上 下
224 / 235
        白紙        

ーー  かみ∩縺斐m縺  ーー⑧

しおりを挟む
「あ、その憐みの眼差しやめてもらっていいですか? そんなポッと出の中途半端な同情なんて反吐が出る」

 そう言ってから小烏丸は自分が創り上げたはずのこの世界に向けて侮蔑に舌を出す。

「ワタクシは、ワタクシがやりたいことをやるだけです。そこに必要悪なんてない。ただそれだけのことでしかないんですよ。それに……」

 そこで言葉を切って、そして、彼女は言う。

「何もないこんな世界なら、ワタクシだって必要とされるでしょ?」

 その笑顔がどうしようもなく痛々しくて、それはまるで、世界そのものが彼女を敵視しているかのような悲痛な言葉だった。いや、実際、彼女は必要悪として世界を裏切ることを強いられていた。

 だからこそのこんな世界。

 確かに、何もない世界なら必要悪だって関係ない。

 だけど。

「ねえ、こんな世界、虚しいだけよ。何の意味もない世界に何があるの?」

 じっと見つめた小烏丸のオニキスブラックの瞳が今一体何を考えているのかわたしにはわからなかった。飲み込まれてしまいそうな漆黒。それこそがこの世界の唯一の色、そう錯覚させられてしまう。そんな疑念を必死に振り払う。

 わたしは、この世界を変える。

「天触、ヨトゥングラガナ」

 わたしの全身を光り輝く紋様が覆う。世界を変える力、だけど今は。

「無駄です、もう変えるべき世界はここにはありません」

「生殺輪廻、キガノタチ・キョウエンヒメ」

「無駄だって言ってるでしょ? ここには生命すらないんですから」

 小烏丸の嘲笑に無言で俯き、自分の髪から引き抜いた小さなかんざしを右手に握りしめながら、わたしはどうやっても拭いきれない敗北の気配を感じ取ってしまう。

 この戦いの結末じゃない。

 彼女が世界を壊す理由に、だ。

 何も持たなかったわたしの物語とは違う。

 彼女の異世界神話創世の物語は、あまりにも色濃い目的と揺らぐことなき動機を、そして、自身を必要悪として生み出したこの世界への復讐という明確なテーマの、酷く陰鬱で魅力的ですらある物語だった。

 わたしは今まで何をしてきた?

 わたしは何を見つけられた?

 わたしはこの物語を彩ることができていただろうか。

 さらり、うつ向いたわたしに悪趣味な色の髪が掛かる。ふふ、そうね、こんなところで、こんなことで、アナタ達が薄暗い地下街で夢見た未来を諦めてなるものですか。わたしだってSFも書いてみたいんだから。

「アナタが善か悪か、なんて知らない。それを決めるのは、わたし達にはちょっと早すぎる」

「善悪なんてワタクシとダダ被りじゃないですか。要らないでしょ、それ」

「アナタとは違って彼らは未来に生きていた。アナタなんかが【倫理狂い】の可能性を否定するな!」

 足元まであるわたしの黒と金の髪が光り輝く。わたしの身体を包み込むその眩い光でわたしは何もわからなくなって。

 だけど、目も開けられない光の中、ただ一つだけわかることがあって。

 わたしは、もう二度と。

 この世界を壊させない。

「……さっきからそんなもので一体何を狙ってるんですか」

 小烏丸は不機嫌そうに顔をしかめる。

「隷淫色欲、キャンディス・スワンポール」

 わたしの手の中には幾何学模様と球体を組み合わせた、まるで、いや、まるっきりオモチャみたいな光線銃。手のひらに乗ったそれを茫然と見つめていると、さらり、耳元から落ちてきた髪はこの世界のように真っ白だった。ふふ、悪趣味ね、こんなところで元に戻されたらアナタ達のこと忘れちゃうじゃない。

「この世界を彩るの、この物語はそういうお話よ」

 そうだ、小烏丸の物語がいくら魅力的だからといって、それでわたしがわたしの物語を諦めていい理由にはならない。わたしにはわたしの物語がある。それをこの未来的な光線銃でわからせてやる。

「鬱陶しいですね、未来の機能なんて」

 わたしはそう吐き捨てる小烏丸に球体状の銃口を向ける。これはわたし達には計り知れない善悪を司る機能だ。さすがの神様だってこれだけは打ち消しようがない。

 躊躇なく祈りのように引き金を撫でる。ふざけた形としか思えない光線銃から放たれた一筋の光は、ほんの少しだけ首を傾げた小烏丸のすぐ真横を通り過ぎて白い世界へと消えていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。

克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。

悪役令嬢にざまぁされた王子のその後

柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。 その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。 そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。 マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。 人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。

異世界着ぐるみ転生

こまちゃも
ファンタジー
旧題:着ぐるみ転生 どこにでもいる、普通のOLだった。 会社と部屋を往復する毎日。趣味と言えば、十年以上続けているRPGオンラインゲーム。 ある日気が付くと、森の中だった。 誘拐?ちょっと待て、何この全身モフモフ! 自分の姿が、ゲームで使っていたアバター・・・二足歩行の巨大猫になっていた。 幸い、ゲームで培ったスキルや能力はそのまま。使っていたアイテムバッグも中身入り! 冒険者?そんな怖い事はしません! 目指せ、自給自足! *小説家になろう様でも掲載中です

公爵家長男はゴミスキルだったので廃嫡後冒険者になる(美味しいモノが狩れるなら文句はない)

音爽(ネソウ)
ファンタジー
記憶持ち転生者は元定食屋の息子。 魔法ありファンタジー異世界に転生した。彼は将軍を父に持つエリートの公爵家の嫡男に生まれかわる。 だが授かった職業スキルが「パンツもぐもぐ」という謎ゴミスキルだった。そんな彼に聖騎士の弟以外家族は冷たい。 見習い騎士にさえなれそうもない長男レオニードは廃嫡後は冒険者として生き抜く決意をする。 「ゴミスキルでも美味しい物を狩れれば満足だ」そんな彼は前世の料理で敵味方の胃袋を掴んで魅了しまくるグルメギャグ。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

処理中です...