42 / 73
国母
しおりを挟む
「これは貴妃様、賢妃様もご一緒とは」
宰相は恭しく一礼すると二人の妃の前に立った。
陛下は取り込み中ですので、手短に申し上げます。
宰相は先代の皇帝に疎まれ、めぐりめぐって即位前の現在の皇帝に仕えることになり、そのまま即位した後は宰相に取り立てられたという、塞翁が馬な人生を送っている人だということを鈿花は聞いていた。
一応、護衛役も鈿花は兼ねている。命令があるまで下がるつもりはなかった。
「聞かれてまずいお話をするつもりですの?」
貴妃は唇だけで笑みを刷く。
「聞かれてはというか、貴女がご存知か走りませんが、知っている人間は知っている話をするために参りました」
そしてまなじりを少し上げる。
「私は皇帝陛下が即位する前よりお仕えしておりますが、それ以前では先の皇帝陛下のそば近くに努めておりました」
「存じております」
「先の皇帝陛下がどのような方であったかご存知ですか?」
貴妃は少し考えるしぐさをした。
「知っていることにこたえようとすると少しまずいことになりそうな気がしますの」
なぜそうなるのか鈿花にはわかるような気がした。
分かっていることを口にすれば何を言っても悪口にしかならない。
鈿花は先帝について、欠点しか知らない。おそらく貴妃もそのはずだ。
即位してからこちらろくなことをしない、いないほうがどれほどましかといわれた先帝に関しては口をつぐむのが一番いい。
「左様ですな、優柔不断、日和見、弱腰、無能、皇室の汚物。あの方を形容する言葉はいくらでもあり、そのすべてが正しいという大変困った方でした」
いいのか、と思わず突っ込みそうになるが、宰相は涼しい顔だ。
「先帝の母君、先先帝の皇后は、それはそれは野心的な方でした」
そして宰相は目を細めた。
探るような視線を貴妃に向ける。
「あの方がまずなさったのは、先帝以外の先先帝の御子を処分なさる事でした。皇帝陛下は悪運強く生き延びられましたが、それ以外の方々は、病死という名の毒殺をされた方、冤罪で処刑された方、それを見て本当に皇后に刃向かってやはり処刑された方。人為的な事故死をなさった方、様々な形でこの世を去ってしまわれましたね」
淡々と凄惨な過去を呟く。その視線が少し虚ろになった。
吐き気を催す話をさらに宰相は続けた。
「皇后は皇帝の貢献をなさっている家系の出身で、どれほどの横暴も皇帝は止めることができませんでした」
「でしたら、もうそのような心配はありませんわね、皇帝陛下を脅かす家など、この国にはないのですから」
賢妃が口をはさむ。あるいはこれ以上聞いていたくないのかもしれない。
「それでもこの世に生まれてこれただけ運がよかったとも言えるかもしれません。懐妊がわかったところで母子もろとも毒殺されたことも多々ありましたね」
さすがに貴妃の額に冷や汗が浮かんだ。今の状況と重なりすぎている。
「皇帝陛下が即位される前に私は、先帝へいかに譲位を願えと申しました、その際、皇帝陛下はこう申されました。自分を憎んでいる兄が、譲位など許すはずがないだろうと」
そして、宰相は貴妃の腹に視線を移した。
「もし、あの方が、自分自身の意思で、弟君を憎むことができていたら、あそこまで状況は悪化しなかったでしょう」
貴妃の腹に視線を固定したまま、宰相はとつとつと語り続ける。
「皇后の望みは、国母としてこの国の最高権力者になること、そのためには手段を択ばなかった。自らのたった一人の我が子の人格を完全に叩き潰すことも辞さなかった」
ひゅっと貴妃の喉から妙な息が漏れた。
その顔から笑顔が消えて、素の表情が見えた。
「あの方は傀儡になるためだけに育てられました。幼いころからずっと。そして、皮肉なことに、皇帝陛下より、皇后陛下のほうが先に亡くなられたのです」
「なぜ、その話を私に?」
「先人の過ちを知ることも大切でしょう」
「親は、かなりの確率で、子より先に死ぬのですから」
宰相は恭しく一礼すると二人の妃の前に立った。
陛下は取り込み中ですので、手短に申し上げます。
宰相は先代の皇帝に疎まれ、めぐりめぐって即位前の現在の皇帝に仕えることになり、そのまま即位した後は宰相に取り立てられたという、塞翁が馬な人生を送っている人だということを鈿花は聞いていた。
一応、護衛役も鈿花は兼ねている。命令があるまで下がるつもりはなかった。
「聞かれてまずいお話をするつもりですの?」
貴妃は唇だけで笑みを刷く。
「聞かれてはというか、貴女がご存知か走りませんが、知っている人間は知っている話をするために参りました」
そしてまなじりを少し上げる。
「私は皇帝陛下が即位する前よりお仕えしておりますが、それ以前では先の皇帝陛下のそば近くに努めておりました」
「存じております」
「先の皇帝陛下がどのような方であったかご存知ですか?」
貴妃は少し考えるしぐさをした。
「知っていることにこたえようとすると少しまずいことになりそうな気がしますの」
なぜそうなるのか鈿花にはわかるような気がした。
分かっていることを口にすれば何を言っても悪口にしかならない。
鈿花は先帝について、欠点しか知らない。おそらく貴妃もそのはずだ。
即位してからこちらろくなことをしない、いないほうがどれほどましかといわれた先帝に関しては口をつぐむのが一番いい。
「左様ですな、優柔不断、日和見、弱腰、無能、皇室の汚物。あの方を形容する言葉はいくらでもあり、そのすべてが正しいという大変困った方でした」
いいのか、と思わず突っ込みそうになるが、宰相は涼しい顔だ。
「先帝の母君、先先帝の皇后は、それはそれは野心的な方でした」
そして宰相は目を細めた。
探るような視線を貴妃に向ける。
「あの方がまずなさったのは、先帝以外の先先帝の御子を処分なさる事でした。皇帝陛下は悪運強く生き延びられましたが、それ以外の方々は、病死という名の毒殺をされた方、冤罪で処刑された方、それを見て本当に皇后に刃向かってやはり処刑された方。人為的な事故死をなさった方、様々な形でこの世を去ってしまわれましたね」
淡々と凄惨な過去を呟く。その視線が少し虚ろになった。
吐き気を催す話をさらに宰相は続けた。
「皇后は皇帝の貢献をなさっている家系の出身で、どれほどの横暴も皇帝は止めることができませんでした」
「でしたら、もうそのような心配はありませんわね、皇帝陛下を脅かす家など、この国にはないのですから」
賢妃が口をはさむ。あるいはこれ以上聞いていたくないのかもしれない。
「それでもこの世に生まれてこれただけ運がよかったとも言えるかもしれません。懐妊がわかったところで母子もろとも毒殺されたことも多々ありましたね」
さすがに貴妃の額に冷や汗が浮かんだ。今の状況と重なりすぎている。
「皇帝陛下が即位される前に私は、先帝へいかに譲位を願えと申しました、その際、皇帝陛下はこう申されました。自分を憎んでいる兄が、譲位など許すはずがないだろうと」
そして、宰相は貴妃の腹に視線を移した。
「もし、あの方が、自分自身の意思で、弟君を憎むことができていたら、あそこまで状況は悪化しなかったでしょう」
貴妃の腹に視線を固定したまま、宰相はとつとつと語り続ける。
「皇后の望みは、国母としてこの国の最高権力者になること、そのためには手段を択ばなかった。自らのたった一人の我が子の人格を完全に叩き潰すことも辞さなかった」
ひゅっと貴妃の喉から妙な息が漏れた。
その顔から笑顔が消えて、素の表情が見えた。
「あの方は傀儡になるためだけに育てられました。幼いころからずっと。そして、皮肉なことに、皇帝陛下より、皇后陛下のほうが先に亡くなられたのです」
「なぜ、その話を私に?」
「先人の過ちを知ることも大切でしょう」
「親は、かなりの確率で、子より先に死ぬのですから」
0
お気に入りに追加
15
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。
松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。
そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。
しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
そんなに妹が好きなら死んであげます。
克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。
『思い詰めて毒を飲んだら周りが動き出しました』
フィアル公爵家の長女オードリーは、父や母、弟や妹に苛め抜かれていた。
それどころか婚約者であるはずのジェイムズ第一王子や国王王妃にも邪魔者扱いにされていた。
そもそもオードリーはフィアル公爵家の娘ではない。
イルフランド王国を救った大恩人、大賢者ルーパスの娘だ。
異世界に逃げた大魔王を追って勇者と共にこの世界を去った大賢者ルーパス。
何の音沙汰もない勇者達が死んだと思った王達は……
後宮の棘
香月みまり
キャラ文芸
蔑ろにされ婚期をのがした25歳皇女がついに輿入り!相手は敵国の禁軍将軍。冷めた姫vs堅物男のチグハグな夫婦は帝国内の騒乱に巻き込まれていく。
☆完結しました☆
スピンオフ「孤児が皇后陛下と呼ばれるまで」の進捗と合わせて番外編を不定期に公開していきます。
第13回ファンタジー大賞特別賞受賞!
ありがとうございました!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる