たとえるならばそれは嵐

karon

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妃達

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「これは徳妃様」
 後宮での暮らしと離宮での暮らしの差は妃同士の行き来がたやすいということだ。
 貴妃は徳妃に頭を下げる。
 巫女を兼ねた侍女達は貴妃を黙殺する形だ。これが淑妃の珊瑚なら結構な騒ぎになるだろうが、貴妃は気にする様子もない。
 背後に控えていた貴妃付きの侍女は臨時の鈿花も含めて全員膝をついて袂を顔に掲げている。このまま徳妃がそこにいるのならずっとその姿勢でいるだろう。
 お互い庭園の散策という形をとっている。しかし、こういう腹の探り合いも貴妃はそれほど好きではないがやらないわけにはいかない。
「それはそうと、貴妃様、杖を突かなくても大丈夫なのですか」
 いきなり言われて貴妃が目を瞬かせる。
 足が悪いことは隠しきっていたつもりだが。
「もう、慣れました」
 巫女としての力かそれとも単なる観察眼か、すでにばれている以上ごまかす必要もない。
「今は大切なお身体。御子に触るやもしれません」
 この女が巫女として全うしたいつもりなのはすでにわかっていた。其れ以上のことも考えていないのも、だからこその油断だったかもしれない。
「ご心配感謝いたしますが、杖を突いていたら周囲の人間がいろいろと言い出しそうで」
 淑妃あたりが何を言い出すか分かったものじゃない。
 誰が敵かわからない王宮で、弱点は極力隠し通すつもりだ。
「あら、珍しい取り合わせですこと」
 会いたくもない人間が声をかけてきた。淑妃とその御一行様といいたくなるぐらいたくさんの侍女を引き連れている。一応やっておくかというおざなりさで侍女達はその場で膝をついた。
 淑妃が自分のことを嫌っていることはわかりすぎるほどわかっている。嫌っているなら無視すればいいものをそれをわざわざ寄ってくるのだから意味が分からない。
 寄ってきた淑妃は貴妃の腹部に一瞬目をやった。
 そしてにんまりと笑う。
 声をかけてくるが、普段は口調は苦々しげで、その眉間にはくっきりと皺が寄っているのが見て取れる。頭があまりよろしくないので、覆い隠す術を持っていないのだろうか。
 しかし今回ばかりは妙に嬉しそうだ。
 何か企んでいるんだろうなと薄々察しがついてしまった。
 幸せな人だと貴妃は思う。すべてが単純で思い通りになるんだろうと。
 背後に控えていた侍女たちは慌てて方向転換して今度は淑妃に対して膝をつく姿勢をとる。
 あちらもいろいろ大変だ。
「何か良いことでもありましたか?」
 にっこりと笑って水を向ける。さて何を企んでいるか。
 徳妃とその侍女はいきなりやってきた淑妃とその侍女たちを完全に無視していた。そしてもちろん徳妃の侍女たちは淑妃に対しても膝をつかなかった。
 ぎりっと唇をかむ音がした。しかしその唇を何とか歪んだ笑みの形に直す。
 目が笑っていないがそのあたりはご愛敬だ。
 おお、やればできるじゃないかと思わず貴妃は感心した。
「随分としつけの鳴っていない侍女をお持ちね」
 じりじりと膝をついた姿勢のまま鈿花が下がっていくのが見えた。
 本当にわずかずつ。器用だが、このままでは衣装の膝の部分がダメになりそうだ。
「徳妃様はこれからどちらに」
 危険な話題にならないようにさっさと徳妃をあちらにやってしまおうと思った。
「あちらの礼拝堂に、貴妃様もいかが、貴女様には加護がどれほどあっても足りないでしょう」
「礼拝ですか、徳妃様の邪魔になりませんでしょうか」
「私があなたに祈りたいだけだ」
「そんな女に、祈っても無駄よ」
「滅多なことを言う、何かする予定でも」
 淑妃は足音高くその場を後にした。
「わかりやすい人だな」
 徳妃は誰に聞かせる出なく呟いた。
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