ダークアクターMOB

karon

文字の大きさ
上 下
4 / 14

完遂

しおりを挟む
 俺は中年男の後をつけていた。貧相な体格にちょっと小狡い感じの顔をしている。だけどどこにでもいそうな顔。そのあとを一目見たら三分後に忘れると言われる凡庸な顔の俺がつけていく。
 雨が降ってきた。雨はいい。いろんなものが消えてしまう。
 最近の天気予報の精度はとてもいい。さすがにあの馬鹿高い人工衛星を飛ばしているだけある。
 俺は三日間下見した場所に近づいていく。この先の道路は交通量がとても多い。都合よく大型トラックなんかもよく走っている。
 丁度よくいい感じにトラックが走ってきた。俺はちょっと目を細めた。タイミングを計ってゆっくりとその中年男に近づいていく。
 俺は足を速めた。頭の中で数を数えながら。すべてがスローモーションのように見えた。
 灰色のスーツの背中が俺の目の前に大きく広がった。
 俺は最小限の動作だけで中年男を突き飛ばした。
 貧相な体格の男で本当に良かった。おれみたいに細っこい体でも十分車道まで吹っ飛ばすことができた。
 男は車道によろけながら倒れこむ。そしてその身体をトラックのタイヤが押しつぶした。
 肉の潰れる嫌な音を聞いた。
 そして俺は悲鳴を上げてうずくまった。
 同じように悲鳴を上げるたまたま通りがかった通行人たち。
 集まってくる野次馬、ある程度集まったところでそれらを陰にして俺はその場を離れた。
 別にあの男に恨みがあったわけじゃない。
 これが俺の副業だ。
 俺のいる場所は芸能界の端っこ。光あふれる芸能界という場所はその光が強ければ強いほど闇もまた深い。
 光にあこがれながら闇に飲まれる奴らの方が多いってことだ。俺のように。
 俺の副業、殺し屋もそうしたニーズにこたえる商売ってことだ。
 俺は真っ暗な闇から光を見ているだけだ。
 俺はその場から離れてそのまま駅に向かった。いくつか適当な駅で降りてまた乗ってを繰り返す。
 これは俺のルーティンワークのようなものだ。そして、あらかじめコインロッカーに用意しておいた着替えで元の格好に戻った。
 まとめておいた髪を崩して俺はバッグに入れた背広を適当なところで始末した。
 そしておそらく明日当たりあの男の訃報が新聞あたりに載るだろう。
 そして俺のところに報酬の入った小包が入ってくる。
 仕事が終わったとしても斎藤さんに連絡は取らない。それは最初からの取り決めだった。
 役者という仕事は大概赤字だ。報酬より出費の方が多い。だから役者業の合間にバイトバイトで追われる連中がほとんどだ。
 役者を続けるため割のいいバイトを探していたところをどこをどう間違ったのかこういう裏家業に足を突っ込んでしまった。
 だけど、この仕事のおかげで身体を作るためのジムにも通えるようになった。
 万年わき役の俺はそれでも舞台を続けたい。
しおりを挟む

処理中です...