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目的、この物語のテーマ
―― 【倫理狂い 】 ――⑦
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得たものは確かにあって、でも、この喪失感は何なのだろうか。
愚かな行いに対する報いとしては、この代償はあまりにも大きすぎやしないか。
とぼとぼと相変わらずギラギラ下品に彩られた魔法灯街を歩く。こんなはずじゃなかった、いや、【倫理狂い】に一体どんな物語を想像していたのだろうか。今はもう思い出せない。
俯いた視線にさらさらと黒と金色が映り込んで、なおさら陰鬱な気分にさせる。
毒はまだ抜けていない。あの唇の柔らかな感触を思い出しては、ぶるりと痙攣じみた震えが走る。彼女のやわらく濡れている肢体を弄ぼうとあそこに戻りたくなる。ダメ、それに依存してはいけない、ゼッタイ。
なんだかんだで気に入っていたのかもしれない。わたし、という希薄な存在の中で無色透明という色彩を象徴するものだったのかもしれない。
わたしの髪を綺麗だと言ってくれたジーナが今のわたしを見たらなんて言うかしら。優しく慰めてくれるかしら。
ああ、こんな髪、ダンスホールじゃ確かに目立つかもしれないけど、これじゃあ悪目立ちじゃない、低俗がすぎる。どうやったって音に身を任せることなんてできやしない。そんな気分じゃない。
わたしだって王子様が開くお城の舞踏会に行きたいのに。そのためのおしゃれなのに、ワンピースも下着もピアスの穴もコルセットも燃える血も靴も歌声も肌もバッグも、そして、無色透明だった髪も全部台無し。これじゃあ、灰をかぶっていた方がまだマシかもしれない。
だけど、そんな派手なのに陰気で幸薄そうな少女がこんな治安の悪い地下街を歩いていれば、わたしの気分なんて全くもってお構いなしで。
【倫理狂い】にもらったこの髪の色のせいなのか、わたしを買おうとする大人が声を掛ける。
それも1人や2人じゃない、すれ違う大人がわたしを見る視線は、声は、劣情に昂る吐息は、まるで血に飢えた獣。さっき【倫理狂い】に殺到していた群れのぎらついた目だ。今すぐにでも飛び掛かれられて貪り喰らわれそうでとても気持ち悪かった。
ああ、ここにメルトさえいてくれたらあっという間に彼らを焼き払ってくれるのに。いや、わたしがやってもいいのかしら。そんな鬱屈とした感情ばかりが湧き上がってくる。
それでも、この無法街にも一応ルールはあるらしい。合意がなければ襲われないらしく、(いや、襲うのに合意ってわたしにも意味がわからないけど、)無視していれば指一本も触れてこなかったのは救いだった。それもそうか、自由に好き勝手できる【倫理狂い】がいるんだもの、欲望の捌け口としてはそっちの方が楽に処理できるもんね。
……ああ、ダメだ、どんどん考えが卑屈になっていく。
とっととここから出て行こう、こんなところに長くいたらわたしは【倫理狂い】に魅了されて欲望にまみれたただの獣になってしまう。あんなものになりたくない。あの恍惚をいち早く忘れなくちゃいけない。
でも……
わたしはこんなところから出ていけば何事もなかったようにまた冒険を続けられるはずだけど。
だけど、【倫理狂い】は? ここに囚われている彼女に救いはあるのだろうか。
わたしは逃げた。彼女から目を背けた。せっかく“始源拾弐機関”という物語に出会えたのにお話を聞くこともできなかった。どんな物語でも話を聞こうという気にすらならなかった。こんなこと初めてだ、おじいちゃんがいたらきっと怒りだしてしまうだろう。
それでも、もうあそこに戻ろうという考えはまるで浮かばず、どうしてか微かに震える足を無理矢理誤魔化しながら、この怪物の腐敗した臓物じみた地下街の出口を足早に目指すことにした。
……ああ、わたしは何を……
ーー "Ah, my dear children, how come you here? you must come indoors and stay with me, you will be no trouble." ーー
