恋の無駄騒ぎ

karon

文字の大きさ
上 下
23 / 33

第二十二章

しおりを挟む
「ユキちゃん、ありがと」

 おむすびを頬張る桐矢くんに麦茶を出した。

「休憩って、これからまた?」
「うん、納屋とか、物置とかさ、子供が隠れんぼに入り込んだりするから、オレらは家の周りを見てみようかって、鍵掛かって出れなくなってる可能性もあるしな」
「そっか……」
「なぁ、ユキちゃん食べてないだろ?」
「えっ……」

 食欲が湧かず、何も手をつけれなかったのがナゼかバレてる。
 はいと、おむすびを渡された。続けて楊枝に刺した肉団子まで、口元にきて、私は大人しく肉団子を頬張った。

 晩ごはん、と言うには遅いけれど、こうして夜に桐矢くんと食事をするのは、ここに戻った頃の、泣くばかりだったあの頃以来だ。
 最近では、晩ごはんに誘っても「食べたら帰れなくなりそうだから」と、断られる。食べたらすぐ眠くなっちゃうのは子供の頃から変わらないらしい。

「あのな、チカちゃんのお母さんの、リカコさんがさ、昨夜ゆうべチカちゃんに怒鳴ってしまったんだと、亡くなったお母さん、リカコさんのお母さんな。その手作りの人形を壊したって」

