55 / 73
環玉館
しおりを挟む
環玉館、その建物は離宮の一番端に建っていた。
そのような場所に建物が建てられた理由は向こう側から滝を眺めることができるから、らしい。
暑い夏の日、滝の立てる水音が涼気を呼ぶようにと建てられたという話だ。
滝を見物するためだけの建物とか、どれだけ無駄だとそんな無粋なことを考えている女がその建物の中にいた。
その女は外見だけはとても美しかった。
張り出した窓を背景に床几に座り。そよと吹く風が長い髪を揺らす。
動くのはそれだけ。
いったい自分は何をしているのか。徳妃は空の食器棚の中に隠れて薄く開けた戸の隙間から貴妃の様子をうかがいながら自問自答していた。
あの妓女が挙動不審だということに気づいたのは昨日のことだった。
明らかに仕事以外のことに時間を使っている。
だがそのことに気づいたとしても何もするつもりはなかったのだ、今朝までは。
だが、次に貴妃に対し、妙な行動をとっていることに気づいてしまった。
見知らぬ、明らかにこの離宮にいるような人間でない男に会っていることに。
それは妙に崩れた男だった。もともとは整っていたものが崩れてしまったとしか言いようのない。その男には残骸のように元のおそらくまともな官吏だった名残が残っていた。
顔に小さな傷跡がいくつもあった。元は武人であったのかもしれない。
あの妓女は貴妃の腹心じゃなかったのか。
関係ない、自分には関係ないと何度も言い聞かせ、忘れようとしたが、その妓女が貴妃を連れ出すのを見て我慢ができなくなった。
一番身分の低い侍女のお仕着せを着こんで髪をくくっただけにする。
それで化粧もしなければ、地味がおゆえに本当にただの下女にしか見えない。
何をしようとしているのか。自分の立場など、淑妃よりましというだけのこと、何かしたところでそれが改善するわけがない。
貴妃はただ漫然と座っている。そしてあの妓女の姿は見えない。
皇帝は、縄にくくられた下働きを見下ろしていた。
本来このような身分の低い罪人など皇帝が直接顔を合わせることなど皆無なのだが、その日に限っては違った。
なぜそのようになったかといえば、彼の犯した罪状が、皇帝寵姫に対する殺害未遂であったからだ。
貴妃の食糧に、大量の有毒植物を混入したのが彼だった。
いかにも気弱そうなその顔を見下ろす。
おそらく単独犯ではない。
「誰に命じられた?」
じっとりとした目で男を見下ろす。
「あの女が、許せなかったからです」
「妃に怨恨ですか」
傍らの部下が意外そうな顔をする。少なくとも彼の知る妃は寵姫という立場にかかわらずおとなしい人畜無害な女に見えていた。
「あれが一体何をしたと?」
少なくとも自分の意思で、他人に積極的に危害を加えるような女に見えなかった。
「あの女が、殺した」
その言葉にその場にいた全員が呆けた。
「誰を?」
貴妃の前に一人の男が現れた。
あの崩れた男だった。貴妃はその表情を変えず相手もただ無表情だった。
そのような場所に建物が建てられた理由は向こう側から滝を眺めることができるから、らしい。
暑い夏の日、滝の立てる水音が涼気を呼ぶようにと建てられたという話だ。
滝を見物するためだけの建物とか、どれだけ無駄だとそんな無粋なことを考えている女がその建物の中にいた。
その女は外見だけはとても美しかった。
張り出した窓を背景に床几に座り。そよと吹く風が長い髪を揺らす。
動くのはそれだけ。
いったい自分は何をしているのか。徳妃は空の食器棚の中に隠れて薄く開けた戸の隙間から貴妃の様子をうかがいながら自問自答していた。
あの妓女が挙動不審だということに気づいたのは昨日のことだった。
明らかに仕事以外のことに時間を使っている。
だがそのことに気づいたとしても何もするつもりはなかったのだ、今朝までは。
だが、次に貴妃に対し、妙な行動をとっていることに気づいてしまった。
見知らぬ、明らかにこの離宮にいるような人間でない男に会っていることに。
それは妙に崩れた男だった。もともとは整っていたものが崩れてしまったとしか言いようのない。その男には残骸のように元のおそらくまともな官吏だった名残が残っていた。
顔に小さな傷跡がいくつもあった。元は武人であったのかもしれない。
あの妓女は貴妃の腹心じゃなかったのか。
関係ない、自分には関係ないと何度も言い聞かせ、忘れようとしたが、その妓女が貴妃を連れ出すのを見て我慢ができなくなった。
一番身分の低い侍女のお仕着せを着こんで髪をくくっただけにする。
それで化粧もしなければ、地味がおゆえに本当にただの下女にしか見えない。
何をしようとしているのか。自分の立場など、淑妃よりましというだけのこと、何かしたところでそれが改善するわけがない。
貴妃はただ漫然と座っている。そしてあの妓女の姿は見えない。
皇帝は、縄にくくられた下働きを見下ろしていた。
本来このような身分の低い罪人など皇帝が直接顔を合わせることなど皆無なのだが、その日に限っては違った。
なぜそのようになったかといえば、彼の犯した罪状が、皇帝寵姫に対する殺害未遂であったからだ。
貴妃の食糧に、大量の有毒植物を混入したのが彼だった。
いかにも気弱そうなその顔を見下ろす。
おそらく単独犯ではない。
「誰に命じられた?」
じっとりとした目で男を見下ろす。
