161 / 235
目的、この物語のテーマ
―― 【倫理狂い 】 ――③
しおりを挟む
その陳腐な舞台の上で独り、誰にも見られることなくゆらゆら揺れているだけの彼女の姿は、可憐なプリマドンナにはほど遠く。哀れな贄の山羊にこそより近い。
「あれが“始源拾弐機関”……?」
今、彼女は動けない。つまり、彼女こそが……
で、でも。
いや、考えていても仕方ない。それがなんであったって、とにかく今は彼女を助けることが先決だ。
周りにはだれもいる気配はない。それっぽい観測機のようなものも見当たらない。それでも周囲を警戒しながらおそるおそる近づく。
今すぐにでもこれまで“始源拾弐機関”から授かった力の全てを解放して自分自身を完全武装したい、そんな衝動に苛まれながら。この町に来てからなんだか臆病になったような気がする。
ぎーぎーと微かに揺れる彼女の白い身体だけが弱々しい明りに照らされている。
「だ、大丈夫ですか?」
黒革の大きなアイマスクが彼女の顔の半分をきつく締め上げながら覆い隠している。
ほとんど裸同然の真白い身体が、無数の黒革のベルトで縛り上げられている。その隙間から垣間見える肌には、至るところに未だに血が滲む痛々しい傷痕が刻まれていた。
「■■■■■■■■■■■■」
彼女はその小さな口に不似合な大きな丸い球を咥えさせられていて、まともに喋ることはできず、代わりに獣じみた唸り声と涎を汚らしく垂らしているだけだった。
そ、そんな、こんなにも痛ましいものが“始源拾弐機関”なの?
と、とにかく彼女を助けなきゃ。目の前に吊り下げられているものに集中することでわたしは困惑と疑念を振り払うことにした。
幸いにもここにはわたしと彼女以外には誰もいない。彼女を拘束したものが来る前に彼女を連れて逃げないと。
何かの液体でぬめる黒革をなんとか外すと、ずるり、まるで全身の骨をなくしてしまったかのように力なく、解いた吊り革から滑り落ちる。その裸体を思わず抱き留める。「ぁんッ……」ビクンと痙攣し、彼女が切ない声を上げる。
「……どうしてあたしをここからはずしたの?」
アイマスクを外す、その青く濁った光のない瞳にわたしが映っていないのは明らかだった。
可憐であり、それでいて、艶めかしくもある、処女のように無垢で娼婦のように淫らな声音。たった一言、ほんの少し聞いただけで思考が混乱する、錯乱する、ああ、くらくらする。
「あ、そ、その、アナタが苦しそうだったから」
「あら、そんなことないわ、だってあたしはしあわせだもん」
焦点の合わない潤んだ眼差し。恍惚として弛緩した表情、口からは唾液が一筋。長く美しい金髪がうっすらと汗ばんで紅潮した肌に張り付いている。かろうじて黒革のベルトだけを纏ったか細くも柔らかな裸体は傷だらけで、力なく常にビクンビクンと痙攣している。
この数秒にも満たない一瞬の邂逅だけで理解した、いや、反射的に反応した、と言った方が正しいか。
彼女は、自身を見る者を無秩序に扇情させる存在。
庇護欲と加虐欲、相反する欲望を掻き立てる存在。
関わったもの全てを破滅させてしまうような存在。
ああ、だからこそ彼女の存在はどうしようもなく、この世界の根源、だ。原始的な欲望に、本能的な快楽に、獲得したばかりのわたし達の理性はまだ抗うことができない。
マナカの異能力なんて比にもならない。上っ面の心を壊すだけじゃない、その心はおろか、精神も倫理も人間性すらも壊してしまう。心を持たないはずのわたしが欲情している、いや、心を持たないからこそ、その本能が彼女に犯されているのか。はは、狂ってしまう。
わたしは咄嗟に引き掴んでいた彼女の細い肩を思わず離す。ほとんど反射的に飛び退く。このまま近くにいては彼女のとてつもない魅了にあてられてしまう。吐息に媚薬でも入っているのだろうか。
ぺたんと床に座り込んだまま、彼女はきょとんとわたしを見上げている。
「……ねえ、アナタは……」
「あれが“始源拾弐機関”……?」
今、彼女は動けない。つまり、彼女こそが……
で、でも。
いや、考えていても仕方ない。それがなんであったって、とにかく今は彼女を助けることが先決だ。
周りにはだれもいる気配はない。それっぽい観測機のようなものも見当たらない。それでも周囲を警戒しながらおそるおそる近づく。
今すぐにでもこれまで“始源拾弐機関”から授かった力の全てを解放して自分自身を完全武装したい、そんな衝動に苛まれながら。この町に来てからなんだか臆病になったような気がする。
ぎーぎーと微かに揺れる彼女の白い身体だけが弱々しい明りに照らされている。
「だ、大丈夫ですか?」
黒革の大きなアイマスクが彼女の顔の半分をきつく締め上げながら覆い隠している。
ほとんど裸同然の真白い身体が、無数の黒革のベルトで縛り上げられている。その隙間から垣間見える肌には、至るところに未だに血が滲む痛々しい傷痕が刻まれていた。
「■■■■■■■■■■■■」
彼女はその小さな口に不似合な大きな丸い球を咥えさせられていて、まともに喋ることはできず、代わりに獣じみた唸り声と涎を汚らしく垂らしているだけだった。
そ、そんな、こんなにも痛ましいものが“始源拾弐機関”なの?
と、とにかく彼女を助けなきゃ。目の前に吊り下げられているものに集中することでわたしは困惑と疑念を振り払うことにした。
幸いにもここにはわたしと彼女以外には誰もいない。彼女を拘束したものが来る前に彼女を連れて逃げないと。
何かの液体でぬめる黒革をなんとか外すと、ずるり、まるで全身の骨をなくしてしまったかのように力なく、解いた吊り革から滑り落ちる。その裸体を思わず抱き留める。「ぁんッ……」ビクンと痙攣し、彼女が切ない声を上げる。
「……どうしてあたしをここからはずしたの?」
アイマスクを外す、その青く濁った光のない瞳にわたしが映っていないのは明らかだった。
可憐であり、それでいて、艶めかしくもある、処女のように無垢で娼婦のように淫らな声音。たった一言、ほんの少し聞いただけで思考が混乱する、錯乱する、ああ、くらくらする。
「あ、そ、その、アナタが苦しそうだったから」
「あら、そんなことないわ、だってあたしはしあわせだもん」
焦点の合わない潤んだ眼差し。恍惚として弛緩した表情、口からは唾液が一筋。長く美しい金髪がうっすらと汗ばんで紅潮した肌に張り付いている。かろうじて黒革のベルトだけを纏ったか細くも柔らかな裸体は傷だらけで、力なく常にビクンビクンと痙攣している。
この数秒にも満たない一瞬の邂逅だけで理解した、いや、反射的に反応した、と言った方が正しいか。
彼女は、自身を見る者を無秩序に扇情させる存在。
庇護欲と加虐欲、相反する欲望を掻き立てる存在。
関わったもの全てを破滅させてしまうような存在。
ああ、だからこそ彼女の存在はどうしようもなく、この世界の根源、だ。原始的な欲望に、本能的な快楽に、獲得したばかりのわたし達の理性はまだ抗うことができない。
マナカの異能力なんて比にもならない。上っ面の心を壊すだけじゃない、その心はおろか、精神も倫理も人間性すらも壊してしまう。心を持たないはずのわたしが欲情している、いや、心を持たないからこそ、その本能が彼女に犯されているのか。はは、狂ってしまう。
わたしは咄嗟に引き掴んでいた彼女の細い肩を思わず離す。ほとんど反射的に飛び退く。このまま近くにいては彼女のとてつもない魅了にあてられてしまう。吐息に媚薬でも入っているのだろうか。
ぺたんと床に座り込んだまま、彼女はきょとんとわたしを見上げている。
「……ねえ、アナタは……」
0
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる
農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」
そんな言葉から始まった異世界召喚。
呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!?
そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう!
このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。
勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定
私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。
ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。
他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。
なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。
異世界転生~チート魔法でスローライフ
リョンコ
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。
43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。
その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」
大型連休を利用して、
穴場スポットへやってきた!
テントを建て、BBQコンロに
テーブル等用意して……。
近くの川まで散歩しに来たら、
何やら動物か?の気配が……
木の影からこっそり覗くとそこには……
キラキラと光注ぐように発光した
「え!オオカミ!」
3メートルはありそうな巨大なオオカミが!!
急いでテントまで戻ってくると
「え!ここどこだ??」
都会の生活に疲れた主人公が、
異世界へ転生して 冒険者になって
魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。
恋愛は多分ありません。
基本スローライフを目指してます(笑)
※挿絵有りますが、自作です。
無断転載はしてません。
イラストは、あくまで私のイメージです
※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが
少し趣向を変えて、
若干ですが恋愛有りになります。
※カクヨム、なろうでも公開しています
転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。
克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります!
辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。
あの子を甘やかして幸せにスローライフする為の、はずれスキル7回の使い方
tea
ファンタジー
はずれスキル持ちなので、十八になったら田舎でスローライフしようと都落ちの日を心待ちにしていた。
しかし、何故かギルマスのゴリ押しで問答無用とばかりに女勇者のパーティーに組み込まれてしまった。
追放(解放)してもらうため、はずれスキルの無駄遣いをしながら過去に心の傷を負っていた女勇者を無責任に甘やかしていたら、女勇者から慕われ懐かれ、かえって放してもらえなくなってしまったのだが?
どうなる俺の田舎でのスローライフ???
大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです
飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。
だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。
勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し!
そんなお話です。
【完結】神様と呼ばれた医師の異世界転生物語 ~胸を張って彼女と再会するために自分磨きの旅へ!~
川原源明
ファンタジー
秋津直人、85歳。
50年前に彼女の進藤茜を亡くして以来ずっと独身を貫いてきた。彼の傍らには彼女がなくなった日に出会った白い小さな子犬?の、ちび助がいた。
嘗ては、救命救急センターや外科で医師として活動し、多くの命を救って来た直人、人々に神様と呼ばれるようになっていたが、定年を迎えると同時に山を買いプライベートキャンプ場をつくり余生はほとんどここで過ごしていた。
彼女がなくなって50年目の命日の夜ちび助とキャンプを楽しんでいると意識が遠のき、気づけば辺りが真っ白な空間にいた。
白い空間では、創造神を名乗るネアという女性と、今までずっとそばに居たちび助が人の子の姿で土下座していた。ちび助の不注意で茜君が命を落とし、謝罪の意味を込めて、創造神ネアの創る世界に、茜君がすでに転移していることを教えてくれた。そして自分もその世界に転生させてもらえることになった。
胸を張って彼女と再会できるようにと、彼女が降り立つより30年前に転生するように創造神ネアに願った。
そして転生した直人は、新しい家庭でナットという名前を与えられ、ネア様と、阿修羅様から貰った加護と学生時代からやっていた格闘技や、仕事にしていた医術、そして趣味の物作りやサバイバル技術を活かし冒険者兼医師として旅にでるのであった。
まずは最強の称号を得よう!
地球では神様と呼ばれた医師の異世界転生物語
※元ヤンナース異世界生活 ヒロイン茜ちゃんの彼氏編
※医療現場の恋物語 馴れ初め編
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
異世界転生はどん底人生の始まり~一時停止とステータス強奪で快適な人生を掴み取る!
夢・風魔
ファンタジー
若くして死んだ男は、異世界に転生した。恵まれた環境とは程遠い、ダンジョンの上層部に作られた居住区画で孤児として暮らしていた。
ある日、ダンジョンモンスターが暴走するスタンピードが発生し、彼──リヴァは死の縁に立たされていた。
そこで前世の記憶を思い出し、同時に転生特典のスキルに目覚める。
視界に映る者全ての動きを停止させる『一時停止』。任意のステータスを一日に1だけ奪い取れる『ステータス強奪』。
二つのスキルを駆使し、リヴァは地上での暮らしを夢見て今日もダンジョンへと潜る。
*カクヨムでも先行更新しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる