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このあたり一帯の中でかなり大きな商家があった。
名を佶家、やり手の女主人が一代で築いたという。
おそらく柳たちの住んでいた地域では一番大きな商家だった。当然賄賂を請求されたが、毅然としてそれを断り、自分達で護衛を雇い、街の治安維持も任せろと言い切った。
それを貫いていたら、この街では一番の名刺となることができただろう。
貫いていたら。
しかし、生き馬の目を抜くという成り上がり道を驀進して数十年の老婆はそのことを最大限に利用しようとした。
今、この街で安全に暮らせるのは誰のおかげだ、と特に気の弱い住人たちを動員して、自分の家でこき使ったり、私物を取り上げたりとやりたい放題の狼藉三昧が始まった。
それでも、街を守ってくれるならと近隣住民は耐えていた。
しかし、老婆の雇っていた護衛の一人が、強制わいせつ事件を起こし、それを止めようとした男性を殴る蹴るして重傷を負わせるという事件が起きた途端、一気に糸が切れた。
街の治安を破壊しているのは佶家だと。
そして別の自衛手段をとることとなった。
元軍人の老人に、教えを請い、街の十二歳以上の少年少女たちに武術を習わせることとなった。
徒手空拳の格闘から武器を用いた戦闘方法まで叩き込まれた。
男子は剣や槍や棍棒などの扱いを、そして女子は、距離の取れる暗器の使い方を学んだ。
その中の特に強い少年少女たちに、治安を守ることを望んだ。
少年少女たちは自らを愚連隊とあえて低い呼び名で呼ばせた。
着付けの護衛質の二の舞を恐れたのだ。
そしてその中でも特に恐れられていたのが月姫だった。
体格はやや小柄でほっそりしているため、それほど破壊力はなかったが、正確に急所を打ち抜く能力と一切ためらわない性格。そして徹底して止めを刺しに行くそのやり口には味方すら恐れた。
かくして、街は住民に危害を加えようとする狼藉者と、佶家の護衛質、そして愚連隊の三つ巴の戦いが繰り広げられていた。
佶家の護衛ともめているという話を聞いて、柳は手持ちの武器を片手に加勢に行ったが、すでに勝敗は決していた。
月姫は倒れた相手の後頭部を渾身の力で踏みにじっている。
「あのさ、息ができないんじゃないの」
よほどのことがない限り、殺してはまずい。
「柳、私か弱い女の子なの、だから、うっかり足を放して、反撃を食らったらどうするの?」
「わかった、じゃあこうしよう」
柳は倒れた相手の脇腹を思いっきり蹴り上げた。
そして次は足首を狙ってケリを叩き込む。
「足を潰したら反撃できないでしょ」
「ありがとう」
相手の上にのしかかった状態で滅多打ちにしていた源が呆れた顔で呟く。
「いくら俺らでも、そこまでできねえわ」
「だね、股間蹴り上げて、のたうち回っているのをさらに滅多蹴りした挙句後頭部を踏むってどんだけ執拗に攻撃すれば気が済むのさ」
李恩もぐったりした相手を放り投げつつ呻く。
「で、これ誰?」
「佶家の馬鹿孫」
佶家の老婆の孫が、護衛役の取りまとめ役ということになっている。しかし、あくまでお飾りで統率力というものに恵まれているとは言い難い。
まあ、もしそんなものがあれば、強制わいせつ事件など起きなかったろうが。
足を折らないまでも腫れ上がるまでケリを入れたので座り込むのがやっとだろう佶家の孫は憎々しげに愚連隊の面々を睨んだ。
「誰のおかげで、のうのうと暮らしていられると思っているんだ」
もうすでに効果切れの捨て台詞で、よろける護衛達に連れられて帰ってやった。
「で、あいつら何をやろうとしたの?」
「いやだって言うのを無理やり連れて行こうとしたんだよ」
そう指さした源に視線を向ければ気弱そうな女性が物陰からこちらをうかがっている。
不意に誰かが柳の頭の中で怒鳴った。
名を佶家、やり手の女主人が一代で築いたという。
おそらく柳たちの住んでいた地域では一番大きな商家だった。当然賄賂を請求されたが、毅然としてそれを断り、自分達で護衛を雇い、街の治安維持も任せろと言い切った。
それを貫いていたら、この街では一番の名刺となることができただろう。
貫いていたら。
しかし、生き馬の目を抜くという成り上がり道を驀進して数十年の老婆はそのことを最大限に利用しようとした。
今、この街で安全に暮らせるのは誰のおかげだ、と特に気の弱い住人たちを動員して、自分の家でこき使ったり、私物を取り上げたりとやりたい放題の狼藉三昧が始まった。
それでも、街を守ってくれるならと近隣住民は耐えていた。
しかし、老婆の雇っていた護衛の一人が、強制わいせつ事件を起こし、それを止めようとした男性を殴る蹴るして重傷を負わせるという事件が起きた途端、一気に糸が切れた。
街の治安を破壊しているのは佶家だと。
そして別の自衛手段をとることとなった。
元軍人の老人に、教えを請い、街の十二歳以上の少年少女たちに武術を習わせることとなった。
徒手空拳の格闘から武器を用いた戦闘方法まで叩き込まれた。
男子は剣や槍や棍棒などの扱いを、そして女子は、距離の取れる暗器の使い方を学んだ。
その中の特に強い少年少女たちに、治安を守ることを望んだ。
少年少女たちは自らを愚連隊とあえて低い呼び名で呼ばせた。
着付けの護衛質の二の舞を恐れたのだ。
そしてその中でも特に恐れられていたのが月姫だった。
体格はやや小柄でほっそりしているため、それほど破壊力はなかったが、正確に急所を打ち抜く能力と一切ためらわない性格。そして徹底して止めを刺しに行くそのやり口には味方すら恐れた。
かくして、街は住民に危害を加えようとする狼藉者と、佶家の護衛質、そして愚連隊の三つ巴の戦いが繰り広げられていた。
佶家の護衛ともめているという話を聞いて、柳は手持ちの武器を片手に加勢に行ったが、すでに勝敗は決していた。
月姫は倒れた相手の後頭部を渾身の力で踏みにじっている。
「あのさ、息ができないんじゃないの」
よほどのことがない限り、殺してはまずい。
「柳、私か弱い女の子なの、だから、うっかり足を放して、反撃を食らったらどうするの?」
「わかった、じゃあこうしよう」
柳は倒れた相手の脇腹を思いっきり蹴り上げた。
そして次は足首を狙ってケリを叩き込む。
「足を潰したら反撃できないでしょ」
「ありがとう」
相手の上にのしかかった状態で滅多打ちにしていた源が呆れた顔で呟く。
「いくら俺らでも、そこまでできねえわ」
「だね、股間蹴り上げて、のたうち回っているのをさらに滅多蹴りした挙句後頭部を踏むってどんだけ執拗に攻撃すれば気が済むのさ」
李恩もぐったりした相手を放り投げつつ呻く。
「で、これ誰?」
「佶家の馬鹿孫」
佶家の老婆の孫が、護衛役の取りまとめ役ということになっている。しかし、あくまでお飾りで統率力というものに恵まれているとは言い難い。
まあ、もしそんなものがあれば、強制わいせつ事件など起きなかったろうが。
足を折らないまでも腫れ上がるまでケリを入れたので座り込むのがやっとだろう佶家の孫は憎々しげに愚連隊の面々を睨んだ。
「誰のおかげで、のうのうと暮らしていられると思っているんだ」
もうすでに効果切れの捨て台詞で、よろける護衛達に連れられて帰ってやった。
「で、あいつら何をやろうとしたの?」
「いやだって言うのを無理やり連れて行こうとしたんだよ」
そう指さした源に視線を向ければ気弱そうな女性が物陰からこちらをうかがっている。
不意に誰かが柳の頭の中で怒鳴った。
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