愚かな行いに対する報いとしては、この代償はあまりにも大きすぎやしないか。
とぼとぼと相変わらずギラギラ下品に彩られた魔法灯街を歩く。こんなはずじゃなかった、いや、【倫理狂い】に一体どんな物語を想像していたのだろうか。今はもう思い出せない。
俯いた視線にさらさらと黒と金色が映り込んで、なおさら陰鬱な気分にさせる。
毒はまだ抜けていない。あの唇の柔らかな感触を思い出しては、ぶるりと痙攣じみた震えが走る。彼女のやわらく濡れている肢体を弄ぼうとあそこに戻りたくなる。ダメ、それに依存してはいけない、ゼッタイ。
なんだかんだで気に入っていたのかもしれない。わたし、という希薄な存在の中で無色透明という色彩を象徴するものだったのかもしれない。
わたしの髪を綺麗だと言ってくれたジーナが今のわたしを見たらなんて言うかしら。優しく慰めてくれるかしら。
ああ、こんな髪、ダンスホールじゃ確かに目立つかもしれないけど、これじゃあ悪目立ちじゃない、低俗がすぎる。どうやったって音に身を任せることなんてできやしない。そんな気分じゃない。
わたしだって王子様が開くお城の舞踏会に行きたいのに。そのためのおしゃれなのに、ワンピースも下着もピアスの穴もコルセットも燃える血も靴も歌声も肌もバッグも、そして、無色透明だった髪も全部台無し。これじゃあ、灰をかぶっていた方がまだマシかもしれない。
だけど、そんな派手なのに陰気で幸薄そうな少女がこんな治安の悪い地下街を歩いていれば、わたしの気分なんて全くもってお構いなしで。
【倫理狂い】にもらったこの髪の色のせいなのか、わたしを買おうとする大人が声を掛ける。
それも1人や2人じゃない、すれ違う大人がわたしを見る視線は、声は、劣情に昂る吐息は、まるで血に飢えた獣。さっき【倫理狂い】に殺到していた群れのぎらついた目だ。今すぐにでも飛び掛かれられて貪り喰らわれそうでとても気持ち悪かった。
ああ、ここにメルトさえいてくれたらあっという間に彼らを焼き払ってくれるのに。いや、わたしがやってもいいのかしら。そんな鬱屈とした感情ばかりが湧き上がってくる。
それでも、この無法街にも一応ルールはあるらしい。合意がなければ襲われないらしく、(いや、襲うのに合意ってわたしにも意味がわからないけど、)無視していれば指一本も触れてこなかったのは救いだった。それもそうか、自由に好き勝手できる【倫理狂い】がいるんだもの、欲望の捌け口としてはそっちの方が楽に処理できるもんね。
……ああ、ダメだ、どんどん考えが卑屈になっていく。
とっととここから出て行こう、こんなところに長くいたらわたしは【倫理狂い】に魅了されて欲望にまみれたただの獣になってしまう。あんなものになりたくない。あの恍惚をいち早く忘れなくちゃいけない。
でも……
わたしはこんなところから出ていけば何事もなかったようにまた冒険を続けられるはずだけど。
だけど、【倫理狂い】は? ここに囚われている彼女に救いはあるのだろうか。
わたしは逃げた。彼女から目を背けた。せっかく“始源拾弐機関”という物語に出会えたのにお話を聞くこともできなかった。どんな物語でも話を聞こうという気にすらならなかった。こんなこと初めてだ、おじいちゃんがいたらきっと怒りだしてしまうだろう。
それでも、もうあそこに戻ろうという考えはまるで浮かばず、どうしてか微かに震える足を無理矢理誤魔化しながら、この怪物の腐敗した臓物じみた地下街の出口を足早に目指すことにした。
……ああ、わたしは何を……
ーー "Ah, my dear children, how come you here? you must come indoors and stay with me, you will be no trouble." ーー
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