70 / 73
暗中模索
しおりを挟む
荷車に死体が折り重なって積まれていた。
その傍らに、泣きはらした家族と思われる一団が歩いていく。
消耗した街の暮らしでは、ここ数年まともな葬式を上げた記憶がないが、今回に限っては常にないほど人が死んだ。
すでに腐敗が始まっているのか、すえた臭いも漂ってくる。埋葬を急がねばならない。
折れた足で、陽輝の方にすがっている月姫の姿に注目する者はいなかった。
いつもならサクサク進める道をのろのろと歩む。薄々ではあるが、もはやまともな形にこの足は戻らないであろう。
深く深く掘られた穴に、死体を投げ込む音がした。
合間合間に土を落とし、死体の間を埋めていく。
「月姫」
埋葬を見守っていた女が振り返る。
「さっき、香樹を埋めたわ」
月姫の身体がかしいだ。
「何があったの」
危険な役割を買って出たが、それでも危なくなったら逃げろと言っておいたはずだ。
「私達は囮役が終わった後に隠れ場所に匿われる手筈になっていたわ」
二番目に危険な仕事を頼むことになったので、役割が終わり次第比較的安全な場所に逃がすことになっていた。
一番危険なのが、大将首をとるために突っ込んだ月姫とその仲間達、愚連隊だったが、生き延びることをあきらめた覚悟の突撃だった。
「香樹は逃げなかったの。それどころか、落ちた賢を拾って突っ込んでいった。そして誰かを刺したところで、背後から斬られた」
香樹の着ていたくすんだ色の着物が真っ赤に染まっていたことを呟く。
返り血と自分自身の血で染まった真紅の着物を着て、幸寿は笑った。
「あの最初に焼き払われた区画に、幸寿の恋人が住んでいたって知ってた?」
月姫は知らなかった。男子と暴れまわることが多く、それ以外は家庭問題に忙殺されていた月姫は女達の噂話に興じる暇などなかった。
「香樹は、最初から生き延びるつもりなどなかったの、彼を殺したのが誰かわからないから、適当に奴らの中の誰かを殺して、それから死ぬつもりだった」
香樹は刺されながらもまだ、誰かを刺そうとあがいたという。倒れるその時まで。
「知っていたら」
香樹が来てめてはいけない覚悟を決めていたことに気づいていれば、あんな危険な役割を自分は割り振っただろうか。
「考えても無駄よ、香樹は、どこにいて何をやっていても、同じことをしたわ、生きていてもその心はもう死んでいたんでしょう」
この国では花嫁は赤い衣装をまとう。血染め赤い衣で香樹は冥府に嫁いでいった。
そこまで聞いて、限界だったのだろう。再び月姫は倒れた。
次に目を覚ました時には、同じように生き延びた愚連隊の仲間達が軍隊に連行されていったと聞かされた。
彼らは頑として月姫の名前だけは出さなかったという。
月姫はただ茫然としていた。すべてが自分の手の届かないところで進んでいく。無力感にさいなまれうつうつと過ごしていた。
それからほどなく父が亡くなった。
家族を支えていた月姫が倒れ、反乱軍は去ったものの、食料状況や治安など生活環境は一向に改善しないまま困窮していた家族の中で一番弱いものが死んだようだ。
月姫に代わって、家族を支えようと陽輝も頑張っていたが、物事には限界がある。
何とか近所の協力のもと簡素な葬儀を執り行った後日、転機は訪れた。
妃になれとの要請。なんの冗談かと思ったが、父親が名家の生まれだったが宮中にて何かをやらかして追い出されたらしい。家に適当な妃になれる娘がいないと言われた。
身体を損ない、弟の足手まといにしかなれない自分だ。妃になれば最低限の自分の生活と、今後の弟の支度金ぐらいは出る。
それくらいしか考えられなかった。
涙目で止める弟を振り切ってその話に乗った。
その傍らに、泣きはらした家族と思われる一団が歩いていく。
消耗した街の暮らしでは、ここ数年まともな葬式を上げた記憶がないが、今回に限っては常にないほど人が死んだ。
すでに腐敗が始まっているのか、すえた臭いも漂ってくる。埋葬を急がねばならない。
折れた足で、陽輝の方にすがっている月姫の姿に注目する者はいなかった。
いつもならサクサク進める道をのろのろと歩む。薄々ではあるが、もはやまともな形にこの足は戻らないであろう。
深く深く掘られた穴に、死体を投げ込む音がした。
合間合間に土を落とし、死体の間を埋めていく。
「月姫」
埋葬を見守っていた女が振り返る。
「さっき、香樹を埋めたわ」
月姫の身体がかしいだ。
「何があったの」
危険な役割を買って出たが、それでも危なくなったら逃げろと言っておいたはずだ。
「私達は囮役が終わった後に隠れ場所に匿われる手筈になっていたわ」
二番目に危険な仕事を頼むことになったので、役割が終わり次第比較的安全な場所に逃がすことになっていた。
一番危険なのが、大将首をとるために突っ込んだ月姫とその仲間達、愚連隊だったが、生き延びることをあきらめた覚悟の突撃だった。
「香樹は逃げなかったの。それどころか、落ちた賢を拾って突っ込んでいった。そして誰かを刺したところで、背後から斬られた」
香樹の着ていたくすんだ色の着物が真っ赤に染まっていたことを呟く。
返り血と自分自身の血で染まった真紅の着物を着て、幸寿は笑った。
「あの最初に焼き払われた区画に、幸寿の恋人が住んでいたって知ってた?」
月姫は知らなかった。男子と暴れまわることが多く、それ以外は家庭問題に忙殺されていた月姫は女達の噂話に興じる暇などなかった。
「香樹は、最初から生き延びるつもりなどなかったの、彼を殺したのが誰かわからないから、適当に奴らの中の誰かを殺して、それから死ぬつもりだった」
香樹は刺されながらもまだ、誰かを刺そうとあがいたという。倒れるその時まで。
「知っていたら」
香樹が来てめてはいけない覚悟を決めていたことに気づいていれば、あんな危険な役割を自分は割り振っただろうか。
「考えても無駄よ、香樹は、どこにいて何をやっていても、同じことをしたわ、生きていてもその心はもう死んでいたんでしょう」
この国では花嫁は赤い衣装をまとう。血染め赤い衣で香樹は冥府に嫁いでいった。
そこまで聞いて、限界だったのだろう。再び月姫は倒れた。
次に目を覚ました時には、同じように生き延びた愚連隊の仲間達が軍隊に連行されていったと聞かされた。
彼らは頑として月姫の名前だけは出さなかったという。
月姫はただ茫然としていた。すべてが自分の手の届かないところで進んでいく。無力感にさいなまれうつうつと過ごしていた。
それからほどなく父が亡くなった。
家族を支えていた月姫が倒れ、反乱軍は去ったものの、食料状況や治安など生活環境は一向に改善しないまま困窮していた家族の中で一番弱いものが死んだようだ。
月姫に代わって、家族を支えようと陽輝も頑張っていたが、物事には限界がある。
何とか近所の協力のもと簡素な葬儀を執り行った後日、転機は訪れた。
妃になれとの要請。なんの冗談かと思ったが、父親が名家の生まれだったが宮中にて何かをやらかして追い出されたらしい。家に適当な妃になれる娘がいないと言われた。
身体を損ない、弟の足手まといにしかなれない自分だ。妃になれば最低限の自分の生活と、今後の弟の支度金ぐらいは出る。
それくらいしか考えられなかった。
涙目で止める弟を振り切ってその話に乗った。
0
お気に入りに追加
15
あなたにおすすめの小説
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
貧乏男爵家の末っ子が眠り姫になるまでとその後
空月
恋愛
貧乏男爵家の末っ子・アルティアの婚約者は、何故か公爵家嫡男で非の打ち所のない男・キースである。
魔術学院の二年生に進学して少し経った頃、「君と俺とでは釣り合わないと思わないか」と言われる。
そのときは曖昧な笑みで流したアルティアだったが、その数日後、倒れて眠ったままの状態になってしまう。
すると、キースの態度が豹変して……?
『別れても好きな人』
設樂理沙
ライト文芸
大好きな夫から好きな女性ができたから別れて欲しいと言われ、離婚した。
夫の想い人はとても美しく、自分など到底敵わないと思ったから。
ほんとうは別れたくなどなかった。
この先もずっと夫と一緒にいたかった……だけど世の中には
どうしようもないことがあるのだ。
自分で選択できないことがある。
悲しいけれど……。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
登場人物紹介
戸田貴理子 40才
戸田正義 44才
青木誠二 28才
嘉島優子 33才
小田聖也 35才
2024.4.11 ―― プロット作成日
💛イラストはAI生成自作画像
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
後宮なりきり夫婦録
石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」
「はあ……?」
雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。
あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。
空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。
かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。
影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。
サイトより転載になります。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
旦那様は大変忙しいお方なのです
あねもね
恋愛
レオナルド・サルヴェール侯爵と政略結婚することになった私、リゼット・クレージュ。
しかし、その当人が結婚式に現れません。
侍従長が言うことには「旦那様は大変忙しいお方なのです」
呆気にとられたものの、こらえつつ、いざ侯爵家で生活することになっても、お目にかかれない。
相変わらず侍従長のお言葉は「旦那様は大変忙しいお方なのです」のみ。
我慢の限界が――来ました。
そちらがその気ならこちらにも考えがあります。
さあ。腕が鳴りますよ!
※視点がころころ変わります。
※※2021年10月1日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる