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半笑い
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俺は襲い来る脱力感と戦っていた。
まさかこんなしょうもない落ちが待っているとは思わなかった。まさかこけた拍子に持っていたナイフが突き刺さって死亡なんて。
倒れた男の下敷きになってもがく綺羅を何とか腕を引っ張って引き出した。その間男はピクリとも動かない。
ひっくり返してみれば持っていたナイフが見事に胸に突き刺さっていた。
綺羅の服にも血が染みている。気の毒だがこの服は廃棄処分だろう。
敦は歯の根が合わないくらい震えている。
「落ち着けよ、これを飲んで」
そう言って奇跡的にこぼれていなかった水割りを敦に差し出した。
敦はそれを一息に飲み干してしまった。
「大丈夫かよ」
飲み干してから敦は糸が切れたようにうずくまってしまう。
俺はそれを見下ろしてから綺羅に向かって手を出した。
「大丈夫か?」
綺羅はうつむいて顔を両手で覆っている。その状態でフルフルと首を横に振った。
綺羅はアルコールアレルギーだ。酒でも飲ませて落ち着かせるわけにもいかない。
そしてようやく警察が突入してきた。
普通なら助かったと思うところだが。どうも裏にやましいことのありそうな客が多数だったのでまるで踏み込まれたように及び腰になっている。
警察に対して逃げようとしてそのまま取り押さえられ連行していかれるような状況だった。
倒れた男とその横で血まみれの綺羅。当然職務質問を受けることになり。そのまま俺たちは取り調べを受けることになった。しかし敦はそのまま倒れてしまったため担架で運び出された。
綺羅はその血のついた格好で思いっきり乱暴に扱われそうになったが俺が間に立って事故だったと説明したところさすがに同情されたようだ。
そういうわけで俺たちは二人で取り調べを受けることになった。
しかし俺たちに話すことなどあるはずがなく。
あの店に行ったのも初めてだし。それも連れてきた敦が常連らしいが今敦は人事不詳に陥っている。
あの店で何やら怪しいことが行われていたのかもしれないがそんなことは俺の知ったことじゃないのだ。
綺羅は何一つしゃべらなかったが。ただ時折くぐもった声が顔を覆った手の中からこぼれた。
そして俺は綺羅の芝居が今日はとてつもなく下手だと気付いた。
綺羅は覆った手の下で笑っていた。
こみあげる笑いを手の下に隠していたのだ。
あの時ふらふらと歩きだした綺羅。その時点で行動を決めていたらしい。
倒れたはずみに刺さったのかそれとも倒された後に刺されたのかあの状況では実証は不可能だろう。
「俺たち、帰っていいですか」
綺羅のシャツをコンビニ行って調達してから警察署から出ることにした。
「これは廃棄だね」
丸首シャツに着替えた綺羅はポリ袋に血の付いた服を詰めている。
さっきまでの落ち込んだ様子はみじんも感じさせない。いやさっきも落ち込んでいなかったか。
さあ帰ろうとしたとき警察に呼び止められた。
「君たちのさっきの連れの」
「敦がどうかしましたか?」
俺は怪訝そうな顔をして聞いた。
「搬送された病院で容体が悪化して」
「え、まさか」
俺はとっさに顔を作った。敦に抱き着かれたときポケットに入っていた錠剤をいくつかくすねて敦の水割りに放り込んだ。それをイチかバチかで飲ませたのだがうまくいったようだ。
「残念だよ」
ここはあえて抑えた芝居を打つ。あまり大袈裟だとかえって怪しまれる。
俺は沈痛な顔でうつむいた。綺羅は気分が悪いと口を押えた。
「ご家族の連絡先は知っているか」
俺は劇団の主席の電話番号を教えた。
「そこに知らせれば教えてもらえると思います」
そこで俺たちは帰路についた。
まさかこんなしょうもない落ちが待っているとは思わなかった。まさかこけた拍子に持っていたナイフが突き刺さって死亡なんて。
倒れた男の下敷きになってもがく綺羅を何とか腕を引っ張って引き出した。その間男はピクリとも動かない。
ひっくり返してみれば持っていたナイフが見事に胸に突き刺さっていた。
綺羅の服にも血が染みている。気の毒だがこの服は廃棄処分だろう。
敦は歯の根が合わないくらい震えている。
「落ち着けよ、これを飲んで」
そう言って奇跡的にこぼれていなかった水割りを敦に差し出した。
敦はそれを一息に飲み干してしまった。
「大丈夫かよ」
飲み干してから敦は糸が切れたようにうずくまってしまう。
俺はそれを見下ろしてから綺羅に向かって手を出した。
「大丈夫か?」
綺羅はうつむいて顔を両手で覆っている。その状態でフルフルと首を横に振った。
綺羅はアルコールアレルギーだ。酒でも飲ませて落ち着かせるわけにもいかない。
そしてようやく警察が突入してきた。
普通なら助かったと思うところだが。どうも裏にやましいことのありそうな客が多数だったのでまるで踏み込まれたように及び腰になっている。
警察に対して逃げようとしてそのまま取り押さえられ連行していかれるような状況だった。
倒れた男とその横で血まみれの綺羅。当然職務質問を受けることになり。そのまま俺たちは取り調べを受けることになった。しかし敦はそのまま倒れてしまったため担架で運び出された。
綺羅はその血のついた格好で思いっきり乱暴に扱われそうになったが俺が間に立って事故だったと説明したところさすがに同情されたようだ。
そういうわけで俺たちは二人で取り調べを受けることになった。
しかし俺たちに話すことなどあるはずがなく。
あの店に行ったのも初めてだし。それも連れてきた敦が常連らしいが今敦は人事不詳に陥っている。
あの店で何やら怪しいことが行われていたのかもしれないがそんなことは俺の知ったことじゃないのだ。
綺羅は何一つしゃべらなかったが。ただ時折くぐもった声が顔を覆った手の中からこぼれた。
そして俺は綺羅の芝居が今日はとてつもなく下手だと気付いた。
綺羅は覆った手の下で笑っていた。
こみあげる笑いを手の下に隠していたのだ。
あの時ふらふらと歩きだした綺羅。その時点で行動を決めていたらしい。
倒れたはずみに刺さったのかそれとも倒された後に刺されたのかあの状況では実証は不可能だろう。
「俺たち、帰っていいですか」
綺羅のシャツをコンビニ行って調達してから警察署から出ることにした。
「これは廃棄だね」
丸首シャツに着替えた綺羅はポリ袋に血の付いた服を詰めている。
さっきまでの落ち込んだ様子はみじんも感じさせない。いやさっきも落ち込んでいなかったか。
さあ帰ろうとしたとき警察に呼び止められた。
「君たちのさっきの連れの」
「敦がどうかしましたか?」
俺は怪訝そうな顔をして聞いた。
「搬送された病院で容体が悪化して」
「え、まさか」
俺はとっさに顔を作った。敦に抱き着かれたときポケットに入っていた錠剤をいくつかくすねて敦の水割りに放り込んだ。それをイチかバチかで飲ませたのだがうまくいったようだ。
「残念だよ」
ここはあえて抑えた芝居を打つ。あまり大袈裟だとかえって怪しまれる。
俺は沈痛な顔でうつむいた。綺羅は気分が悪いと口を押えた。
「ご家族の連絡先は知っているか」
俺は劇団の主席の電話番号を教えた。
「そこに知らせれば教えてもらえると思います」
そこで俺たちは帰路についた。
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