかるが、それだけだ。これに、歴史的な価値以外のものは、無い。

 ま、ちゃんと金も払ったんだし、引き抜くフリだけでもしてさっさと温泉に行くか。

 しかし、前の観光客が剣の選定に失敗し、順番である我がのろのろと近づいた瞬間、む、こ、これは?

 おおおお、感じる、感じるぞ、この感じはマジの本物だ。我にはわかる、これは我らを一刀のもとに滅ぼすことができるものだ。

「おい、オフィーリア、あれは正真正銘の聖剣だ、いにしえの神々が鍛え上げた最強の神器だ」

「マジっすか。ヤバ」

「感想が薄い」

 オフィーリア達はステラやシャーリイなんかの光属性に見慣れきっているからか完全に危機感ゼロだが、これはかなりマズいことなんだぞ。我ら、一応魔のものだからな、ゴリゴリに闇属性だからな。

「これさ、触れたら我にもどうなるかわからんのよ、最悪爆発する」

「そんな雑な化学反応的な感じなんすか?」
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