 卵焼きを飲み込み、桐矢くんは話してくれた。

「朝になって、おばあちゃんに直してもらってくるって、言って、チカちゃん、人形を持って出たんだって」
「……」

「リカコさんも、おばあちゃんって言うから、隣の坂木のばあちゃんのことかと思ったらしいんだ。前の日、坂木のばあちゃん家に行ったらしいから」

 私も出会った、メロンをおすそ分けした時だ。

「でも、坂木のばあちゃん家には行ってないって分かって……」
「今朝ね、私が見たのは、坂木のおばあちゃん家とは反対に行く姿だったの」

『おばーちゃん、まってぇ』

 チカちゃんは誰に言ったのか……。
 私は、縁側からしましまさんの拾い物の入ったカゴを持ってきた。

「ねぇ、桐矢くん、今朝しましまさんが拾ってきたバースデーカードね、この“りっこちゃん”って、リカコさんのことだったの」

 告げる私に、は? のまま桐矢くんは固まった。そして、何度かカードと私を見比べた。

「しましまさんはね、拾い物の持ち主にあった時、体を擦り寄せるて教えてくれるの。まるで“待ってたよ”って伝えてるみたいに」
「え……それ、三島の時」

 そう、実際しましまさんの拾い物の持ち主が家にきた時に、桐矢くんが居合わせたのは、三島さんと沖野ヨウコさんが訪れた時だけだ。

「うん、三島さんの時もそうだった。しましまさんがそうやって教えてくれるから、私も声を掛けて縁側まで来てもらってたの」

 縁側でお茶を飲みながら、他愛のない話をし、偶然のようにカゴの中の縁ある物を見つける。そうやって、しましまさんの拾い物を返していた。

「そう、だったんだ」
「こんな話、信じられる?」
「信じるよ」

 応えはすぐだった。

「しましまが、他の猫と違うのは、知ってるから」

 その言葉に私の方が絶句した。

「……それって、どういう」

「見つかったぞー!」

 外からの声に桐矢くんも私も立ち上がり、表に出た。

「チカ!!」
「チカちゃんが見つかったぞ!」
「よかった、よかったねぇ」

 足取りに疲労などは見えない様子で、チカちゃんは戻ってきた。
 懐中電灯に照らされたチカちゃんは、両手に人形を二体抱えて、しましまさんと一緒に、戻ってきた。

 そして、それは、チカちゃんに縋り付き泣くリカコさんと、笑顔の戻った町の人に囲まれた中で、

「はいママ! おばーちゃんが、りっこちゃんにわたしてって」

 チカちゃんは二体の人形を母親に差し出した。

「え……」

 人形を手渡されリカコさんは固まっていた。
 動かないリカコさんに、一度戻ろう、と声をかけられたがチカちゃんは「まって!」と大人たちを止めた。

「あのね、にゃんちゃんが、ママのおたんじょうびのカードもってるの!」

 息を飲んだ。

「にゃあん」

 チカちゃんの足元でしましまさんがひと鳴きする。

「あぁ、よく何か拾って持って帰るって猫か」
 
 しましまさんのことを知る人の声があがる中、動けない私の耳元で「オレが取ってくるから」と残し、桐矢くんは離れて行った。

「誕生日のカードってこれかな?」
「うん!」

 知っていたかのようにチカちゃんはバースデーカードを受け取った。

「それを、猫が拾ってきたのか?」
「そうだよ! その猫は賢いけぇ、こないだは、わたしのお守り見つけてくれたんだよ」

 隣のおばあちゃんに続くのは、

「あー、その猫か! うちのじーさんが作ったルアーも見つけたらしいからな」
「あぁ、ユキさん家の猫か! うちも娘にもらった、手作りのキーホルダーを見つけてくれてたんだよ!」
「鼻がいいんだよ」
「そんな賢い猫だったのか!」
「チカちゃんを見つけたのは、その猫なのか!?」
「すごいな! 猫なのに鼻がいいのか」
「なぁ、カードにはなんて書いてあるって?」

 こんなふうに、大勢の前で知られたくなかった。
 ドクンドクンと心臓の音が頭で響く。

「ユキちゃん、ユキ! 息しろ」
「はっ……、は、とうやくん……」

 呼吸を忘れるほどの不安に、固く握り締めていた手を解いた。

「戻ろう、ユキちゃん」
「…………」

 振り返えり、見たのは、膝を着き、人形を抱きしめたリカコさんと、体を擦り寄せているしましまさんの姿。




 しましまさんの拾い物は町の皆が知ることになった。
 翌日から猫の拾い物を覗きに、何人もの人が家を訪れ、拾い物をする珍しい猫しましまさんも人に追い回された。

 そして、しましまさんは家へ戻って来れなくなり……。

 私は総司くんとの繋がりを失った。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

家出したとある辺境夫人の話

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』 これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。 ※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。 ※他サイトでも掲載します。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

婚約解消は君の方から

みなせ
恋愛
私、リオンは“真実の愛”を見つけてしまった。 しかし、私には産まれた時からの婚約者・ミアがいる。 私が愛するカレンに嫌がらせをするミアに、 嫌がらせをやめるよう呼び出したのに…… どうしてこうなったんだろう? 2020.2.17より、カレンの話を始めました。 小説家になろうさんにも掲載しています。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

踏み台令嬢はへこたれない

IchikoMiyagi
恋愛
「婚約破棄してくれ!」  公爵令嬢のメルティアーラは婚約者からの何度目かの申し出を受けていたーー。  春、学院に入学しいつしかついたあだ名は踏み台令嬢。……幸せを運んでいますのに、その名付けはあんまりでは……。  そう思いつつも学院生活を満喫していたら、噂を聞きつけた第三王子がチラチラこっちを見ている。しかもうっかり婚約者になってしまったわ……?!?  これは無自覚に他人の踏み台になって引っ張り上げる主人公が、たまにしょげては踏ん張りながらやっぱり周りを幸せにしたりやっと自分も幸せになったりするかもしれない物語。 「わたくし、甘い砂を吐くのには慣れておりますの」  ーー踏み台令嬢は今日も誰かを幸せにする。  なろうでも投稿しています。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

夜会の夜の赤い夢

豆狸
恋愛
……どうして? どうしてフリオ様はそこまで私を疎んでいるの? バスキス伯爵家の財産以外、私にはなにひとつ価値がないというの? 涙を堪えて立ち去ろうとした私の体は、だれかにぶつかって止まった。そこには、燃える炎のような赤い髪の──

処理中です...