たとえるならばそれは嵐

karon

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宿泊第二夜

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 身体は馬車の揺れで、骨がきしむような気がする。
 貴妃はまるで陶器のように綿入れ布団にくるまれている。
 顔が少し赤くなっているのはやはり暑いからだろう。
「馬車が止まったら、何か飲み物を」
 か細い声でそう懇願される。数時間に一度、馬車が止まって休憩になる。今はその中間の場所なので気持ち的に一番きついかもしれない。
 適度に額ににじんだ汗をぬぐっておく。
「今日、相部屋になるのは賢妃だから、あの人はおとなしい人だから夕べのようなことにはならないと思うわ」
 そういえば、徳妃付きの侍女に絡まれたこともあったなと思い返す。
 そして、ようやく日が暮れて宿泊する場所につけば鈿花は目を疑った。
 顔を合わせた徳妃は、なんだかとても見覚えのある顔をしていた。
 鈿花は貴妃の背後に隠れて表情を消す。
 賢妃はなんだかとてもいたたまれない顔をして視線をずらした。

 淑妃はいらいらと爪を噛んでいた。
 実際にかんでいたのは付け爪だ。豪華な絵のついた爪を糊で張り付けている。
 隅々まで行き届いた豪華な装いだが、その態度がすべてを台無しにしていた。
 それを冷めた目で眺めながら、徳妃は無言でお茶をすすっていた。
 淑妃とは対照的に極力飾りをそぎ落とした清楚なたたずまいだ。地味ともとれるが洗練された所作がそれを感じさせない。
 背後にいる侍女たちも対照的だ。
 方やがっつりと分厚い化粧をし、きらきらと様々な装身具で固めている。主の引き立て役になる気は全くないようだ。
 方や、化粧気は全くなく、用意されたお仕着せをきちんと着ているだけ。そして主の背後で人形のように直立不動で立っている。
 この対照的な二人は、当然ながら仲が悪い。
 というより、淑妃が一方的に相手にかみつくのだ。
 それ以上に、淑妃に仲のいい人間など存在しない。
 その二人をはらはらしながら見ているのは館の主人だ。
 さっさと二人とも部屋に戻ってほしいと思っている。
 しかし、二人ともその場にいただけだ。
「どうやら、そちらは挨拶をする気がないようだから私は部屋に戻る」
 お茶を飲み終えた徳妃が、ようやく立ち上がった。
「待ちなさいよ」
「何を、私は一応挨拶の声はかけたが、そちらはただ黙って立っていただけだろう、それでも一言あるかと待っていたが、一向にそのままだ」
 白い長衣の裾をさばき背を向けようとした。
「貴女は悔しくないの」
 悔しいといわれても何が悔しいのかわからない、そんな顔をして徳妃は淑妃を見ていた。
 もしかして、貴妃が懐妊したことだろうか。
 徳妃も淑妃もともに王の渡りはない。しかし、徳妃はそれはもともと自分が望んだことだ。神に身をささげ生涯不犯を誓った身としては、王の寵愛など受けたくなかった。
 王もそれを組んでほかに行ってくれたので、ありがたく思いこそすれ、不満などなかった。
「どうして、あんな女が、崔家の娘だなんて、本当かどうかわかったもんじゃないわ、どこかに間違いがあったに違いないのよ」
「どうやらする必要のない話だな」
 背後で何やらわめいていたが、徳妃はそれを無視してその場を後にした。


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