「あの女が、許せなかったからです」
「妃に怨恨ですか」
傍らの部下が意外そうな顔をする。少なくとも彼の知る妃は寵姫という立場にかかわらずおとなしい人畜無害な女に見えていた。
「あれが一体何をしたと?」
少なくとも自分の意思で、他人に積極的に危害を加えるような女に見えなかった。
「あの女が、殺した」
その言葉にその場にいた全員が呆けた。
「誰を?」
貴妃の前に一人の男が現れた。
あの崩れた男だった。貴妃はその表情を変えず相手もただ無表情だった。
0
お気に入りに追加
15
あなたにおすすめの小説
皇太后(おかあ)様におまかせ!〜皇帝陛下の純愛探し〜
菰野るり
キャラ文芸
皇帝陛下はお年頃。
まわりは縁談を持ってくるが、どんな美人にもなびかない。
なんでも、3年前に一度だけ出逢った忘れられない女性がいるのだとか。手がかりはなし。そんな中、皇太后は自ら街に出て息子の嫁探しをすることに!
この物語の皇太后の名は雲泪(ユンレイ)、皇帝の名は堯舜(ヤオシュン)です。つまり【後宮物語〜身代わり宮女は皇帝陛下に溺愛されます⁉︎〜】の続編です。しかし、こちらから読んでも楽しめます‼︎どちらから読んでも違う感覚で楽しめる⁉︎こちらはポジティブなラブコメです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

神様に嫌われた神官でしたが、高位神に愛されました
土広真丘
ファンタジー
神と交信する力を持つ者が生まれる国、ミレニアム帝国。
神官としての力が弱いアマーリエは、両親から疎まれていた。
追い討ちをかけるように神にも拒絶され、両親は妹のみを溺愛し、妹の婚約者には無能と罵倒される日々。
居場所も立場もない中、アマーリエが出会ったのは、紅蓮の炎を操る青年だった。
小説家になろうでも公開しています。
2025年1月18日、内容を一部修正しました。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
後宮なりきり夫婦録
石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」
「はあ……?」
雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。
あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。
空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。
かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。
影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。
サイトより転載になります。
後宮の偽物~冷遇妃は皇宮の秘密を暴く~
山咲黒
キャラ文芸
偽物妃×偽物皇帝
大切な人のため、最強の二人が後宮で華麗に暗躍する!
「娘娘(でんか)! どうかお許しください!」
今日もまた、苑祺宮(えんきぐう)で女官の懇願の声が響いた。
苑祺宮の主人の名は、貴妃・高良嫣。皇帝の寵愛を失いながらも皇宮から畏れられる彼女には、何に代えても守りたい存在と一つの秘密があった。
守りたい存在は、息子である第二皇子啓轅だ。
そして秘密とは、本物の貴妃は既に亡くなっている、ということ。
ある時彼女は、忘れ去られた宮で一人の男に遭遇する。目を見張るほど美しい顔立ちを持ったその男は、傲慢なまでの強引さで、後宮に渦巻く陰謀の中に貴妃を引き摺り込もうとする——。
「この二年間、私は啓轅を守る盾でした」
「お前という剣を、俺が、折れて砕けて鉄屑になるまで使い倒してやろう」
3月4日まで随時に3章まで更新、それ以降は毎日8時と18時に更新します。
転生召喚者は異世界で陰謀を暴く~神獣を従えた白き魔女~
*⋆☾┈羽月┈☽⋆*
ファンタジー
両親を事故で亡くし、叔父夫婦のもとへ引き取られた少女・白銀葵。
遺産目当てだった叔父夫婦からは虐げられ、冷遇されていながらも
”家族として認めてほしい”
”必要な存在になりたい”
という淡い希望を抱き続けていた。
そんなある日、道路へ飛び出した子供を救うため命を散らした。
次に目を覚ました場所は神界。
時空の女神クロノスと出会い、葵は自身の魂に特別な力が宿っていることを知る。
その答えを探すため異世界へ転生することになり、シエル・フェンローズとして新たな人生を歩む事になった。
召喚の儀式中、何者かに妨害されて危険区域「ヴェルグリムの深森」へと飛ばされてしまう。
異世界で次第に明らかになっていくシエルの正体。
彼女の召喚が妨害された背景には、世界を揺るがすほどの陰謀が隠されていた……。
前世で孤独だった少女が異世界で出会った仲間と共に、隠された真実を暴いて少しずつ成長していく光の物語――。
ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活
天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる