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皇后
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皇帝と皇后のもとに貴妃ならびに賢妃が暗殺されかけたという知らせが入ったのは早朝の出立直前のことだった。朝食を皇后と採り二人連れだって馬車に乗り込もうとした時だった。
皇帝は直ちに連れてきた兵の一団をそちらに向かわせた。そしてこちらに待機し、貴妃ならびに賢妃は皇帝とともに行動させるようにと命じた。
そして半日待ったのち、二人の妃が現れた。
青い衣装を着た貴妃翡翠と黒い模様の入った衣装を着た賢妃黒曜。
二人は両手を前に重ねて膝をついて一礼した。
二人の妃が跪いているのを皇后はただ見つめていた。
皇帝は二人をねぎらうような言葉をかけていたが、妃達はただ頷くだけだ。
貴妃を見るとき何やら気まずそうな顔をしていた気がする。
この男の表情を初めてみた気がした。
皇帝は皇后といるときはいつも無表情でろくに言葉を交わしたことすらない。
皇帝より十も年上でやむを得ずめとった妃ならそれも仕方がないが。
幼いころは自分の先行きが暗いものだと知らなかった。
それでも病を得て子を望めない身体になったと言われた時、それがどういう意味を持つのか理解できなかった。
ただ父母が泣き崩れるのを不思議そうに見ていただけだ。
両親に子供は自分だけだった。王族といってもさして有力でもなく、裕福でもなかったのだ。
そして唯一生まれた子供は子供を持つことができない不具の身になった。先行きなどない家だった。
そして皮肉なことに先行きのない家だからこそ、皇后黄玉の家は持ちこたえた。
先帝の気まぐれともいえる無茶な人事や粛清、そして自分の肉親に対する徹底した攻撃。
何故そこまでと何度も思った。だが、そんな理由など何もなかったのかもしれない。ただ目についただけ。
何かを考えていると考えてはいけなかったのかもしれない。
先帝崩御に続く混乱もまた、皇后を避けて通った。
小さいものは小さいものなりに利点もあるということか。
だが、いきなり皇帝に正妃として求められた時には仰天した。しかし、それもすぐに納得した。
適当な皇后になれそうな身分の独身の女性がただ一人もいなかったのだ。
国外から皇后を迎えるのも時勢上難しいと判断された結果だった。
夜を過ごしたのも一度だけ、それとて何があったとも言い難い。
子供に恵まれない自分の相手をするのも無駄とさっさと妃達をめとり、さっさと一人懐妊させた。
すべてはわかっていたはずのことだ。
「黒曜と翡翠は常に同じ行動をとるように、与える部屋も隣り合わせにする」
そう言われて、慌てたのは黒曜のほうだ。
「あの、私がどうして」
「どちらが狙われたのかわからない、ならば二人まとめていたほうが合理的だ」
「あの、私が構いませんが、部屋の手配ですが」
「自炊のできる部屋か、竈の付いた別室のある一階だ、それは用意してある、そういえば黒曜は自炊するのか?」
「自炊って何ですか?」
賢妃は真顔で聞いた。
どれだけ箱入りなのだろう。黄玉ですら知っている。
「まあいい、話はそれだけだ、二人とも馬車に乗れ」
どうやら同じ馬車に相乗りすることになるらしい。そして大型の馬車に侍女たちがまとめて積み込まれた。
黄玉はそれに先立ち皇帝と同じ馬車に並んで座る。
会話は一切ない。
ため息はつかない。ため息などついて、相手に気取られるのはごめんだ。
弱みは見せない、それが最後の矜持だった。
皇帝は直ちに連れてきた兵の一団をそちらに向かわせた。そしてこちらに待機し、貴妃ならびに賢妃は皇帝とともに行動させるようにと命じた。
そして半日待ったのち、二人の妃が現れた。
青い衣装を着た貴妃翡翠と黒い模様の入った衣装を着た賢妃黒曜。
二人は両手を前に重ねて膝をついて一礼した。
二人の妃が跪いているのを皇后はただ見つめていた。
皇帝は二人をねぎらうような言葉をかけていたが、妃達はただ頷くだけだ。
貴妃を見るとき何やら気まずそうな顔をしていた気がする。
この男の表情を初めてみた気がした。
皇帝は皇后といるときはいつも無表情でろくに言葉を交わしたことすらない。
皇帝より十も年上でやむを得ずめとった妃ならそれも仕方がないが。
幼いころは自分の先行きが暗いものだと知らなかった。
それでも病を得て子を望めない身体になったと言われた時、それがどういう意味を持つのか理解できなかった。
ただ父母が泣き崩れるのを不思議そうに見ていただけだ。
両親に子供は自分だけだった。王族といってもさして有力でもなく、裕福でもなかったのだ。
そして唯一生まれた子供は子供を持つことができない不具の身になった。先行きなどない家だった。
そして皮肉なことに先行きのない家だからこそ、皇后黄玉の家は持ちこたえた。
先帝の気まぐれともいえる無茶な人事や粛清、そして自分の肉親に対する徹底した攻撃。
何故そこまでと何度も思った。だが、そんな理由など何もなかったのかもしれない。ただ目についただけ。
何かを考えていると考えてはいけなかったのかもしれない。
先帝崩御に続く混乱もまた、皇后を避けて通った。
小さいものは小さいものなりに利点もあるということか。
だが、いきなり皇帝に正妃として求められた時には仰天した。しかし、それもすぐに納得した。
適当な皇后になれそうな身分の独身の女性がただ一人もいなかったのだ。
国外から皇后を迎えるのも時勢上難しいと判断された結果だった。
夜を過ごしたのも一度だけ、それとて何があったとも言い難い。
子供に恵まれない自分の相手をするのも無駄とさっさと妃達をめとり、さっさと一人懐妊させた。
すべてはわかっていたはずのことだ。
「黒曜と翡翠は常に同じ行動をとるように、与える部屋も隣り合わせにする」
そう言われて、慌てたのは黒曜のほうだ。
「あの、私がどうして」
「どちらが狙われたのかわからない、ならば二人まとめていたほうが合理的だ」
「あの、私が構いませんが、部屋の手配ですが」
「自炊のできる部屋か、竈の付いた別室のある一階だ、それは用意してある、そういえば黒曜は自炊するのか?」
「自炊って何ですか?」
賢妃は真顔で聞いた。
どれだけ箱入りなのだろう。黄玉ですら知っている。
「まあいい、話はそれだけだ、二人とも馬車に乗れ」
どうやら同じ馬車に相乗りすることになるらしい。そして大型の馬車に侍女たちがまとめて積み込まれた。
黄玉はそれに先立ち皇帝と同じ馬車に並んで座る。
会話は一切ない。
ため息はつかない。ため息などついて、相手に気取られるのはごめんだ。
弱みは見せない、それが最後の矜持だった。
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